第九話 懐かしい人
式は順調に進んでいき、終わりの方で、教師の紹介があった。もちろん、担任のことは知っている。彼女は、それほど背は高くないが、堂々とした雰囲気を持っており、「私に任せて」と言ってくれそうな人だった。彼女が、学年主任らしい。
紹介される教師を順番に見ていたが、ふと一番端に立っている教師が目に入った。そして、その瞬間、何か懐かしいような気持ちになって、戸惑った。
(いや。知らないよ、あの人)
心の中で言ってみたものの、知っているという感じは消えない。自分の中で何が起きているのか、わからなかった。その人は、六組の担任で理科担当。桜内俊也という名前だった。まだ、二十代半ばくらいだろうか。その名前を聞いても、全然ぴんとこない。それなのに、知っているという感じは、相変わらず私の中にあった。
式が終わり教室に戻った後、説明をいろいろと受けてから解散になった。悠花は、祖母のそばに行く私を見て、さすがに空気を読んだのか、「また明日ね」と言って手を振った後、教室を一人で出て行った。家族は来ていなかったらしい。
祖母と並んで歩いて帰る道で、祖母は、「良さそうな学校ね。安心したわ」と微笑んだ。私は頷き、
「そうだね」
「高校生活、楽しんでね」
「はい」
楽しい時間を過ごしたい。それは、もちろんだ。それなのに、さっきの人の存在が気になる。あの人と私は、一体いつ会ったのだろう。全く記憶がないのに、これはどういうことだろう、と気にかかった。楽しむどころではない。
翌日から早速授業が始まった。そして、三時間目が、例の人だった。科目は、生物。彼は、教室に入ってくるなり、
「おっはよー」
テンション高く、言い放った。私は、「え」と言いそうになった。昨日の入学式では、ただ名前と担当する科目を紹介されただけで、何も話さなかった。まさか、こんな感じの人とは、とびっくりしていた。
「これから一年間、よろしくねー。桜内俊也でっす」
ぱっと見の印象とかけ離れた、すごくノリが軽い人だ。昨日の気持ちも忘れ、いきなり嫌悪感を抱いた。
「はーい。じゃあね、今日十二日だから、十二番さん。『はじめに』を読んでください」
十二番さんが読み始めた。この先生、大丈夫なんだろうか。本当にそう思った。が、意外とわかりやすく教えてくれる人だった。生物にそんなに関心があったわけではなかったが、一年間頑張れそうな気がしてきた。変なノリの人だけど、そこは目を瞑ろう、と思った。
午前中で授業は終了。教科書を鞄にしまって立ち上がった時、悠花に声を掛けられた。
「薫ちゃん。生物の、桜内先生さ、変だよね。びっくりしちゃった」
「変……ていうか、なんか独特の雰囲気を持ってる人って言うのかな。よくわかんないけど。ま、授業はわかりやすかったからいいか、って思ってたとこ」
「面白い先生だよね。私ね、ああいう人、嫌いじゃないよ」
「あ、そう」
どうでもいいことのように、そっけない返事をした。悠花は、すでに私に対して免疫が出来ているのか、たいして気にした様子もなく、笑っていた。
「薫ちゃん。途中まで一緒に帰ろう」
「え? 何で?」
「何でって、友達だから」
「意味がわからない。っていうか、私たち、友達?」
「そこ? えっと、友達でしょう。私、そう思ってるからね」
にっこりと微笑む。私は、顔を背けて、
「行こう」
つい、声を掛けてしまった。悠花は、私の背中に飛びついてきた。