【臨床心理学】箱庭に心を映し出す【箱庭療法】
せっかく遊戯療法を紹介したんだから、こっちも書いとかないとね。
前回、子どもの心を知る・癒やす手法として『遊戯療法』を紹介しました。言語能力が未発達な子どもには、遊びや運動など、体感的に表現できる手法のほうが、より心も表現しやすくなるからです。
よく非言語コミュニケーションなんて言われたりしますが、人間は、なんらかの行動を通して様々な意思表現を行うことができます。行為に意図的な心を表現することもあれば、無意識に自身の心を表現してしまう場合もある。今回は、人間のクリエイティブ精神をもとに心を観察する『箱庭療法』をご紹介しましょう。
創作、音楽など、クリエイティブな方法を用いて行う心理療法を『芸術療法』と呼びます。箱庭療法は、箱の中で自由に創作を行ってもらうことで、クライエントの心を覗き込み、介入していこうという心理療法になります。イメージ的に「子どものための療法かな?」と思いそうですが、これは老若男女関わらず、さらに福祉・司法・教育など幅広い範囲で活用されている技法なのです。
箱庭療法の基礎を作ったのは、イギリスの児童心理学者『マーガレット・ローエンフェルド(Margaret Frances Jane Lowenfeld)』氏です。もともとは『ワールドテクニック』という壮大なネーミングでしたが、まあやってることは変わりません。いろいろ調べてみたところ、どうやら1920年代後半~1930年代にはこの技法が確立されたようです。で、1935年にアメリカで出版された本をきっかけに広まった感じですね。箱庭療法単体というより、プレイセラピーの一環として『サンドプレイ』っていう技法があるよ、みたいな認識のようです。
その後、スイスの心理学者『ドーラ・カルフ(Dora Kalff)』氏が、ユングの心理分析の概念をもとに発展させ箱庭療法を確立。サンドプレイとして認知されるようになりました。
箱庭療法のやり方はいたってシンプル。まず、全体を視野に納められる『57cm×72cm,高さ7cm』の箱を用意し、そこに砂を敷き詰めます。あとは、たくさんのミニチュアを用意してあげて、クライエントに『ミニチュアを選んで箱庭に置く』行為をしてもらえばおっけー。あ、ちなみにインチだと『22.5×28.5』ね。高さはよくわからん。たぶん3インチ以下だとは思います。
クライエントが自由に置いている時、治療側は干渉せず、鑑賞に徹することが原則になります。前回もとりあげた『心身の安全が確保された空間』ですね。たまーに、一緒にまざりましょって場合がありますが、それは稀有な例です。で、後で書きますが、箱庭療法は複数回やる前提なので、創作した『箱』が完成したら、それを写真撮影なりなんなりして、しっかり保存しておくことになります。
やってることは単純ですが、その行為の最中、クライエントの様々な心情が表れ、心理職のみなさんは事細かに観察し、分析しています。あ、もちろんクライエントの破壊衝動が自我の抑制をオーバーヒートしちゃったり、なんか諸問題が発生した場合はすぐに中断しますのでご安心を。
箱庭のどの位置に、どういったミニチュアが置かれるかによって、クライエントの世界観や、その世界観に折り合わない異物が箱庭にあるかを把握できます。異物はそのまま『現状の悩みや問題』と解釈でき、カウンセリングを行う方は、その異物を除去するのではなく、異物であったものを取り入れ、世界を新たな秩序を持つものとして作り直していくことを後押しします。
さらに、クライエントによってはその異物を置くことに躊躇いや苦痛を感じることもあるでしょう。それに気づき、共感し、信頼関係を築くことも心理職の重要な役割です。芸術療法は基本的に『表現することでカタルシスを得る』的な効果が期待されます。あとはメタ認知的な要素ですね。自分が創作した箱を見つめることで、新たな自分に気づいたり、可能性を発見したりできます。
箱庭療法は何度も繰り返すことが肝心です。芸術療法ですから、ミニチュアを起き終えた箱庭は、言わば『クライエントが創作した作品』になります。創作物は創作者の心を体現すると言いますが、たったひとつの作品だけで「あの作者は意地が悪い」だとか「この作者はピュアだなぁ」なんてわかるわけがないでしょう? ――箱庭療法(芸術療法)も同じことで、何度も繰り返し創作してもらうことで、クライエントの心を徐々に理解していくのです。やっているうちに、置くのをためらっていた異物も置けるようになりますからね。
箱庭療法、あと『ロールシャッハ・テスト』とかもそうですが、クライエントの表現から心を観察する行為ってのはとても経験と技術が必要になります。心理療法はそれぞれ専門の研究者が開発しているものなので、こういった技術は『〇〇学会』的な機関で講習を受けることで技術取得が可能になります。
箱庭療法も『日本箱庭療法学会』とか『国際箱庭療法学会(International Society for Sandplay Therapy)』的な組織があります。あ、国際箱庭療法はカルフ氏が創立メンバーでもありますね。英語サイトですが、日本語対応ですので興味ある方はアクセスしてみてください。
ttps://www.isst-society.com/
こういう技法は、公認心理師など一定の知識・技量を備えた方が、さらに数ヶ月や年単位で習得するスキルなので、いきなり「心理学は知らんけど、箱庭療法はマスターしたい!」っていうのはやめときましょう。まずはアセスメントの基礎とか学んだほうがいいんじゃないかしら。箱庭療法を学びたいなら、少なくともユングの心理分析(元型とか集合的無意識とか)と遊戯療法と非言語コミュニケーションの知識も必要だしね。
たまーに「〇〇療法をたった一週間で習得できちゃう!」的なアレを見かけますが、ガチのマジで深く学びたいって方は、まあそれなりの手段を選んどきましょう。わたしもエラソーに言える立場じゃないッスけどね。
箱庭療法はセラピーの手法ですが、自己啓発的な目的でも使用されることがあります。創作は得てして『自分』を表現することになるので、試してみたら新たな自分を発見できるかもしれません。好奇心がウズウズしちゃった方、試しにセルフ箱庭療法なんていかがでしょう? 適当に砂をいじってたら、ある瞬間「そうか、わたしは神だったのか!?」的な悟りを開けるかもしれません。あ、わたしはいっさいの責任を負いませんので悪しからずどうぞ。
ちなみに、セラピーを行う先生ごとに『箱や砂の好み』なんかがあるようです。基本的に、箱の底は水色になっているので、砂を掘ると『川』を表現できるようですが、砂の質感やら箱の素材やらで、先生が激論を繰り広げたりするのでしょうか?
ちなみに、統合失調症の急性期など、負イメージの暴発が起きそうな方には禁忌とされています。




