長夜(1)
最終話です
1
鴻巣へ推理を行った翌日、袋小路から鴻巣が首吊り自殺を行った報告が結果のスマホに届いた。
丁度、四季が作ってくれた朝食を食べていた時のこと。スマホから四季が勝手に設定した軽快なアニメソングが流れ、電話に出ると暗い声色の袋小路から報告を受けたのだ。分かりきっていた内容とは言え、昨日まで話していた人間が亡くなることに思うところがあったようだ。
「鴻巣様というのは瑪瑙様の恋人だった方ですよね」
通話口から漏れ出た音を聞いていた四季が確認も兼ねて結果に問う。
「そうだよ。二人とも死んじゃったけど」
「探偵殺人をしたのですか?」
「私も少しの望みに掛けてたんだよ。もしも私の推理が全部外れていて、鴻巣さんが悪い人じゃなかったら封筒を渡さなかった」
「封筒?」
「うん。封筒の中には適当な紙と、『瑪瑙銀次を殺した犯人は貴方だ』って書いた紙を入れておいたんだ。初めてだったけど、探偵殺人って私が断定したことが加害者に伝われば発動しちゃうみたい」
結果が渡した封筒の中身は金銭などではなく、折り畳まれた便箋だった。中に書かれていたのは探偵殺人を行う上で不可欠な犯人の断定。
人を殺す呪いを行なった鴻巣に対して、探偵殺人は死を送ってしまったのだ。
「ただ願っただけで死ぬなんて、人とは弱い生き物なんですね」
「本来ならそんな事にはならないはず。運が良かったって言っていいのか分からないけど。偶然の産物だよ。それほど思いが強かったのか、理由は分からない。起こったことだけが事実だからね」
瑪瑙銀次は自殺した。
鴻巣琥珀も自殺した。
二つの自殺を繋げたのは結果の推理であり、答え合わせをしたのは超常現象である探偵殺人だった。
「あーあ。探偵なのにまた一人、死に導いちゃったなあ……」
「昨日帰ってきてから言っていた言葉をそのまま使いますと、『鴻巣琥珀は勝手に死んだだけ』ですよ」
「そう割り切れたら簡単なんだけどね」
暗くなったスマホの画面には目尻が少し下がった結果の顔が映っていた。犯人が相手でも人が死んでしまえば罪悪感が生まれてしまう。
何度経験しても慣れることのない、自らが導いた死に、今回も心のざわめきを感じていた。
朝食に用意されていた紅茶からは湯気が消えており、猫舌の結果でも飲み干せる温度に変わっていた。
「これで今回の依頼は終わりかな」
暗くなった感情を切り替えるように、紅茶を啜り、声に出して一連の事件の幕を引く。
「依頼内容は錆鉄様の夢についてではないのですか?」
「錆鉄さんには黒い靄が見えてなかった。心療内科に通っているみたいだし、自然と治療されるはず。下手に連絡を取ったら『お前みたいな詐欺師より医者を頼るべきだった』って言われかねない」
「結局錆鉄様の見ていた夢は思い込みだったということでしょうか」
「そうだろうね。ここに来た時から思い込みの激しい人だったでしょ? 自分がそうだと思ったら譲らない横暴な人。動くはずのない死体が動いたと思い込んでしまった事で、脳が記憶の整理として見せた夢を呪いの夢だと勘違いした。――噂をすれば、ほら」
結果のスマホが小刻みに震え、机を叩く音がした。結果が画面を確認すると差出人は錆鉄だった。
『詐欺師探偵。医者で薬を貰ったらその日のうちに悪夢は見なくなったぞ。二日連続で見てねえ。超常現象なんて言って金をむしり取ろうなんていかねえぞ。クソ詐欺師』
なんとも錆鉄らしい、最後まで相手を慮れない文章に怒りを通り越して呆然としてしまう。画面を見て固まっている結果の背後から四季も送られてきた文言を確認して苦笑。
「何度も同じ夢を見ていたのは偶々だったということですか」
「そうそう。思い込みが激しい人だからね。悪い夢を見るって思い込んで寝たら悪夢を見て、医者にもらった薬を飲んで寝たら悪夢を見ない。精神に作用する薬って即効性があるものじゃないはずなのに」
「たった二日で判断できるほどの思い込み、尊敬すらしてしまいますね。短絡的すぎて」
「錆鉄さんは人の死に触れる事が好きな人だったからね。人の死に触れれば呪われる可能性があるっていういい勉強になったんじゃないかな」
錆鉄が遺体を洗う仕事に就いていた理由は合法的に触れることができるからだった。人間としての理性がある以上、殺人を犯すことはしなかったが、死んでいる人を見ることで生きている自分の生を実感していた。人の死が薬となり、活力と成していたのだ。それもまた思い込みによるものでプラシーボ効果のようなものだった。
「そう言えば依頼を四季が受けるように言った理由ってなんだったの?」
錆鉄からの依頼を受ける決定打となったのは四季から受けるように言われたからであった。
食事を続ける結果の傍ら、使い終わった調理器具や皿を洗っていた四季は手を止めず質問に答えた。
「面白そうだからと言ったではありませんか。今まで呪いの事件に携わったことは幾度とありましたが、死者からの呪いは経験がありませんでした」
「それだけ?」
「今後活動する上で生者以外の呪いも経験しておいたほうがいいと思ったんですよ。最終的には死者からの呪いなどありませんでしたが」
「世の中には死者からの呪いだってあると思うよ。何処かで聞いた話だと死刑囚がバーで座っていた椅子があってさ。その椅子に他人が座ると不幸な死が訪れるから、今では誰も座らないように空中に浮かべてあるとか」
結果が語ったのはバズビーズ・チェアの話。死刑囚の亡霊が取り付いていると有名な椅子。
冷めたトーストを口に含んで咀嚼している結果だが、爽やかな早朝には似つかわしく無い話題であることに気が付かない。
「あくまで逸話。都市伝説のようなものでしょう? 実際に経験してみなければ分からないことばかりですよ。私はこの家から出られませんし、結果ちゃんがどのような行動をして何を見てきたのかを聞くことが一種の楽しみなんです」
洗い物を終えた四季がタオルで濡れた手を拭きながら結果の向かいに座った。本日のコスプレは外国人からの人気が出そうな、ミニスカート丈の着物。その上にエプロンを着けている姿は妙にアンバランスだったが収まりも良かった。
テーブルの上に置かれているティーポットからカップへと紅茶を注ぐ四季。ティーコージーを被せられていたティーポットから注がれた紅茶は湯気を立てている。
「私も四季が喜んでくれるのは嬉しいよ。付き合わされる袋小路さんは可哀想だけどね」
「なんだかんだ言いながら袋小路様も楽しんでおられますよ」
「今頃は後処理でひぃひぃ言ってると思うけど」
推理を終えた時点で結果の仕事は終わっている。
今朝方亡くなった鴻巣に関しては袋小路を含む警察の仕事だった。予め袋小路には鴻巣に探偵殺人を行う可能性を伝えていたため、封筒を渡した時点で結末の予想は付いていた。予想が現実になってしまった沈痛によって電話口では暗い声を出していたのだ。
「一番遣る瀬無いのは秦野さんだよ。親友は自殺して、その彼女も自殺した。秦野さんは詳細を何も知らないから、二人の死に対して何もできなかった自分を責めるかもしれない」
「人の死を願った所で、誰も幸せにはなりませんでしたね」
「呪いなんてそんなものだよ。人の不幸なんて祈るものじゃない」
朝食を食べ終えた結果は皿を重ねてシンクへと持っていった。家事全般が壊滅的な結果が皿洗いをすれば、次の食事の時間には結果の食器一式がゴミ箱にあるだろう。洗い物は四季の仕事ではなく、四季が仕事を増やされないために家事を担当しているのだ。
「さて、一仕事終えたし暫くは休憩かな」
呪いに関しての仕事は体力も精神力も擦り減らしてしまう。一仕事を終えた結果は両手を高く上げ、凝り固まった筋肉を解すように体を伸ばした。
たった三日間だが引き篭もりで運動不足な結果にとっては重労働であった。一週間程度の休みを取るつもりで、今の格好もパジャマのまま。
「結果ちゃん」
「四季も休んでて大丈夫だよ。次の仕事を選んでは貰うけどね」
「そのことなんですが――」
四季の神妙な面持ちを見て、結果は頬を引き攣らせる。
「錆鉄様の依頼は解決していませんし、今回は依頼人のいない事件を解決したに過ぎません」
「え、ちょっと待ってよ。それじゃ――」
「はい。今回の結果ちゃんはタダ働きということになります。多少の蓄えは有りますが自転車操業ゆえ。休む時間はありませんよ」
錆鉄の見ていた夢は呪いではなく、単なる精神的なストレス。
瑪瑙からの依頼でもなければ、鴻巣からの依頼でもない呪いの事件を結果は解決したのだ。そこに金銭は一切発生しておらず、報酬どころか前金すらも懐には入ってきていなかった。
胡散臭い職業のため、依頼にかかる金額は最低限で活動している結果は報酬が入らなければ生活もままならない。座敷わらしである四季はお金がなくとも生活できるが、結果はそうもいかない。衣食住が無ければ生きていけないのだ。
「完全に忘れてた。今回の件で袋小路さんはボーナス出るんでしょ?」
「ええ。上司の方との契約で結果ちゃんの手柄は袋小路様へ行くようになっており、臨時ボーナスとして追加の給金が支払われることになっております」
「そのボーナス貰えたりしないかな?」
「結果ちゃんが直接交渉してくださいね。お金で繋がり出したら人間関係は崩壊するとアニメで見ましたので」
「因みに何のアニメ?」
ふらふらした足取りで再び椅子に座ると、拗ねたように唇を尖らせ、頬杖をつく結果。事件を解決した喜びと報酬が発生しない悲しみは別問題だった。
口に出してみたものの、袋小路から金銭を要求するようなことはしない。当初は袋小路からボーナス分を結果に渡す話が出ていたが、袋小路の頑張りの分だと受け取りを拒否していたのだ。
疲れた身体に鞭を打って働かなければならない結果は少しだけ責めるような口調でアニメを見ている四季に内容を聞いた。
「この前も言った『死戒』というアニメです。第二シーズンが始まったみたいで、他人の死を見て自分の生きる意味を知る主人公がお金の快楽と悩む展開が見ものでして――」
笑顔のまま饒舌に語りだした四季。
「四季が楽しそうならいいけどさ。私は絶対見ないからね」
袋小路に見せられたレビューを思い出しながら、深いため息を吐く結果だった。
〈完〉
これにて完結です。
ミステリーということもあり最後まで読んでもらえて嬉しいです。
探偵殺人シリーズ二作目でしたが如何でしたか?
コメントや応援等をいただけると嬉しいです!




