《二章 新タナ場所デ新タナ人ニ》
ごめんなさい。
「貴方は────誰ですか?」
こんな言葉、アデルには言いたくなかった。でも、全てを忘れた『私』にとっては仕方のないことだ。彼のことも、インペルやルーグナー、それに自分自身すら、どんな人なのか分からないから。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私じゃない『私』が心の中で色んなことを考えているのが感じられる。この人を信頼していいのか、そもそも『私』が誰なのか、ここはどこで何をしたらいいのか。考えは止まることなく循環し、アイデンティティすら何もない状態では何もできなくなりそうになっていた。
「主従関係」
彼は私との関係をそう言った。間違いではない。だが、私達をそう定義づけた彼の判断は間違っていない。友人よりも深く、恋人よりも更に深い関係。
でも、好きじゃないわよ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
そんな関係をあえて定義づけるとすれば、それは彼の言うとおりの主従関係だろう。私は彼を自分の手足かのように好きに扱った。
だから、『私』の体も心も好きにすればいい。
きっと『私』は拒まないし、拒めない。強い私の鎧を全て脱ぎ去って、ただの無力な娘になったのだから。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
ごめんなさい、アデル。
***
アデルとルナはルガート王国を離れ、ノクス帝国の側に来ていた。それは、クリスマスに起こったルナ誘拐事件から連なる、ウロボロスによるルガート王国襲撃からすぐ後のことだった。
王国での一件はすぐに諸外国に伝わっており、国境付近はごたついていた。帝国軍が自国への被害を避けるために集まっており、王国の農村部からの避難民でごった返している。
それに紛れて難民として帝国に入ったアデル。ルナに関しては事件のショックで倒れてしまったと伝えると検問は通ることができた。本来ならば身分を証明する何かが必要だろうが、状況が状況のため見逃してもらえた。
一度は目覚めたものの人を殺したショックから再度眠りについたルナを担ぎ、アデルはそうやって帝国に侵入していた。
ただ、一つアデルには疑問があった。二人が国境を超える際、銀の十字架に触れさせられたのだ。こんなことは王国ではなかったので戸惑ったが、一つ思い当たる節があった。しかし、それはすぐに頭から離れることになる。
ガサ。
十字架を頭に浮かべていたアデルの耳に物音が入ってきた。一時的にショックで意識を失っていたルナを休ませようとベンチに腰を掛けていたが、そこからだった。
ルナの意識が戻ったとすぐに分かった。
俺がルナの顔を覗くと彼女は瞬きしていて、ここがどこなのか分からずに混乱しているようだった。
「ルナ、もう平気か?」
俺はまだショックが残っていると思い、優しく声をかけた。
ただし、返ってきた言葉は残酷だった。
「貴方は────誰ですか?」
ルナは聖女の力とともに、記憶を失っていた。
【作者コメント】
本来ならば今回のFileの一章の続きを書こうと思っていたのですが、それよりもまず帝国に来た経緯や何があったのかを語るべきだと思い、今回の話ができました。
とは言っても、王国編ですら各順番がごちゃついているのは自覚しています……いずれしっかりとしたものを作り直そうかなとかは考えているのでお待ちください。




