【心理学】人はなぜゲームに依存してしまうのか?
クリアできなくて「あ"あ"あ"あ"なんだよこのクソゲー!」つってコントローラー投げるじゃん?
でもそのあとすぐ考え直してコントローラー握るじゃん?
無限ループってこわくね?
依存症。ざっくばらんに書けば『ダメとわかってるのにヤッちゃう』ことが病的にエスカレートしたものです。そういった意味で別名コントロール障害なんて言われたりしますが、よりこまかく書くと以下のようになります
・強烈な欲求、強迫感がある
・禁断症状がある
・量、時間のコントロールができない
・頻度や量が増えていく
・仕事や通常の趣味などを無視、制限するようになる
・心身に悪いと知りつつ続ける
上記のうち3つを過去1年の間に繰り返し経験した、もしくは1ヶ月以上続いてるなら依存症と診断されるでしょう
人は"メシを食う"というイベントを毎日繰り返しています。それ自体は問題ないのですが、その量がどんどん増しているのにコントロールできなくなったり、それを悪いと思いつつ続けてしまったりする状態がよろしくないのです
依存症にはタバコのような"物"に対する依存、恋愛のような"人"に対する依存、そしてギャンブルのような"プロセス"に関する依存があります
今回はプロセスに関する依存のひとつ。アナタにとって身近にあるかもしれない『ゲーム』に関する依存について書いていきましょう
:ゲームの"沼"と言う時点なら良い:
さっき書いたようにゲーム依存はプロセスに関する依存症です
食事のように本能的快楽を得るワケでもないし、しかしギャンブルのようなお金儲けをさせてくれるモノでもありません。言うなれば、ゲームは音楽と同じように純粋に趣味として楽しむものです
が、音楽依存症なんて言葉聞いたことありませんよね? 数ある娯楽のなかで、なぁぜかゲームだけが依存症と言われ、冒頭で書いたような症状をもつ人が多くいる。事実、世界保健機関(WHO)が国際的に設ける疾病分類では『ゲーム障害』という名前がつけられています
近年はYouTuberなどの台頭もあり、ゲームをプレイしつつお金を稼ぐ! 的な発想ができるようになりました。しかし、実情は一部の方だけ収益化できてる現状で、音楽活動と比較してどうなるかは不明ですが、まあ稼げるかどうか? という質問にはNo寄りになってしまうでしょう
じゃあなぜゲームに依存なんてモノがあるのか? ――それは『ゲームは人が楽しむよう設計されたモノ』だからです。ゲームを作るデベロッパーさんは「いかにプレイヤーを楽しませるか?」についてホントの本当に考え抜きます。直感でわかりやすい操作、相対する"壁"の乗り越え方からその難易度設定、素晴らしいグラフィックに魅力的なキャラとストーリー……数え上げればキリがありませんよね
ゲームには巧妙に"報酬系"を刺激するしくみが出来上がってるのです。何かを達成した時の高揚感、クリアした瞬間の「やったぜ!」を高めるためのギミックはそのエッセンスとなりアナタの報酬系を刺激しまくります
報酬系。人間の脳は『良いこと』を認識し、それを記憶するための仕組みが用意されています。アナタがゲームプレイを通して得られた"快楽"は脳にとって「コレは良いことだ」とインプットされ、脳内にドーパミンと呼ばれる物質をドパドパ放出し、記憶を司る部位を刺激したり「また同じ快楽を得たい!」という衝動を与えてくれます
この感覚を覚えゲームに熱中するようになる。これは今だと『沼にハマる』とか言われてるヤツですね。けどこの程度じゃ依存症なんて呼べません。っ逆に「沼にハマッたな」とか「〇〇の沼へようこそ」とか言えてるレベルならぜんっぜん依存症ではありませんのでご安心ください
――さいきんマンガを読んだおかげでエルデンリングの沼にハマりそうな犬物語がお伝えします。いや買わんよたぶんおそらくきっと
依存症は冒頭で書いたようなレベルになって、お医者さんに通いはじめて診断されるもの。勝手な解釈で「ボク(わたし)は依存症なんだ!」と決めつけないでね?
:ゲームに熱中してしまうしくみ:
どんなゲームも『クリア可能』の難易度設計になっています。さっき書いたけど、まあ鬼畜難易度で有名なフロム・ソフトウェアさんの作品だって「歯ごたえのあるプレイ」を目指してるだけで「クリアできない難易度」を目指してるワケじゃないです
強敵に立ち向かい、苦労の末にクリアする。そのときの達成感が報酬系をドパドパ放出させやがてフロム脳に染まっていくのです
ゲームは2面、3面と進むにつれ難易度が上がっていきます。しかし、そのたびにプレイヤー側も新しいスキルやレベルが上昇し、強敵を打ち倒すことから『成長する実感』が得られ、その間に物語が新しい展開を迎えたり、新キャラの登場や別れのエッセンスを加えることで"飽き"を感じさせません
報酬系は同じ刺激が続くと慣れがきます。しかし上記のような仕組みがあるからこそゲームはより楽しくなっていくのです。そしてラスボスを撃破した後は壮大なクライマックスとそれにマッチした音楽が流され、アナタに「やりきった……」という実感を与えてくれるでしょう。なんだったらクリア後もなんかあるパターンもあるよね
ゲームはいかに楽しませるか? つまりいかに報酬系を刺激してドーパミンをドパドパ出させるかが肝なのです。ゲームデベロッパーさんたちはこれをよく(過ぎるほどに)わかってるのでね、まあ素晴らしいの一言ですよ
ゲームはプレイ中の不快感を避けるため、操作方法やらステータス画面の見方やら画面構成やらロード時間のヒマ潰しやらほんっと考え抜いていますが、このヘンは本題から脱線するのでやめておきましょう
ゲームは薬物に頼らない蠱惑的な麻薬みたいなもんです。沼ってる間はまだしも、冒頭で紹介した内容に心当たりある方はすぐお医者さんに会いに行きましょう
:ゲーム依存の恐ろしさ:
スタンフォード大学で行われた実験を紹介します。ボールの動きをコントロールするだけの単純な遊びを用い、被験者の脳をスキャンしつつそれをプレイしてもらいました
結果、脳はゲーム操作で必要になる視覚処理や視覚的空間認知に関する部位が活性化してましたが、やはりというか同時に報酬系を司る部位も活発化していました。その度合はどっちかってと男性のほうが高かったようです
ゲームは報酬系を刺激するってのはまあわかります。それがどうやって依存症につながってしまうのか? ――先ほど書いたように、報酬系はその刺激に慣れてしまいます。その結果脳が「もっと刺激がほしい!」という状態になり、新しくより強い刺激を永遠繰り返すことで報酬系がさらに満足し、さらに要求し、さらに刺激が繰り返されという悪循環によってもたらされます
今は無料でいつまでもプレイできるゲームがたくさんありますよね。スマホの基本無料ゲーム、インターネットでつながるゲームなどは手軽かついくらでも楽しむことができます
オンラインゲームは世界的に依存症の方が多いです。ネット上ではプレイヤーを『キャラクター』を通して見ることになり、その人本人のステータスなどは関係なくプレイのうまさなどな重点となるので、やりこめばやりこむほど称賛の声を浴びやすくなるでしょう。ネトゲはゲームという"作られた声"ではなく、その画面越しにいるプレイヤー = "実際にいる人たちの声"をもって称賛されるためより報酬系に効き、社会的報酬という、プロセスとはまた別種類の報酬系を満足させられるためよりハマッていくのです
ゲームは素晴らしい娯楽ツールです。わたし自身ゲーム好きですし、ゲーム制作に関わる方々を尊敬しています。だからこそ、プレイヤーであるわたしたちは彼らの生み出した世界を堪能し、依存でなく"沼"にハマることで彼らに「ありがとう!」とメッセージを伝えたいですよね
ちなみに「わたし(ボク)さいきんゲーゲムにハマりすぎ?」と感じたアナタ、以下のようなステップで徐々に克服していきましょう
・ちょっとずつプレイ時間を減らす
はじめは10分から、徐々に20,30分と減らしていく
・代替行動をしてからゲームをプレイする
他者とつながる(社会的報酬)
運動やそのほかの趣味(音楽鑑賞、読書など)
・理性でゲームを考える
そのゲームをプレイすることで得られる財産は何か?
それは自分の人生や"今やってること"に必要なものなのか?
上記について考えて"とりあえず"といった形で実践してみましょう。深く深刻に考える必要はありません。今まで2時間だったけどとりあえず1時間50分にしてみっかとか、スマホゲーで今まで2キャラ作ったり2シナリオ分やってたけど1キャラ分にしたりして、残り時間は別に割り当ててみるとかでもいいです
依存症レベルまでいくと個人ではどうにもなりません。ゲーム制作者はアナタにゲーム依存症になってほしくて作ったワケじゃないんです。アナタに楽しくゲームをプレイしてほしいだけなのです。依存症になるのは作り手の本意ではありません。すぐ病院に駆けつけましょう
ゲームはアナタを幸せにしてくれるツールです。ぜひとも楽しいゲームライフを、そして今ハマッてるゲームがあるならぜひコメントくださいわたしもや――りたくなっちゃうわコレ
アナタのゲームライフに幸あれ!
ゲームって先に進むのがたのしい! ってなるじゃん?
でもはじめてプレイしたダークソウルだけは「先に進むの怖すぎんですけど!?」ってなりました




