第十話 日曜日
悠花は、道々ずっと話し続けていた。相変わらず、私は適当な相槌を打つばかりだった。が、悠花もいちいち気にしないようだ。話したいことを、とにかく話しまくっていた。
分かれ道に来た時、悠花が右を指差した。
「皆川さんはそっち? 私はこっち」
左を差した。そして、「じゃあね」と言ってから、手を振ると、悠花は首を思い切り振り、
「違うよ。私はね、薫ちゃんはこっち? っていうつもりで指差したの。私も左なの」
「マジかよ」
「マジだよー」
やっと離れられる、と喜んだのも束の間、結局まだ一緒に歩かねばならないようだ。もう勘弁してほしい、と思って、思わず溜息を吐いてしまった。そこから、さらに五分。うちに着くまで彼女は話し続けた。よくネタがつきないものだ、と感心してしまった。
「私、ここだから。じゃあ」
今度こそ本当に別れられる。ほっとした。悠花は目を見開いて、両手で口許を押さえると、溜息混じりのうっとりしたような声で、
「うわー。立派なおうちに住んでるんだね。お嬢様?」
「じゃあね」
質問には答えず、さっさと門を開けて中に入った。後ろから、「バイバーイ」と声が聞こえる。先が思いやられると思った。
門を入ると、祖母が玄関前を掃いているのが見えた。小走りでそこまで行くと、「ただいま」と言った。祖母は、少し微笑んで、「お帰り」と言ってくれた。この、「お帰り」と言われるのが、好きだ。
今までは、母と二人きりで、私の方が先に帰っていることが多かったから、母に向かって言うことが多い言葉だった。母が会社をやめてからは、会話が少なくなり、「お帰り」も「ただいま」も無くなっていた。が、ここでは、いつだって、こうやって言ってもらえる。それが、何だか嬉しい。
「学校、どうだった?」
祖母の問いに、私は頷き、
「えっと、生物の授業がおもしろかった」
「そう。それは良かった」
「ただ、ちょっと変な先生だったけど」
「変な先生? 大丈夫なの?」
祖母が、少し不安そうに顔を曇らせる。
「ちょっと変わってるけど、教えるのは上手で、一年間頑張れそうだと思った」
「そう。じゃあ、良かった」
祖母が、ほっと息を吐き出した。
それにしても、あの先生を初めて見た時のあの感覚はなんだったんだろう、と思わずにいられなかった。
一週間が終わり、日曜の午後、私は目的もなく駅の方まで出かけた。中には入らず、外からいろんな店の様子を窺っていた。
駅前通りから一本奥の道を歩いている時、聞いたことのある名前の店があった。
喫茶店アリス。
祖父がケーキを買ってきてくれた、その喫茶店ではないだろうか。中に入ってみようか迷っていると、窓際の一番奥のテーブルに、見たことのある人がいた。が、その人は、私が知っているその人ではないような表情をしていた。
意外に思って、さらに見ていると、相手が私に気が付いた。目が合ったので先に頭を下げると、相手も頭を軽く下げてきた。その人は、私に向かって手招きした後、自分の前を指差した。中に来い、と言うことだと判断した。私は、思い切って、店のドアを開けた。




