【脳科学】脳を外部から操る・脳で外部を操る【光遺伝学】
生き物は脳で考え、脳で動き、脳で意志を決定する。
そんな脳を外部から操ることができたら、そして脳で考えたことが外部で実際に起きたら、アナタはどんな反応をしますか?
ものを考えるのも、身体を動かすのも、すべては結局電気信号です。脳には数百億の神経細胞が張り巡らされ、それらが間接的に繋がり様々な電気信号を送受信しあっています。そう考えると「外部から電気信号を送ってやれば、脳の活動をコントロールできるんじゃね?」という発想も生まれてくるでしょう。っていうか事実、人間のなかにはそう考える人がいて、実際に夢の国のマスコットキャラクターを利用して様々な実験を行っています。ピカッと光ってチュウと放つあのモンスターでもいいです。
もっともカンタンな方法は『脳に電極をぶっ刺して電気を流す』ですね。とはいえこの方法を行うと周囲の神経細胞に多大な刺激を与え破壊しつくしてしまうので、まあ安全なやり口としてはNGです。特定の脳神経細胞の働きを知りたいとなると、また別の手段を考える必要がありますね。そこで、近年この問題をかるーく解決してくれそうなのが『光遺伝学』の考え方。
光学 + 遺伝学という異色のコラボですが、光遺伝学をひとことで表現すれば『光を利用して様々な細胞の働きを制御しよう』という学問。光学で培われた『光のふるまい・挙動・はたらき』などの知見を遺伝学に活かそうというワケです。光でナニができるんだ? とふしぎに思いますが、光だって立派なエネルギーです。レーザーポインタを目に受けたらだれだってムスカ大佐になっちゃうでしょ? ――光って、実はとんでもないエネルギーを秘めた存在でもあります。で、細胞やタンパク質のなかには光に反応するものがありますので、そいつらに光を当てて好き勝手に操ってやるぜゲヘヘという寸法です。
電極を差し込むとかいう物理的な手段は使いません。だって光をその箇所に照射すればいいんですもの。科学の発展ってすげーよな。
遺伝学はザックリ『遺伝子の"この配列"にはこういう意味がある』っていうのを探ってく学問ですね。多くのタンパク質を生み出す設計図ですから、その中には『光に反応するタンパク質をつくる遺伝子』ってのがあるわけです。たとえばイオンチャネルの遺伝子的なね。その遺伝子を切り取ってマウスの遺伝子にぶちこみ、特定の神経細胞に光で反応するタンパク質を作ってやるよう細工してやれば準備は完了です。以下に『チャネルロドプシン2』を用いた実験があります。
『チャネルロドプシン2(ChR2)』は青色の光の波長(470nm前後)に反応し興奮させます。それをマウスの『記憶に関連すると考えられる脳神経細胞群の遺伝子』に組み込んだところ、なんと光の照射によって特定の記憶を呼び出せることが明らかとなったのです。
生き物は脳内に『記憶』を貯蔵しています。それはわかるのですが、じゃあどこにどんな形で刻まれているのか? という点についてはまだまだ確たる証拠がなかった時代です。そこで、科学者たちはマウスをつかい、脳のどこに記憶を貯蔵しているのか確かめようとしたわけです。闇雲につっこんでも効率が悪いので、科学者は「ここじゃね?」というところ、つまり『海馬』にターゲットをしぼり、そこに『光に反応するタンパク質の遺伝子』を仕込んで光を照射する実験を行った、ということです。
この成果がキッカケというか黎明となり、光遺伝学は日進月歩の進化を見せています。たとえば2015年の理化学研究所の発表では、ストレス過多でうつっぽくなったマウスに『たのしい記憶』を思い出させることで、うつ様行動を改善させたというものがあります。人間の都合でうつにさせられたり元気にさせられたりとまあ可愛そうではありますが、これも科学の発展のためということで、えー異議がある方はお国のご意見承ります係までどうぞ。
科学ノ発展ニ犠牲ハ付キ物デース――このセリフに何度泣かされたことか。
理化学研究所、マウスのうつっぽい症状が治った話
ttps://www.riken.jp/press/2015/20150618_1/
光遺伝学もすごいですが、医療現場で使われるMRIをパワーアップさせた『fMRI』もなかなか活躍を見せています。電磁波を流し体内の水素と反応させることでイロイロな可視化を可能にしたものですが、なんとコイツを活用して『脳内でイメージしたモノを可視化しよう』という試みが試されています。いわゆる『マインド・リーディング』ですね。
視覚で『A』という文字を認識したとき、人は特定の脳内ネットワークを通じて『これは"A"だ』ということを理解します。これをfMRIにぶちこまれた人に見せることで、脳のどこがどう反応しているのかを観察し、それを分析し、その人の脳内アルゴリズムを理解することでイメージングが可能となります。
現状、すでに上記のような実験は成功しているようです。今後は聴覚など他の感覚器官や、より複雑なアルゴリズムを解析したりとさらなる発展が期待できることでしょう。人間は脳で考え、脳で動き、脳で意志を発現します。自動車事故で昏睡状態になった人にfMRIで観察しながらコミュニケーションを試みたところ、しっかり意志をもっていることも確認されています。これが何を意味するか? ――たとえば運動機能に障害を抱えている人でも、その脳内パターンを解析することでコミュニケーションをとれるようになります。脳からの司令で自らの意志で車いすを動かせるようになります。これはつまり『ブレイン・マシン・インターフェース』という技術の発展を意味しているのです。
生き物は脳で考え脳で動き、そして脳で意志を示します。ありとあらゆる情報が詰め込められた脳は、これからも人々の好奇心を刺激し続けるでしょう。この好奇心だって、他ならない脳が与えてくれる機能なのですから。
アナタの脳内スパークに幸あれ。
脳「考えるなって言われてもねぇ……」
脳「動くなって言われてもねぇ……」
脳「それはムリな相談ってヤツですよ」




