【犯罪心理学】人はなぜ罪を犯すのか?
罪を犯せば罰が下される。だからこそ人はそう簡単に罪を侵さない。なのに、人はそういった"境界"を超えてしまうことがある。なぜだと思いますか?
心理学はれっきとした『学問』です。科学的実験があり、論文が発表され、検証され、集計され、やっとのことで「どうやらそれらしい」ってことで、エビデンスが形成されていきます。人の心という曖昧な対象を研究するからこそ、科学的な側面からの検証が必要なのです。
人は犯罪に対して『なぜその人はその犯罪を犯したのか?』という説明を欲しがります。脳みそは、不可解な状況や曖昧さに耐えられないつくりをしているからです。だからこそ、人は勝手に「この犯罪を犯した人は、〇〇なんだろうな」というしろうと理論に走りガチです。
「きっと愛情のない家庭で育ったんだろうな」
「弱者の心もわからないなんて、きっとエリートの家系なんだよ」
「承認欲求を満たされたいからあんな事をしたんだ」
「そんな肌を露出した服装でいるなんて、襲われて当然だよ」
――アナタも、どこか心当たりありませんか? これらのような言葉を発していたりしませんか? これは、ある種脳の宿命とも言える現象なので、誰しもがこういった独自の理論をもっているともいえます。しかし、犯罪心理学の世界では、こういった俗信は排除して、客観的な視点から物事を研究していく必要があります。犯罪者がたったひとつの心理状態から罪を犯したとも限りませんからね。
人間の心ってのは、かくも複雑なものなのです。ってことで、今回は『人が犯罪を犯す理由』について書いていきたいと思います。
前座から『しろうと理論』について書いてきましたが、犯罪を犯す人も、こうした『しろうと理論』をもっています。自分なりの理論により自分自身を納得させ、実際に犯行に及ぶこともあるので『しろうと理論』もバカにできません。これらの問題は、犯罪心理に関するリテラシーの認知が重要でしょう。
犯罪に至る心理をテーマにしましたが、実は、人の心理は『犯罪に至る要素のひとつ』でしかありません。現在の犯罪心理研究において、肝となる二種類の考え方を紹介しましょう。
:犯罪原因論:
犯罪者が、犯行に及んだ『原因』を追求する研究です。犯罪者と、非犯罪者を区別する要因はなにか? どのような要素が犯罪と結びつきやすいのか? などを研究するものです。要素は以下の三点。
・生物学的原因論
――ホルモン、遺伝子など
・心理学的原因論
――家族関係、性格、マスメディアの影響など
・社会学的原因論
――貧困、友人関係、地域特性
これらの中で『犯罪者自身の特性』だけを探すとすれば、おそらく生物学的な部分と、本人の性格によるものだけでしょう。また、ホルモンや遺伝子については、たとえば「テストステロンの量が多いから男性のほうが犯罪に走りやすい!」とかそういうわけではありません。遺伝子的にも「この遺伝子をもってるから犯罪を犯しやすい!」って因子はないので気をつけましょう。そういった考えをもつこと自体が『しろうと理論』です。昔は(今もかもしれませんが)知能指数が低いと犯罪を起こしやすい、なんていう偏見があったらしいですが、やっぱりそんなことは無いので勘違いしないようにしてください。
ひとつの要因だけに原因があるのではなく、これらを総合的に検証した結果、わかってくるモノがあるとだけご理解ください。もうひとつの理論をご紹介しましょう。
:犯罪機会論:
犯罪者が、どのような環境のもとで犯罪に手を染めたかを追求する分野です。この理論によれば犯罪を行う機会さえあれば、誰もが犯罪を犯す可能性があるとしています。勘違いを恐れず書けば、おまえら全員犯罪者予備軍だぜっていう――言い過ぎか、てへっ。
もう心理とか関係ない理論よね。まあ、ゲームのRPGでもさ、民家に勝手に侵入してアイテムゲットすることはよくあるじゃん? あれは『ゲームの世界』という環境だからこそできる芸当であって、リアルな世界で他人の家に侵入しつつ「アイテムゲットだぜ☆」とか言っちゃう輩はいないと思います。いたら漏れなく住居侵入&窃盗なので、大人しく自首してください。
と、まあ、結論から書けば『犯罪者の心理状態は、実は犯罪を犯す条件の要因のひとつでしかない』ってことになります。とはいえ、これを読む人の中には「犯罪者の心理について知りたい!」という方もいるでしょうから、とりあえず『犯罪と心理』について関連あるお話も紹介してみましょう。
犯罪を犯す、つまり『割に合わない事をする』わけです。そして、人は社会を形成する生き物です。社会の状態により、人の心は大きく揺り動かされます。経済状態が不調だったら「この先どうなるんだろう?」と不安になるでしょ? そういった心の葛藤について、ひとつの説があります。
たとえば『文化の違い』。日本において、犬はペットとして大人気です。しかし、別の国では食料として活用されているかもしれません。犬好きなわたしとしては、そういった国で暮らしていく自信がありません。おそらく数日で鬱になると思います。
しかし、日本において『豚・牛・鶏』などは、食用として活用されていますね。ですが、別の国ではそれらすべて神性な生き物とされ、食すは愚か、それらの動物の歩行を邪魔してはいけない決まりになっているかもしれません。そういった国で育った方々が日本に移住した場合、食卓に並べられたお肉の数々を見てどう思うでしょうか?
上記の文化は、まだ『犯罪』と結びつきにくい種類でしょう。しかし、例えば『賭博』や『売春』や『麻薬』が合法とされる国から日本にやってきた場合はどうでしょう? 自国では当たり前の文化のため、日本でも同じことをしてしまうかもしれません。
出身国の法を守っていると、現在住んでいる国では違法になってしまう。こういった国家間の摩擦は犯罪社会学的に大きな課題です。「自分の国ではオーケーなのに……」この想いは、抑圧されると想像以上のストレスになります。こういった心の葛藤対策として、実は行政機関が海外の方向けにサービスを用意していたりしますが、それはみなさんが暮らす地域のホームページをご覧ください。きっとあるはずですよ?
こういった摩擦は、なにも国家間の問題だけではありません。自国内でも、社会制度の変革によって、より社会情勢が不安定になってしまう場合もあります。これを『アノミー』と呼びます。
経済を例にしましょう。経済活動ですから、そこには『金銭的成功』という目標があります。それに対し、経済活動をする上で必要な『法律』があります。
法律を遵守しつつ経済的に成功したい。普通に考えれば『働いてお金を稼ぐ』です。当然ですよね。
しかし、あくせく働いたとしても生活していけないあぶく銭しか稼げないとしたらどうでしょう? 人は、それでも働き続けるでしょうか? ――合法的な手段ではお金をほとんど獲得できない。このような『アノミーの状態』から、法を逸脱した手段でもお金を稼ぎたいという考えに至る。無秩序というのは、それだけで恐ろしいものなのです。そういった理由、そしてなにより『国民が幸せに暮らせる国』のため、為政者たちは、一生懸命になって社会制度を考える必要があるのです。
人には『欲』がありますから、金銭的成功の中でも「毎日遊んで暮らせるような大金がほしい!」と思う人もいるでしょう。その欲に見合わぬ収入だった場合も、その人の心に闇を落としてしまいます。アノミーは、社会制度だけでなく、本人の『欲』が深く関わっている要素なので、そこはしっかり抑えておきましょう。
さて、犯罪者とひとくくりにしても、そこには多種多様の『人間』がいます。十人十色、百人百様、千差万別という言葉通り、人間にはそれだけの多様性があり、性格があるのです。
とはいえ、人の数だけ研究するわけにもいきませんよね。ということで、オーストラリアの犯罪学者兼弁護士の『エルンスト・ゼーリッヒ(Ernst Seelig)』氏は、犯罪者を類型化する試みをしました。一覧にしてみましょう。
・職業的犯罪者
犯罪で生計をたてる人
売春婦、薬の売人など
・財産犯罪者
金銭欲に抗えなくなった人
横領、詐欺など
・攻撃的な犯罪者
感情抑制ができなくなった人
暴行、殺人など
・性的抑制が利かない犯罪者
性欲を抑えられなくなった人
強姦、痴漢など
・危機的犯罪者
思春期に攻撃的な行動や逸脱行為を行う人
愛人と結婚するため、現配偶者を殺害するなど
・原始反応的犯罪者
精神的に未発達で、考えもなく犯罪行為に及ぶ人
突発的な犯罪行為
・確信犯罪者
その犯罪を行うのは"自分の義務"だと解釈する人
テロ、政治犯、宗教的信仰者など
・社会訓練が不足している犯罪者
うっかりや無知から犯罪を犯す人
交通違反、無許可営業など
・混合型犯罪者
上記を併合したタイプ
これらは何十年も前に研究された分類法です。現在は冒頭で解説した研究が進められており、犯罪者をその人の心理だけで分析することはありません。ただ、犯罪者の心理だけにスポットを当てた場合、この分類法が最もわかりやすく、犯罪心理を知らない人にもスッと飲み込めるような内容でしょう。
しつこいようですが、犯罪は『犯罪者の心理』だけで語れるものではありません。メディアなどでは、やたらと犯罪を犯した人間の心理や本人の性格などにスポットを当てているようですが、本当に犯罪を犯した理由を追求したいのなら、本人の要因だけでなく、本人が置かれた環境、社会、文化など、様々な点を考慮していく必要があるのです。
犯罪の心理を追求した結果、心理以外の要素こそが重要だったってなるのですから驚きです。これからも犯罪心理学は発展し続けていくでしょう。その歴史のなかで、どのような新発見イベントが待ち構えているのか、ちょっと楽しみな気がします。
人間は社会を形成する生き物です。なので、心理を追求するには、どうしてもアチコチに触手を伸ばさんといかんのです。




