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つれづれグサッ  作者: 犬物語
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【心理学】経験によって生まれる世界【スキーマ】

人は多くの知識や経験を得て活動しています。そのなかで、様々な判断を"脳"が行い、アナタの判断に深い影響を与えているのです。

 ちょっと空を見上げてみましょう。そこには一面の青空があるかもしれませんし、もくもくとした雲が漂っているかもしれません。土砂降りだったらドンマイな。


 ここでちょっと手頃な雲をチェックしてみましょう。じーっと見つめていて、なんだかなにか(・・・)に見えてきませんか?


 ホラー話でよくある壁のシミ(・・・・)が人の顔に見えちゃうアレ。お月様が『ウサギ』に見えたり、もうワケわかんないですよね。あ、ちなみに、国によって月の見え方は様々だそうです。気になったのなら各自で調べてみてください。


 人間は優れた知能をもっているハズです。しかし、なんだってこんな素っ頓狂なことをしてしまうのでしょうか? ――その答え、もしかしたら『スキーマ』にあるのかもしれません。


 スキーマとは『経験に基づいて形成された"信念や世界観"』です。簡単な例を示せば、たとえば以下の文章を読んでみてください。


・車輪がふたつ、足で漕ぐ、これに関するスポーツがある


 さて、アナタは何を思い浮かべたでしょう? ――おそらく、ほとんどの方が『自転車』をイメージしたでしょう。正解です。これはまごうことなき自転車です。では次の文章を読んでみてください。


① 手順はカンタンだよ。まず、物をいくつかのグループに分けるんだ。ああ、もちろんひとまとめでもいいけど、それややんなきゃいけない物の量によるね。もし設備が無いためどこかよそに行かなきゃなんない場合は、それが次の段階になるよ。そうでない場合は、準備はかなーり出来たことになる。重要なことは――


 まったく理解できないと思います。何についての説明なのかわからないですし、表現がいちいち変化球過ぎて、どんなに想像力ある方でも『衣類の洗濯』について書いてるんだ、なんて気付きゃしませんわ。衣類の洗濯について説明するなら、まず以下のような文章にすべきでしょう。


② じゃ、まず衣類の分別をしようか。一緒に洗ってもいいけど、ドラムに入り切る量の範囲内にしようね。洗濯機が使えないなら、まずはコインランドリーに行くことから始めよう。衣類の分別はまた後だ。洗濯機は使えるかい? オッケー、なら準備完了だ。さて、重要なことは――


 うん、かなりマシな文章になったでしょう。こうすれば『衣類の洗濯』の場面だと理解できるはずです。


 ①と②の差はどこにあるのでしょう? ①の場合、ことあるごとに『洗濯』に関するワードを避けていますね。対して②の場合、節々に『洗濯』に関するワードが飛び交うので、聞く人も「あぁ、洗濯に関する話ね」と理解できるようになります。


 聞き手は、話してが『何について語っているのか?』を理解する必要があります。この時、聞き手が『洗濯』に関するスキーマを活性化させなければ、それが洗濯について話しているのだと理解することすらできません。①では、まさにそういう状態だったわけです。ちなみに、上記の①はアメリカの心理学者『ジョン・ブランスフォード』氏と『マーシャ・ジョンソン』氏の両名が実験で用いた文章です。この実験をざっくり書くと『"何"に関する説明か理解しておかないと、内容を記憶しにくくなる』って感じです。


 ではもうひとつ例を。Aさんは『野球』がものすごい好きです。対してBさんは野球というスポーツそのものを知りません。そういう仮定のもと、以下の文章を読んでみてください。


A「これが"バット"だよ」

B「へぇ、これでナニするの?」

A「叩くんだ」

B「えっ」

A「えってなんだよ。叩くんだよ。こうやって、こう!」ブンッ

B「横腹に一撃かよ」

A「まあ、オレは"叩く"っていうより"切る"派なんだけどな」

B「なにそれこわい」

A「おまえも行くか?」

B「えっ」

A「やってみるとけっこー楽しいぜ? バッティングセンター」

B(こいつとうまくやってける自信がない)


Bさんは『野球』というスポーツに触れたことがない、つまり野球の経験をしていないのですから、バットに対する『信念や世界観』なんて存在しません。で、バットの形状と、Aさんがそれを振る姿を見て、色々な想像を膨らませたのでしょう。


 ちなみに、アナタがBさんの「横腹に一撃かよ」というセリフを読んでニヤリとしたことも、バットをある道具(・・・・)として使える、という知識を持っているからです。


 作法やマナーなんてのは、スキーマの塊でしょう。ガチのお茶会に参加したとき、アナタに『茶道』の作法が備わっていれば、茶道で習ったあれこれの『経験』を通して「次はお茶を出されるから、茶碗を回して模様を楽しみつつ、ズズズ~っと頂けばいいんだな?」的な予見ができます。こういった事前知識を『〇〇スキーマ』なんて呼んだりします。今回の例では茶道スキーマって感じですかね。


 色々な例を出しすぎて、逆にわからなくなった方いらっしゃいますか? ――そんなアナタのために今一度書きましょう。


 スキーマとは『経験に基づいて形成された"信念や世界観"』です。ある経験をした事で、自身の信念や世界観が出来上がります。アナタの脳みそをさらに混乱させられるよう、最後にもうひとつだけ例を紹介しますか。


 人間は、無意識のうちに『光は上から下に向かう』と認知しています。太陽の光が降り注いでいる世界に住んでいるので、わたしたちは毎日『上から下に降り注ぐ光』を経験しています。なので、知らずのうちに、光は上から下に向かうというスキーマが出来上がっているのです。


 ホラー話でよくある、語り手が懐中電灯で顔を下から照らす演出、ありますよね? ありきたりですが、たしかに不気味に見えるのはなぜなのでしょうか? ――ここまで読み進めたアナタだったらもうわかりますよね? はい、光は上から下というスキーマに対し、語り手の顔には下から上に光が差しています。そうすると、同じ顔でもいつもと異なって見え、それが不気味さを演出するわけです。




 ここまでさんざんっぱら例を出しまくりました。まあ、アナタが理解しやすいものを選んでください。これでもわかんない! という方、ちょっち『フレデリック・C・バートレット』さんの実験を紹介しましょう。人間がいかにスキーマに引っ張られるかが実感できます。


 彼が行った実験は『伝言ゲーム』です。なつかしいですね。伝言をつなげていくと、なぜか最初と最後でぜんぜん違う言葉になった! という経験をした方は多いと思います。これ、世界共通なので、バートレットさんも実験に使おうと思ったわけですね。


 彼は複数の『伝言ゲーム』を行いましたが、そのひとつを紹介しましょう。


① 絵を覚えて、同じ絵を描いてもらう

② 最初はエジプトの象形文字『フクロウ』

③ 次の人には、直前の人が描いた絵を見せ、①を実行してもらう


 注意。この実験は『模写』ではなく、絵を見た後、その記憶を頼りに絵を描くものです。つまり、実験参加者は『記憶の中の絵』を頼りに絵を描くことになりますね。


 さて、伝言ゲームを続けていくうちに不思議なことが起こります。なんと、はじめは『フクロウの象形文字』だったソレが、最終的には『猫』の絵になっているじゃありませんか。


 ネット上で『エジプト フクロウ 象形文字』と検索すると、本当にフクロウっぽい絵がヒットしますが、実際の絵はもっと歪な形をしています。とりあえず以下のサイトで『フクロウ』をワード検索してください。実験ではこの右側に近いデザインの絵を採用したはずです。


ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95


 パッと見ただけでは『フクロウ』とわかりにくいでしょう。まあ、猛禽類の何かだというのはわかりますが、それなりに絵心のある方でなければ、猛禽類がこちらを見ている姿を描くことは難しいでしょう。対して、猫はわりと身近な存在であり、多くの人に認知されています。


 絵の伝言ゲームを進めていくうちに、前の人が描いた絵に『猫』を連想してしまったのでしょう。その『猫スキーマ』こそが運の尽きですわ。ある程度猫の形に近づいてしまえば、あとはもう猫まっしぐら(・・・・・・)でございます。この他、伝言ゲームで得られた情報をもとに、バートレット氏は次のような結論に達しました。


「わたしたちの記憶は、経験に左右される」


 スキーマ(Schema)は日本語で『枠組み・図式』といった意味をもちます。人生の長い期間を経て蓄積した『経験』が、今受けた刺激に対し影響を及ぼす。生物にとって、過去とは忘れがたいものなのですね。




 ちなみに、集団や民族などが共有する世界観、ステレオタイプや偏見なども、ある種のスキーマと言えます。わたしは野球が好きなので野球で例えますが、たとえば『守備シフト・守備時の動き』なんかはスキーマの賜ですよね。内野ゴロでゲッツーを狙う時、過去に打ち合わせた練習や動き通りにショートかセカンドが動き、送球を受け止めファーストへ転送する。


 これ、過去の経験がなければショートとセカンドどちらがベースに着けば良いのかわからず、最悪ゴッツンコしてしまうかもしれません。だからこそ、チームスポーツではまとまった練習が必要なのです。


 仕事においては『スキーマの共有』が求められるでしょう。プログラマーの方ならわかるかもしれませんが、電車内でこんな会話があったらどうしましょう?


A「これは子どもを先に殺さなきゃダメなんじゃない?」

B「いや、親を殺せば子どもも死ぬからそのまま消去すればおっけー」


 うん、親クラスとか子クラスとかあるからね。もし、こういう会話を耳にしたら、言語はC++なのかJAVAなのかと妄想に浸りましょう。わからない方は『プログラムスキーマ』が形成されてないだけなので問題ありません。




 最後に『自己スキーマ』について書きますか。スキーマにはいくつかの種類がありますが、それらを紹介すると文字数がアレなので、今回はこれだけ。ただ知っておくととても便利かもしれないのでひとつ。


 自己スキーマは『自分のステータスに関する知識』からくる信念や世界観です。例によって野球で例えましょう。


 キャッチボールをする際、ボールを相手に投げる場合、自分の能力(・・・・・)をスキーマで判断し『投げられる・投げられない』の判断を下します。だからこそ、人は何の苦労をすることなく、さも当たり前だと言わんばかりに相手にボールを投げることができます。


 フツーに考えてみてください。投擲ってものすごい複雑な計算が必要なんです。それを、人は当たり前のようにボールを投げて、相手の胸にきちんと届かせることができる。小学生レベルでも外野からバックホームできますし、送球が大きく逸れることはありません。これってすごくないですか? ――このように、人間は無意識のうちにスキーマを使いこなしているのです。


 ちょっと手を伸ばせば届きそうとか、走れば電車の時間に間に合いそうとか、そういった判断は自己スキーマあってのものです。アナタが思考(・・)に至る前に、脳の中では数多くの知識を動員し、判断するための材料を提供するスキーマさんが働いている。そう考えると、脳ってスゲー機能をもった器官なんだなぁとしみじみしますね。


 脳はたっぷり使いましょう。蓄えた知識がどのようなスキーマにつながるのか、アナタだけの感性を磨いてみてはいかがでしょうか?

こういった『スキーマ』を利用した文章を書けるようになったら、アナタは立派な推理小説家と言えるかもしれません。いや、それはないか。

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