第十五話 知り合い
昼休みに、悠花がはしゃいだように言った。
「薫ちゃん。私ね、薫ちゃんの家に行ってみたい。ダメ?」
「は? 何言ってるの? 嫌だよ。あそこは、祖父母の家なんだから」
「えー。いいじゃない」
「良くない」
そんなやりとりをしている私たちを、芽衣子が笑う。それを見て、私が不機嫌になる。朝と同じだ。
「薫。いいじゃない。私も行ってみたいな。洋館なんでしょ。そういう所って、なかなかないし」
「メエコまでそんなこと言って」
私が溜息をつくと、悠花は嬉しそうに芽衣子の手を握った。
「そうよね、メエコちゃん。行ってみたいよね」
「行ってみたい」
私は、大きく息を吐き出した。負けた、と思った。
左手首につけた時計を見ると、まだ時間はありそうだった。仕方なく家に電話した。三回呼び出し音が鳴って、
「はい。嶋田でございます」
「あ。おばあちゃん。薫です。あのね……」
二人の要望を伝えると、祖母の声が明るくなった。
「薫ちゃんのお友達が来てくれるの? いいわよ。何か準備しておくわ」
「帰りに、アリスでケーキでも買うよ。お茶だけお願いします」
「わかりました。アリスを出たら、電話して」
それで、電話を切った。背けていた顔を二人の方に向けると、
「いいってさ」
悠花が両手を上げて、「やったー」と言った。芽衣子は、ふっと笑っただけだった。そういうのが様になるな、と思いながら見ていた。
「アリスに行って、ケーキを買おう。それから、家に行くからね」
「アリス?」
悠花が首を傾げる。
「喫茶店の名前。そこのケーキ、すごくおいしいから」
「食べたいー」
悠花が大きな声で言った時、チャイムが鳴った。あっという間に昼休みは終わった。そして、五時限目は……。
「始めるよー」
今日も陽気な桜内先生。アリスで見たその人と、本当に全然違う。アリスでの先生が本物だとすると、よくこんなに違う人間を演じられるものだ、と感心する。ストレスにならないのだろうか。これがストレスなら、コーヒーを飲んで余計にストレスを溜めていることになる。わからない人だ。
今日も、授業は楽しかった。先生は、「じゃあねー」と生徒に笑顔を振りまいて出て行った。素晴らしい役者だ。
ホームルームを終えて、三人で連れ立って駅前の喫茶店アリスに行った。歩いている間中、悠花はなんだかんだと話していた。私は、例のように適当に相槌を打っていた。芽衣子も時々それに参加した。
アリスに入ると、美形の『なかた』さんが、今日もいた。微笑みを浮べると、「いらっしゃいませ」と言ってくれた。
「深谷野さんと、メエコちゃんと、それから……」
私は、『なかた』さんが芽衣子を名前で言ったことに驚いた。が、芽衣子は別に普通の顔をしている。知り合いらしいとわかった。
「私は、皆川悠花です。『なかた』さん、かっこいいですね」
いきなりそんなこと言うか、と思ったが、口にはしなかった。『なかた』さんは、ただ、「ありがとうございます」と言っただけだった。この人は、本当に言われ慣れてるんだな、と改めて思った。
芽衣子は一歩前に出ると、『なかた』さんに向かい、
「ツヨシさん。今日は、ケーキを買いに来た。これから、薫の家に行くんです」
「そうですか。では、お決まりになりましたら、お声掛け下さい」
ちょうど、奥から呼ばれたのでそちらに行ってしまった。私は、芽衣子を見ながら、
「知り合いなんだ?」
「兄貴がね、あの人とバンドやってるから」
「そうなんだ。それで」
「そう。それで知り合い」
私たちの話なんか聞いていない悠花は、ケーキを端から端まで見て、どれにしようか悩んでいる様子だ。私たちは、さんざん迷ってからケーキを決め、店を出た。ケーキを持った悠花に、「落とさないでよ」と、わざと冷たく言った。悠花は手元を確認してから、「落としません」と言い返した。
家までの道も、当然悠花の独壇場だった。




