8話
ルイスは苔を踏みしめながら白い箱に近付いた。
ふわっとした苔の感触が足裏から伝わってくる。
光っていることを除けば、普通の苔と変わらないようだ。
白い箱へとそっと触れる。
硬く冷たい。
暫く前後左右から観察したが、白い石でできている普通の箱だ。
「まあ、ここにあるくらいだから普通の箱じゃないんだろうけどね」
一通り観察し終わると、ルイスはその箱を開けることにした。
この箱の中に何が待っていようと、ここまで来て開けなかったとしたら、もし生きて帰れたとしても、きっとルイスは一生後悔する。
ここで死ぬとしても、死んでも死にきれない。
箱の蓋は、石でできているだけあって重かった。
蓋の部分を全体重をかけて押すと、ズズズーという音をたてて少しずれた。
こんなところにあるので、封印魔法、若しくは、鍵がかかっているかと思ったが杞憂だったようだ。
一気に開けてしまおうと、先程以上に力を込めて押した。
蓋は一気に音をたててずれ、それとともに大量の煙が中から溢れだしてきた。
中を見る暇もなく、その煙を吸い込んでしまったルイスは、盛大に咳き込む。
「げほげほっ…ごほっ…ここでトラップかよ!げほげほっ…てか、前見え…げほっ…ない…ごほごほっ」
煙が目に染みて目を閉じたが、間に合わなかったようで、涙が滲んだ。
漸く煙も収まって、咳も落ち着いてきたので、ゆっくりと目を開く。
中身を目にしたルイスは、目を見開きこう言った。
「…幼女の箱詰め?」
箱の中身に対してのルイスの第一声は、中身を知らない者が端から見ていたとしたら「いきなり何言い出すんだ変態!」と言われたとしても文句は言えない。
ルイスの名誉の為に言わせて貰うが、ルイスは決して幼女趣味などではない。
文字通り、箱の中に幼女が詰められていたのだ。
ルイスはそれをそのまま口に出したにすぎない。
箱の中に入っていた少女は十歳前後に見える。
恐ろしく整った顔立ちをした純白の長い髪の少女で、しっかりと瞼が閉じられているのでその双眸を伺うことは出来ない。
閉じられた瞼の上の眉は、白い髪に反して黒く、まるで東の帝国などで文字を書くときに使われている筆と墨でちょんちょんと書いたような眉だった。
その不思議な眉のことを置いておくとしても、箱の中に幼女など異常だ。
人形かもしれないとも思ったが、その少女からは生気が感じられた。
もし人形だとしたら、これ程までに生き生きとした人形を見るのは初めてである。
気付けば、ルイスは少女へと手を伸ばしていた。
ふっくらと柔らかそうな頬。
その頬を摘まんでみたい衝動にかられたのだ。
もう一度言うが、ルイスは決して幼女趣味ではない。
どちらかと言えば、ボインなお姉さ……ふくよかな胸の女性の方が好みであった。
それでも、少女の頬へと手は伸びていた。
ふに…
摘まんだ頬は、まさに「ふに…」という効果音が着くようにふにふにだった。
ルイスはその感触が気に入ったのか、ふにふにとし続ける。
「何これマシュマロ?」
マシュマロのような感触に思わず笑いが込み上げた。
それがいけなかったのか、力が入ってしまった。
「あ、やべっ」
「痛っ!?」
「へ?」
痛みを訴える声が直ぐ傍でした。
思わず間抜けな疑問の声を上げてしまう。
嫌な予感がしたが、敢えてそれを無視して辺りを見回す。
精霊達は一定の距離を保ってルイスの方を見ていた。
距離的に先程の声の主ではない。
この非現実的な空間に呑まれていたのか、ルイスは失念していた。
「むむ…なんじゃお主は?」
そう、眠れる幼女が目覚めてしまう可能性を。
(あかん…これあかんやつや…)
何故か故国の西の一部で使われている方言で心の中で焦っていた。
このままでは、目覚めた少女に変態のレッテルを貼られてしまう。
再び声がした方に視線を向ければ、眠っていたはずの少女が上半身を興し、目をしょぼしょぼさせていた。
(ど、どうするルイス!?ああ、なんでほっぺたふにふにしたんだよ俺!ぷにぷにじゃなくてふにふにだ。ここ重要。じゃなくて!取り敢えず言い訳を考えろルイス!)
「まろの眠りを妨げるとは失礼でおじゃ」
「お…おじゃ?」
焦って言い訳を考えようとしていると、目覚めた少女が再び口を開いた。
眠そうに目を擦っている。
琥珀色の眸が神殿の精霊神像のフクロウを彷彿とさせたが、そんなことより、独特な語尾の方にルイスの意識は持っていかれた。
ついその語尾を繰り返して首を傾げてしまう。
少女は欠伸をしながら軽く背伸びをした。
眠そうに半目だった目をぱっちりと開けると琥珀色の双眸にルイスを捉えた。
かと思えば、小さく息をのみ目を見開いた。
「涙目美少年ktkrrrrrrrr!!!」
「は?」
状況が理解出来ずルイスの思考は停止した。
ルイスが涙目なのは、煙の後遺症と変態のレッテルを貼られるかもしれない恐怖からです(笑)