変われよ
「……変われよ。言い訳とか、もういいからさ」
割れたガラスの向こうから、タイヨウが真っ直ぐな瞳で俺を見つめていた。
そのあまりにも眩しく、濁りのない視線が、今の俺には耐え難いほどの暴力として突き刺さる。
「何なんだよお前は……! 綺麗事ばっかり言うな!」
俺は布団を跳ね除け、タイヨウの胸ぐらを掴むようにして、全力で押し戻した。
だらしない俺の身体じゃビクともしないかと思ったが、不意を突かれたタイヨウの身体がよろめく。
「もう手遅れなんだよ! お前みたいな天才に、俺の何が分かるんだ! 俺は前世からずっと逃げて、今さら異世界でもこんな無様な姿晒して……全部手遅れなんだよ!!」
怒りと情けなさで、声が裏返る。
部屋の隅に押し込まれたタイヨウは、突き飛ばされた胸元を押さえながら、静かに視線を落とした。
そして、小さく息を吐いた後、信じられない言葉を口にした。
「………俺は、ユウキ、お前の父さんに救われたんだ」
「……は?」
脳の理解がピタリと停止した。
今、コイツなんて言った?
クソ親父? 会社を辞めて、家庭を壊して、くだらない夢を追ったあの男に、異世界の天才が救われた?
タイヨウは、割れた窓から差し込む光を背に受けながら、遠い目をして語り始めた。
「俺にも、前世というものがあったんだ。……向こうでの俺は、ただ勉強ばかりの人生だった。他には何も要らなかったし、他人に敷かれたレールの上を、親に言われた通りに動けば楽だって、本気でそう思っていたんだよ」
淡々と語られるタイヨウの過去。それはこの世界での「完璧超人」のルーツそのもののようだった。
「だけどある日、学校からの帰り道だった。駅前で、1人のミュージシャンが叫ぶように歌っていたんだ。やけに気になって見てみたら、ものすごいおっさんでさ。……何をしてるのか、本気で理解できなかった」
タイヨウの唇が、微かに綻ぶ。
「お世辞にも上手いとは言えなかったよ。声は枯れてるし、ギターのコードも間違えてた。だけど……聴いているうちに、気がついたら俺、ボロボロ泣いてたんだ。人前で泣いたのなんて、赤ん坊の頃くらいだったのに、涙がどうしても止まらなかった」
「それ……」
「ああ。後で知ったんだ。その人が、お前の父親だったってことを」
タイヨウは俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「その歌を聴いた時、俺は初めて気づいたんだ。レールの上じゃなくて、下手くそでも、泥塗れでも、『自分の人生を歩いていいんだ』って。……だから俺、その人の息子が同じ学校にいるって知って、どうしても声をかけたくてさ。でもチキンだから上手く話しかけられなくて、お前の後ろをそっとついて行ったんだ。……あの、トラックが突っ込んできた帰り道」
心臓がドクンと跳ね上がった。
あの日。俺が事故に遭ったあの瞬間。まさか、自分のすぐ後ろにタイヨウがいたなんて。俺たちがここに転生した原因のパズルが、あまりにも唐突に、狂ったように噛み合っていく。
「長くなったけど……」
タイヨウが一歩、俺に近づいた。
ガラスの破片を踏み締める音が、静かな部屋に響く。
「俺たちには、好きに生きる権利がある。前世がどうだったとか、誰に何と言われようと関係ない。人は変われるんだ。遅すぎるなんてことは、絶対にない」
ガシィ、と力強い感触が俺の両肩に伝わった。
タイヨウの、あの魔物を倒した時と同じ、微かに震える熱い手が、俺の身体をガッチリと掴んでいた。
「……え、あ……」
いきなりの展開すぎて、頭が完全にショートする。
異世界ハーレム? 陰キャの不登校? クソ親父のバンド? トラックの事故?
全ての情報が脳内で大渋滞を起こし、処理が追いつかない。
ただ、目の前にいるタイヨウの体温だけが、冷え切った俺の肩を生々しく温めていた。
タイヨウは俺の目を真っ直ぐに見つめ、確信に満ちた声で、もう一度繰り返した。
「だから、変わろう。ユウキ」
その言葉は、閉ざされた暗闇の部屋に、容赦なく風穴を開ける宣戦布告だった。




