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24.凶夢の結末

※ 残酷表現等がございますのでご注意ください。

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

「月巫女様、一度身を清めて、お召し替えいたしましょう?」


 そうリオンに声をかけたのは、千早姿のままのエマ。そんな彼女にリオンは両手でドレスの裾をギュッと握りしめ、俯いたまま無言で首を左右に振った。それに合わせて金と瑠璃でできた耳飾りが揺れる。髪を飾っていたはずのヴェールやそれを留めていた薔薇の髪飾りは既に外され、その痛々しい表情は隠されることもなく、夕日に照らし出されていた。


 そんな彼女に、エマは切なげに眉尻を下げつつ、口元を引き締めて言った。


「そんな状態をルイス様がご覧になられたら、驚かれてしまいますから……」

「驚いてくれるなら……、その方がまだいい」

「月巫女様……」


 静かにポツリと零されたそれに、言葉を失ったエマの腕を、リオンは俯いたままギュッと掴んで言った。


「ここを離れてる間にもしもって考えたら恐いの……」


 そんな会話をしている彼女たちのすぐ横では、若緑のシャツとズボン、それに帽子で髪をすっぽり覆った者達が、ずっと慌ただしく扉から出入りしては駆け回っている。そんな彼らの服にはちらほらと、乾ききっていない赤いシミが付着している。リオンをちらりと気にしつつも、すぐさまあちこちへ駆けていく彼らを、エマが不安げに見つめていると、そんな彼女の肩を叩く手があった。


 その感触にエマが振り返れば、そこに居たのはリックではなく、正装姿のままのグレン。彼はエマを少しだけ下がらせると、リオンと目線を合わせるようにしゃがみ込んで言った。


「月巫女様。今、パチル殿を筆頭に医官達がルイスのために手を尽くしてくれています。アイツも騎士の端くれです。そう簡単にはくたばりません」

「でも……」

「それにその格好は医官の目を引きます。それは返って彼らの気をそいでしまいます。厳しいことを申しますが、今の状態でここに留まるのはルイスのためになりません」


 そんなグレンの静かながら厳しい言葉に、リオンは目を見開いて言葉を失い、唖然とした様子で自分の姿を見やった。彼女の視界に入ってきたのは、白いドレスの至るところと、そして右の掌にベッタリとこびり付いた赤黒いもの。その掌を握りしめると、リオンは唇を噛みしめつつも、ようやくエマとグレンの言葉に力なく頷いたのだった。


 エマに手を引かれるがまま、歩を進めたリオンは終始そのままの状態で湯殿へと姿を消した。それを見送ったグレンは小さく息をつき、香油で整えていた髪を乱暴にぐしゃぐしゃと掻き回すと、眉を寄せて呟いた。


「全く、あの大馬鹿者め……」


 そう呟いたグレンの脳裏を過るのは、数刻前、式典の最中に起きた一連の出来事だった。


***


「リオン!」


 歓声の中で聞こえた聞き慣れたテノールの声に、グレンは目を瞬かせた。その声が紡いだ単語は、本来であれば紡がれるはずのないもの。それに対し、まさかなという表情で少し距離のある位置にいるはずの騎士へと振り返れば、彼は真紅の瞳を大きく見開いた。


 彼が見たもの。それは民へと手を振っていたリオンが、キョトンとした様子で振り返ろうとしたところ、ルイスが彼女の腕を強引に引っ張った瞬間だった。


 同様にルイスを振り返ったダニエルや彼の一番近くにいるリックも、彼の行動に対し、驚き目を見開いて固まっている。そして、驚きに固まる騎士達の前で、事態は急加速的に動いていく。


 ルイスは彼女を引き寄せるや否や、民衆から彼女を隠すかのように即座に翠緑色のマントを翳した。かと思えば、続けて彼女を抱きしめるように腰を引けば、一瞬で自分と彼女の立ち位置をくるりと入れ替え、民衆に背中を向けるように立った。


 そんな彼の行動の理由にグレンが口を開こうとした次の瞬間だった。ルイスに向かって矢が雨のように飛来してきたのは……。目を見開くグレンの前で、何本かの矢はまるで何かに阻まれるかのように不自然な外れ方をし、何本かはリックの方へ向かい、彼の剣に叩き落とされる。が、それでも残りの矢は、無情にもルイスの背中や腕へと突き刺さっていく。


 そうして、矢の雨が止むと、彼の腕の中にいるリオンごと、ルイスはバルコニーの床にふらりと倒れ込んだ。


「ルイスっ?!」


 仲間に起きた事態にグレンを含めた騎士達がほぼ同時に声を上げたときには、一部始終を目撃した民達の声もシンと静まり返っていた。それが故に、彼らの切迫した声は辺りによく響いた。


 戸惑うグレンの目の前では、慌ててリックがルイスの名を呼びながら、二人に駆け寄っていく姿が目に入る。それを横目にグレンは矢が飛んできた方向を慌てて見やれば二陣と思しき矢の雨が、国王や神官長へ向けて飛来する。それを見たグレンは即座に神官長の前に出て、構えた剣でなぎ払っていく。隣のバルコニーでもダニエルが同様に剣を振るい、国王を屋内へと退避させていた。


 そうして、それらが止み、国王も神官長も屋内へと退避すると、そこには第三陣を警戒する騎士たちと身動きの取れないリオンだけがそこに残されていた。そうして警戒をする中、戸惑ったようにルイスの名を呼ぶリオンの声が、グレン達の耳朶を打つ。


 グレンが横目でリオンの方を振り返れば、ぐったりとした様子で動かないルイスと、そんな彼にのしかかられて身動きの取れないリオン。そして、二人を背に庇うように剣を構えるリックの姿が目に入る。そんな中、リオンの右手が、赤く染まったルイスの翠緑色のマントに触れる。その濡れた感触に戸惑ったようにリオンが自身の手を見れば、戸惑いから一転ざぁっという音が聞こえそうなほどの勢いで、彼女の顔色が失われていく。そして、シンと静まり返ったそこに、リオンの言葉にならない悲鳴が響き渡ったのは、それからすぐのことだった。



 結果的にその後の追撃の手はなく、追撃なしと判断したグレンとダニエルは、即座に屋内へと体を滑り込ませた。すると、ちょうどそこへ伝令役と思しき騎士が、民衆の状況を伝えにホールへと駆け込んできた。


 そんな騎士の話を聞いたグレンは、屋内に退避した国王と神官長に断りを入れると、ちらりとホールの片隅を見やった。そこにはリックに肩を支えられぐったりとしているルイスと、彼に青ざめた顔で必死に声をかけるリオンとエマ。そして、彼らに駆け寄るダニエルや担架を持った騎士たちの姿があった。そんな彼らを尻目に、グレンは伝令役の騎士と共に、半ば駆けるようにその場を後にすると、混乱に陥った民衆たちを沈めるために奔走したのだった。


 そうして、グレンが騎士団の半数以上を動員してその場をようやく収めたときには、すでに陽が傾きかけ、空は血のような緋色へと移り変わっていた。その色に微かに眉をしかめつつ、後のことを近くにいた隊長の一人に頼むと、グレンは足早に神殿内へと向かった。


 彼が真っ直ぐ向かった先は、神殿内でも騎士団の屯所に尤も近い位置にある場所。グレンがその場所へ近付くほどに、慌ただしく駆け回る若緑色の衣装を身につけた者たちとのすれ違いも増えていく。そんな彼らの服の所々についている赤いものに、端正な眉を寄せたグレンが最終的に辿り着いたのは、その一角の一番奥。ツンとした消毒用のアルコールの独特な香りが漂うそこは、神殿内にある医務室だった。


 その扉の外には俯いているリオンとそんな彼女に寄り添うように立つエマの姿があった。しかし、そこにあるべきはずの姿がないことにグレンは微かに眉間の皺を深くし、気持ちさらに足を速めて二人に近付いて言った。


「エマ殿、リックはどうしたました?」

「え? あ、ヤヌス団長……。リック様なら医官の方と中に……」

「リック様、落ち着いて下さい!」


 エマの声を遮るように医務室の中から、焦ったようにリックを止める若い男の声が響く。その声にグレンが急ぎドアを開いて中に入れば、そこはある種の戦場と化していた。若緑色の服を纏った者……医官たちが慌ただしく赤黒く染まったガーゼや包帯、薬草などを運んだりして駆け回っている。そんな中、人だかりのできている一角へとグレンが近付けば、口元を血で染めたルイスの肩を揺さぶり、年若い医官の制止を聞かずに彼の名を呼ぶリックの姿が目に入る。


「起きろ、ルイス! お前、自分で自分も守りきるって大見得切ったんだから、起きろ!」

「リック様、それ以上はどうか……! かえってルイス様のお身体に触ります!」

「リック。落ち着け」


 ルイスを揺さぶるリックの腕を掴んで制止をかければ、悄然とした様子の碧眼がグレンを振り返った。


「団、長……」

「取り乱す気持ちもわかる。だがな、お前はルイスの副官なんだ。ルイスがこんな状態のときにお前が自分の役割を忘れてどうする?」

「……申し訳、ありません。今すぐ戻ります」


 団長の言葉にハッとした様子で目を見開いたリックは、唇を引き締めて辛うじてそれだけ言うと、足早に医務室から出て行った。


 それをやるせない顔で見送ったあと、グレンは横たわるルイスを見やった。


 時折苦しげに咳き込むものの目を開ける気力はないのか、その目はずっと閉じたままだ。空色の病衣から覗く腕には細い管のようなものが刺さっており、その管を辿れば一人の医官が手にした透明な液体の入ったガラスの筒へと繋がっている。それを持った医官はと言えば、ガラスでできた内筒を真剣な表情で慎重に押しているところだった。そんな中、他の医官達はガーゼをどんどん交換しながら、ルイスの口元や口の中の血を取り除いたり、体の向きを変えては支えたりしていた。


 それらを見たグレンは口元をぎゅっと結ぶと、すぐ傍で薬を調合している老年の医官の傍へ歩み寄って声をかけた。


「毒、ですか?」

「そうじゃ。症状から考えるにヴォラスがよく使うものじゃろう。矢はうまーい具合に急所を外しておったから、毒さえなければこんな大事にもならなかったんじゃが……。ちと体に入った毒の量が多かったようでな。解毒剤はさっきの坊主の手も借りて飲み込ませたし、直接血の道にも薬を流させてはおるが、恐らく今夜が峠じゃろうて」

「そう、ですか……」

「おいおい、お前さんまでそんな顔しなさんな。死にかけの自分よりも月巫女様の心配をするような馬鹿は、しっかり反省させるまで死なせてやらんわ」


 皺だらけの顔に、任せろと言わんばかりの笑みを浮かべた老医官の言葉に、グレンは目を瞬かせたあと、苦笑いを浮かべた。そして、居住まいを正すと徐に彼に頭を下げていった。


「ルイスをよろしくお願いします」

「任せとけ。あ、それとさっきの坊主じゃが、同じ事を伝えたら休ませてやることだ。あれは一度しっかり寝かせてやらんと参ってしまうぞ」

「ご助言感謝します」


 グレンがそう言えば、老医官はさっさと行けと言わんばかりに手をひらひらと振り、乳鉢に入った薬草を黙々とすり潰す作業へと戻った。そんな彼に再度頭を下げると、グレンもまた戦場と化している医務室を後にしたのだった。


 グレンが医務室の外に出れば、いつも飄々としているリックですら無言でシンと静まり佇む三人の姿。そんなリオンたちに近付くと、彼はリックの名を呼んで言った。


「リック、お前は一度屯所に戻って休んでこい。昨日からほとんど寝ていないだろ?」

「いえ、仮眠は取ってますから平気です」

「さっきのらしくない行動は判断力が低下しているとオレは判断するが?」

「それは……」

「これはパチル医官殿の見立てでもあるんだ。何なら今朝のように命令するか?」


 そんなグレンの言葉にリックは、悔しげに顔を顰めつつも、グレンの指示に従う意志を示すと、リオンに断りを入れ、足取り重くその場を後にした。リックがその場を後にして少しした頃、遠くで何かを力任せに殴る音を、グレンは微かながら聞いた気がした。


***


 そうして、現在に意識を戻せば、グレンは東の宵空に姿を見せた満月を見上げて呟いた。


「死んででも、なんてオレは一言も言ってないからな。絶対に還って来いよ、ルイス」



 その頃、湯殿へと消えていったリオンはと言えば、湯に浸かりながらぼんやりと天井を見上げていた。傍にはいつの間にか普段着ている狩衣姿に着替えたエマが、スカートの裾が濡れることも厭わずに、湯殿の床に直接座って控えていた。


 そんな中、リオンは天井を見上げた視線をそのままに問いかけた。


「ねぇ、エマ……。もう祝祭終わったし、もう言霊気にしなくてもいいかな?」

「……今なら吐き出しても清められるからいいんじゃないかしら……」


 躊躇いがちではあったものの、エマから肯定が返って来ると、リオンは泣きそうな顔でポツリと呟いた。


「変わったはずだったのに、どうして変わらなかったんだろう……」

「夢、のことよね?」

「うん……。夢でもルイスは私を庇って矢を受けてた。けど、それはあそこじゃなくて、()()()()()()()()()の。でも、そこなら祈りを捧げるときに一緒に願えばきっとルイスを守れるはずって思ってた。実際、祈り場では何もなく終われたから、ルイスのこと守れたんだって、それだけは安心、してたのに……」


 そこまで呟くと、リオンの瞳からポロリと涙が頬を伝い零れ落ちる。一つ二つと、それは湯に落ちて微かな波紋となって広がっていく。


「祈りの力があったって、稀に先見で未来が視えたって、一番守りたい人守れなかったら、こんな力意味ないじゃない……」

「……そんなことないわ」

「でも……!」

「聞いて!」


 振り返りながら声を荒げかけたリオンの両頬を、両手で包み込むようにして彼女の顔を固定すると、エマは瑠璃色の瞳を真っ直ぐ見て言った。


「私の見間違いかもしれない。だけど、ルイス様がリオンを庇って矢を受けたとき、何か壁に当たるみたいに不自然に落ちた矢が何本かあったように思うの。私が見てた限りだと、どれも頭に刺さろうとしてたものだった気がする」

「……それが何だって言うの……?」

「リオン、あなたルイス様に祝祭の前に何かしたんじゃないの?」

「何かって別に大したことは何も……。気休めに祝福したくらい……」

「祝福ってことは、額よね? 頭よね?」

「そう、だね……?」


 戸惑うリオンに対し、エマの琥珀色の瞳を柔らかく細め、目尻を下げて言った。


「気休め程度だったのかもしれないけど。でもリオンのそれがあったからこそ、ルイス様をここにギリギリでも引き留めることができたんじゃないかって私は思うわ」

「そう、なのかな……」

「頭に矢を受けてたら、あのパチル様でもきっと治療なんて施しようがなかったと思う。だから、リオンの力に意味がなかったなんて私は思わない。辛うじて繋がっているだけかもしれないけど、でもまだルイス様は生きてるじゃない」


 泣きそうな笑みを浮かべながら告げられたエマの言葉に、瑠璃色の瞳が大きく揺れ動き、零れ落ちる涙がハラハラと勢いを増していく。そんなリオンの頭を、身を乗り出して胸に抱きしめながらエマは言った。


「祈りの力の強さは、ただ月神様に祈りが届きやすいかどうかであって、その結果起こるのは私達自身の力によるものじゃないし、選べるわけでもないから、決して万能の力じゃない。でも重ねて言うわ。それでも全く意味がないものだなんて私は思わない。今までリオンが頑張ってきたことに意味がなかったなんて、私は絶対思わない」

「――っ……」


 息を詰まらせたリオンの震える背中を優しく撫でながら、エマは続けて言った。


「ね、リオン。今は目一杯泣いて、悔やんで、悲しんでもいい。怒ったっていい。でも、それで一杯泣いたら、今度はルイス様が無事目を覚ますことを祈ろう? 私も一緒に祈るから、彼のためにできる精一杯をしよう?」


 そんなエマの言葉に、リオンは彼女の胸に縋り付くと、堰を切ったように声をあげ、大粒の涙をポロポロとこぼしながら泣いた。様々な感情に満ちた彼女の泣き声は湯殿に響き渡り、それは外で待機していたグレンの耳にも痛いほど響いたのだった。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルイスは凄いなΨ( 'ω'* ) 祝福がなかったらって展開、良きです。 [気になる点] 心配やなぁ。 [一言] 超絶久しぶりだけど、少しお邪魔しましたよー!
2021/02/06 19:24 退会済み
管理
[良い点] まさかルイスの言った自分自身も守るがフラグになっていたとは。 矢に毒までとは刺客の件もあるし、本格的に月巫女が邪魔になってきたのかな。 リオンの祝福に力があるんですね。 月巫女の能力なの…
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