【前編】日本にくる前の"九尾の狐"のはなし【マッハ解説】
九尾の狐ってそもそも中国発なのよね。
2022年3月5日。栃木県那須町にある『殺生石』が割れたというニュースが話題になりました。
九尾の狐が解き放たれた!? 的な感じで当時のトレンドになり、その後慰霊祭まで行われるほどバズりましたね。
実際、殺生石は九尾の狐が人間に倒され変化した姿なので封印が解かれたっていう解釈は難しそうな気がします。ついでに言うと、那須町で行われた慰霊祭には「九尾の狐さまぁ~世界平和よろしく!」的な願いが込められていました。
九尾の狐、今でこそ傾国の美女、悪しき存在みたいなイメージが定着してますが、それ以前の伝承では吉事の前に現れる"前触れ"的な存在だったので、那須町ではそういう意味をもって「コロナ収束&世界平和よろしくぅ!」的な感じで儀式が執り行われました。
ちなみに、那須町には九尾の狐をもとにしたマスコットキャラ『きゅーびー』がいたり、九尾の狐をモチーフとした伝統芸能『九尾太鼓』なんてのがあります。自然豊かでいいとこなのでぜひぜひ体験してみてくださいな。
さて、日本で討伐されたとされる九尾の狐ですがそれ以前のきゅーちゃんはいったいどのような旅路をしていたのでしょうか?
今回は、九尾の狐が日本を訪れる以前の話をしてみたいと思います。
:まずは日本上陸の瞬間から:
九尾の狐が日本で大活躍? したのは平安時代です。いまからおおよそ1000年前、当時の上皇『鳥羽院』に近づき悪事を働きます。
じゃあ日本上陸もそのくらいの時代なのか? ってと実は違います。きゅーちゃんが日本上陸したのはそれから300年以上も前の奈良時代。当時遣唐使が中国に渡っており、当時のおえらいさんだった『吉備真備』という方が遣唐使として派遣された船に乗り込んで日本へと渡ってきたのです。
それまでの300年、きゅーちゃんは日本でナニしてたんでしょうね?
まずは日本語のおべんきょうとか?
日本文化について学んだ?
じつは反省してこれからは清く正しく美しく生きようとしたとか?
まあさいごに関しては冗談として、きゅーちゃんは300年かけてなんかしてたんでしょうね。
ちなみにって話ですが、吉備真備が生きていた700年代、同じ時代の中国には傾国の美女と呼ばれた『楊貴妃』がいます。ってことは、実は九尾の狐は楊貴妃として暗躍し、潮時かってタイミングで真備ちゃんにしなだれかかって――みたいな妄想が膨らみますね。
いずれにしても、九尾の狐が日本侵入を果たしたのはこの時とされています。じゃあ、それ以前の九尾の狐はなにをどうしてたんですかね? 事細かに書くと文字数がアレなので、ここではマッハ解説と称してスピード感をもって書きなぐっていきたいと思います。
:中国でいろいろやらかしてたんですわ:
九尾の狐、日本にやってくるまでけっこー好き勝手やってました。
彼女の伝説が誕生したのは紀元前11世紀ごろの中国、そこが『殷』と呼ばれた時代のこと。九尾の狐は『妲己』と名のり、当時の皇帝『紂王』の后となって毎日飲んじゃくっちゃ蝶よ花よな暮らしをしていました。
彼女は『封神演義』などのヴィランとして大活躍してるのでご存知の方は多いと思います。創作内の彼女はほんともう巨悪ですが、リアル妲己もけっこーなことやってました。
酒池肉林とかヤバめな処刑法とかいろいろ考案しまくってます。それに文句を言う家臣たちはそりゃあもう「あなたぁ~あの人がわたしをいじめるの」からの「よし、おまえ、処刑」パティーン。これ詰んでね?
ってことで、妲己はもちろん紂王が好き勝手やってるのに業を煮やして後の武王となる人物が有名な太公望たちと手を組んで挙兵。紂王を焼身自殺に追い込み、創作ではその折に妲己ちゃんもぶった切っております。太公望だったり忠臣だったりするけどまあこまけーこたぁいーんだよ。
太公望の手により九尾の狐の死体は瓶におさめられ土にうめて石碑をたてたのですが――こういう封印は時が経てば放たれるもの。ってことで、きゅーちゃん「ちゅーごくはダメだわ、ちょっとインド行ってくる」的な発想でいちど天竺にわたり、インドを魔界の世にしてやろうと飛び去っていきます。
:落ち延びコンコン、懲りずにインドで大暴れ:
日本に残る多くの物語では、太公望たちにケチョンケチョンにされた妲己ちゃんこと九尾の狐は封印されつつもほころびによって脱出し、そのままインドへ落ち延びていきます。で、コンコンはコリもせず人間をたぶらかそうと大活躍するわけですが、こちらでは紀元前600~200年ごろまで実在した『摩端国 = マガダ国』をモデルに物語が始まります。
彼女は当時のマガダ国の王子『斑足太子』に近づきこびこびこびーのこびりんぴっく♡ 見事ねんごろな関係になり斑足太子をどんどん堕落させていきます。あとは妲己ちゃんと同じながれで『諫める家臣をぶっころ星 → 正体見抜きそうなヤツを排除♡ → トップになったエラい男子をメロメロにしちゃうゾ』的な感じで傾国の美女っぷりを発揮していきます。
彼女はここで『華陽婦人』を名乗ることになります。ただちょっと気をつけてほしいのは、華陽夫人っていうと紀元前250年ごろの中国『秦』に実在した王太后で、のちの始皇帝の養祖母にあたる人物がヒットします。じゃあなんで中国モデルの物語じゃないんだっていうと、この物語上では「中国の華陽夫人は、ここで大暴れした華陽夫人にあやかってそう名付けられたんだぜ」的な感じで整合性を保っており、つまり中国華陽夫人のモデルこそがこっちなんだということ。華陽夫人の起源を主張するわりとよくばりセットな創作だったりします。
が、こういう展開になると訪れるのは救世主の存在。華陽夫人編では『耆婆』という医者がきゅーちゃんの脈をみて「こいつ人間じゃなくね?」と気付きました。で、それを斑足王にお知らせして怒られたり、きゅーちゃんと医術関連で論破されたりとまあ悔しい思いを乗り越えて、やがて王を更生させたい家臣たちと魔法のアイテム『薬王樹』のパワーをもってきゅーちゃんの正体を暴き、当のきゅーちゃんはインド旅行に満足したのかふたたび中国へと凱旋するのでありました。
――ぜんぶひとつにまとめようと思ったんだけど、文字数制限しても書ききれなかったので前後編にします。続きのインド旅行に行ったよ~また中国に帰ってきたよ編は後日投稿いたします。
創作のおともに、趣味としても楽しめる九尾の狐物語。ここで紹介したのはほんの表面でしかなく、これをキッカケに「もっと知りたい!」と思っていただければ幸いでございます。なんなら「もっと詳しく書いて!」的なコメントあればいくらでも書いちゃいますわよ? わたし日光市民だから那須町まで近いし、なんだったらそっち行って調べたりできちゃうかもね。
人間のイマジネーションは無限大です。ここで紹介したことが、アナタの人生に活力を与えられたら幸い。それではまた、アナタの人生に幸あれ!
きゅーちゃん「わたし瑞獣だもん!!」




