クリスマス、恋人たちは…… その5
「本当にありがとうございました。あの、これからのお二人の予定はどのように……」
とにかく本線に話を引き戻す。
落ち着け、落ち着くんだと自分に言い聞かせて。
「あ、今日は僕の祖父にちょっと来いと呼び出されていて、顔を出しに行こうと思ってここに来ました」
「そうですか、このお近くなんですか? 」
「はい」
そう言って二人は、意味ありげに顔を見合わせ、クスッと笑った。
私、何か変なことを訊いたのかな?
いや、特別非常識な質問でもなかったと思うのだが。
私の思い過ごしかもしれない。幸せな恋人同士は、何をしても楽しいのだろう。
「あ、彼女も僕の祖父とは遠戚にあたるので、一緒に行こうかと……」
「そうでしたね。お二人はご親戚同士でいらっしゃいますものね。どうぞ気をつけてお出かけ下さい。本日はお忙しいところご協力いただき、まことにありがとうございました。当番組をこれからもよろしくお願いいたします。すみませんが連絡先とお名前を……」
もうインタビューは充分だろう。
連絡先と氏名を控え、取りあえず一組目は無事終了した。
「どうも、失礼します」
はるか君に続き、彼女も失礼しますと言ってぺこっと頭を下げ、再び手をつないで商店街を歩いて行った。
どこか初々しい、とてもかわいいカップルだった。
そして容姿も立ち居振る舞いも、私のストライクゾーンど真ん中だったはるか君との出会いは衝撃的だったと言っても過言ではない。
俳優やモデルさんたちにも決して引けをとらない風貌で、彼を見ている間中、心拍数が上がりっぱなしだった。
あ、でもね、彼女から彼を横取りしようだなんてことはこれっぽっちも思っていない。
それどころか、あの二人を応援したくてたまらない気持ちになっている。
さーーて、次はどんなカップルに出会えるかな?
二人の歩いている方向を見ながら、次のインタビューに備える。
さっきよりは人通りが多くなったものの、なかなか趣旨に見合ったカップルは現れない。
おや? どうしたのだろう。
私は、今別れたばかりのはるか君たちの不可思議な行動に視線が釘付けになる。
手をつないで歩いていたはずの二人が、突然その手を離したのだ。
おまけに二人は、かなり離れて歩いているではないか。
また、さっきの言い争いが再燃したのだろうか。
インタビューが二人の間を引き裂くきっかけになったとしたなら、責任重大だ。
そして、それは私のせいでもある。
どうしよう。そんなつもりはなかったのに。
ああ、やっぱり私はこの仕事には向いていないのかもしれない。
インタビューを通してカップルに幸せを再確認してもらうつもりが、不仲を助長してしまう結果になろうとは。
この後もインタビューを続けるなんて、もう無理だ。
本日二度目のヘルプ要請。誰か助けて……。
すっかり自信をなくし、がっくりと肩を落としたその時、商店街の一角にある和菓子屋にあの二人が入っていくのが見えた。
あそこは確か朝日万葉堂という老舗で、タレントが楽屋の差し入れに使ったりもする有名どころだ。
最近、ネット販売も開始したと聞く。
そうか。あの二人、ケンカの続きを始めたのではなく、あの店に入るにあたって、人目を気にして、つないでいた手を離したのだ。
なんだ、そういうことか。
都合のいい解釈と言われるかもしれないが、そうでも思わなければやってられない。
大丈夫。あの二人には長年培った信頼関係があるはずだ。
ちょっとくらいケンカしたって、二人の仲はびくともしないに決まってる。
にしても、今どきの若い二人と、これぞ日本という伝統的な和菓子屋があまりうまく結びつかないが、思い当たるふしがある。
今から彼らは、おじいさんのところに行くと言っていたではないか。
おじいさんの喜びそうな和菓子を見繕って、手土産にするのだろう。
はるか君、なかなかいいセンスしてるぞ。
そこの和菓子なら、おじいさんに気に入られること間違いなし。
私はあなたたちのことを応援してるからね。
そうそう、彼女に素敵なプレゼントを贈るのよ。
金額じゃないからね。気持ちだよ、気持ち!
そして、これからもずっとお幸せに。
それと、これは余計なことなんだけど。
会社の上層部以外には誰にも言っていない個人的なことなのだけれど。
腐れ縁の彼と結婚が決まった私は、彼の海外勤務に同行することで、来年の春にテレビ局を退社する予定になっている。
私に与えられた仕事のタイムリミットが刻々と迫ってくる。
仕事を辞めることに抵抗がなかったと言えば嘘になる。
子どもの頃からあこがれていたこの仕事。結婚で辞めるなんて、考えたこともなかった。
でも。
腐れ縁で、ときめきも薄れてドキドキも少なくなった彼だけど。
別居結婚は選択肢になかった。
彼と離れ離れになった未来を想像した時、得体のしれない塊りが咽の奥につかえたようになり、息もできないくらいの苦しさに襲われてしまった。
彼も絶対に離れたくないと言って、私の前で初めて涙を流した。
この人と生きていこうと心からそう思った。
それまでは、どんな仕事でも精一杯頑張って、悔いのないようにしたい。
もしかしたらさっきの二人に、私と彼の姿を投影していたのかもしれないと、ふとそう思った。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか……」
私は、次の社会人風のカップルにマイクを差し出して、笑顔でインタビューを続けた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
これからも続こんぺいとうをよろしくお願い致します。