15.
相変わらずの後半駆け足ですが、今回で完結です。
この話にお付き合いいただいた方、評価、ブックマーク、本当にありがとうございました。
テスガルトへの出立日。
動き出した馬車の窓から外を見ていたマルグレットは門の傍で、自分たちの乗る馬車に向けてヘンリックの母親が頭を下げている姿を目にした。
ヘンリックが全てを家族にも打ち明けたのだろう。彼が取り調べでマルグレットに対して己のしたことを告白したとアベルから聞いている。『神の子を、自身の番いを傷つけるとは何故か』と神殿が彼を糾弾したという。彼は以前の『神を冒涜した』と言われていたマルグレットと同じ扱いを世間から受けるだろう。それはとても辛く、反論もできずただ耐えるだけの日々になるはずだ。
それでもヘンリックが全てを話したとなれば『以前の彼』に戻ったということ。この先どんなに辛くても自分のすべきことを見出していき、母の支えで苦難を乗り越えていくだろうとマルグレットは思う。
マルグレットはヘンリックの母親から様々なことを学んだ。第二の母と言ってもいいくらい大事にしてもらい、身近にいたからよく知っている。彼女は優しく、強く、厳しく、そしてヘンリックを深く愛していた。彼の母はこの先もずっとヘンリックを支えていく。そして、いつか。彼には母親に変わる存在ができるかもしれない。
マルグレットは長年過ごしてきた館と共に、ヘンリックの母親、ヘンリックへの別れを心の中で告げた。
グリーディ家はテスガルトへと移り、遠方との交易を主としている商会に入って新たな手腕で店を経営していった。父とステファンが中心となり切り盛りしていたが、アベルもそれに協力し時には「家族だから」と商品として手持ちの魔道具を提供してくれた。
経営が安定したころ、アベルとマルグレットの結婚式が執り行われた。グリーディ家と知人のみの質素な式ではあったが、祝福と幸せの笑顔は他の誰にも負けないほどのものだった。
その翌年には売買された魔道具が国王の目に留まり、アベルに王宮魔道士の誘いがかかった。
「父が国王の旧知の友人だし私のことはテスガルト国王もご存じだったし、この魔力を放置するには危険だと判断するだろうからいずれは声が掛かると思っていた」
自宅の庭を並んで歩きながら、すまし顔でアベルがそう言った。王宮魔道士はテスガルトにおいて立場を保証される職種である。移住に対して不安を抱いていたマルグレットは彼の背を叩き
「教えてくれてもよかったでしょう!」
抗議をしたが、そんなふたりは笑顔であった。ひとしきり笑い、マルグレットは庭に咲く花を見遣る。
「テスガルトに来て、本当によかったです。私達の背が輝いたときは、アベル様に王位継承権が復帰してしまうかも、と思いましたけれど」
「あの日はすでに私はアベル・ベルトラムという名になっていたから、王族の一員から外れていたよ。王位継承権など発生するはずもない。君は王妃になりたかったかい?」
「私はアベル様を選んだのであって、王妃を条件には考えておりませんでした」
マルグレットがぷい、と横を向きアベルはその仕草を見て唇を引き締めた。
「ねえ、マルグレット。相談したいことはないかい?」
「私も『この子』も大丈夫ですよ。『この子』のこと、ご存じなのでしょう?」
そう言ってマルグレットはそっと自分の腹を撫でる。最近体調が優れなかったのでマルグレットは今日、館に医師を呼んで診察してもらったのだ。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
医師からそう言われた。そして医師が帰ってからずっとアベルに懐妊のことをどう切り出してと考えていたのだ。しかし庭を歩きながらアベルが最近そわそわとして落ち着きがなかったとマルグレットは思い出していた。恐らくは魔力のないマルグレットの身体から魔力が放出されていることから懐妊を察し、彼女の体調を不安に思っていたのだろう。マルグレットは彼の表情でそう確信した。
マルグレットは懐妊の嬉しさ、楽しさがわかってもらえればとアベルの手を取り、自分の腹部へと導く。
「お医者様のお話ですと、生まれる時期はブルースターとスズランの花咲く時期です。生まれた時にアベル様が花を贈ってくだされば、この子もきっと喜ぶでしょう」
「ベルトラム夫人は喜んでくれないのかい?」
「もう。誰よりも喜ぶに決まっているじゃないですか」
ブルースターとスズランはアベルが求婚した時にマルグレットへ手渡してくれた花だ。二人にとっては大切な思い出の花。
「でも、一番の花は私達の背中にありますから」
それは二人だけが持つ『花』。誰にも摘むことができない『花』。
夫妻はにこりと笑って手を繋ぎ、寄り添いながら庭を歩く。その手の温もりはマルグレットが自身で選んだ結果だ。
「幸せの道を行きなさい」
マルグレットの母親の言葉の通りマルグレットはアベルと共に、まさに幸せの道を歩んでいた。
お読みいただきありがとうございました。