表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

06月29日 雨

 今日は朝から雨だった。もうすぐ梅雨明けだというのに。

 最後の悪あがきみたいな空模様。

 今、モミジは期末テストの真っ最中らしい。

 ドタバタと一夜漬けに精を出している。天気と一緒だなと思う。 


 

                    ☆  ★  ☆

 

 

 ぼんやりと窓に視線を投げた。しとしとと降り続く雨。

 街灯の明かりが水滴に反射し、闇の中でキラキラと輝く。

 雨は嫌いじゃない。落ち着いた柔らかい気分になる。

 マグカップに入れたココアを一口含む。

 甘くて温かい。

 夕食の片づけを済ませて、お風呂に入るまでの時間を自分の部屋でのんびりと過ごす。

 サクラの電話を待ちながら。

 今日はどんな話をしようか。何を聞こうか。

 たった十分を待つ、一番幸せな時間。

 携帯が軽快なリズムを奏でた。

 昨日、着メロを変えた。サクラが大好きだった曲。

 【非通知】の文字がディスプレイに浮かぶ。

「もしもし」

「ふぉふぉふぉ。今日もいい子にしてたかな?」

「なに? それ?」

「うわ。そういうリアクションは厳しいな」

 サクラの声が私の心に染み込んでいく。

 胸のドキドキが激しくなる。

 電話の向こうに聞こえちゃうんじゃないだろうか。

「もうすぐ夏だね」

「サクラは夏好きだからね」

「だって夏休みがあるんだよ。嫌いな人は居ないって。ね、カエデは水着買った?」

「え、だってプールとか行かないし」

「もったいないな。カエデはスタイルも良いし、肌も綺麗だしさ」

「そ、そんなことないよ」

 サクラの方が、何倍も何十倍も輝いてる。

「カエデの水着姿見たかったな」

「その言い方やらしい」

 思わず苦笑してしまう。

「夏休みになったら、海行こうよ。海」

「でも」

「じゃあ、プールでも可」

「そんな事言われても」

「お願いお願いお願い」

「解ったよ。考えておくから」

 相変わらずサクラは強引だ。でもそういうトコが魅かれる部分でもある。

「ね、サクラはお盆に戻ってきたりするの?」

 不自然な質問だが、ひょっとしたらと思う。

 会いたい。それが幽霊やお化けであっても。

「どうなんだろ。そういうのって良く解らないんだ」

「そうなんだ。そう言えば、サクラって電話以外の時間は何してるの?」

「う〜ん。なかなか良い質問だね。ワトソンくん」

「え? だれ?」

「うわ。そういうリアクションはダメだって」

 声が笑う。

 サクラの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 大好きな大好きなサクラの笑顔。心を照らす太陽のような、暖かくて明るい表情。

 一緒に笑いたい。

 微笑んで、声を出して、心が跳ねるように。

 でも今の私には……。

「そういうのって内緒なんだよ。一応さ、こっちにも都合があってね」

「そっか、そうだよね」

「ごめんね。でも、これだけはハッキリ言える」

「なに」

 わずかな沈黙。少し緊張しつつ、次の言葉を待つ。

「あたしさ、カエデと話すこの時間が大好き。だからカエデに何を話そうか、何を聞こうかってずっと考えてる」

「え」

 私と一緒だ。

 胸が熱くなる。

 どんなに離れても。死が私とサクラを引き裂いても。

 心は、想いは繋がってるんだ。

「なんて……ちょっと柄じゃないよね」

「ううん。嬉しい。嬉しいよ」


 

 サクラの電話が終わるのと、ほぼ同時だった。

 何度もノックする音。

 ドアを開き、モミジが顔を覗かせた。

「お姉ちゃんお姉ちゃん」

 返事くらい待って欲しい。

 目元を慌てて拭う。

「電話終わったみたいだから」

 私の顔を見たモミジの表情が固まった。

「あ、ごめんなさいごめんなさい」

 頭を下げて、慌てて部屋を出ようとする。

「ううん。大丈夫だから、ちょっと眠くて」

 あまりに稚拙な嘘だ。口にしてから自己嫌悪しそうになる。

「そうなんだそうなんだ。泣いてるのかもって、びっくりしちゃった」

 モミジは素直な子だなと思う。

「で、なに?」

「あのねあのね。時間あればでいいんだけど。その、えっとね」

 モミジにしては珍しく歯切れが悪い。

 ノートを手にしているのに気が付いた。

 モミジがテスト期間中だった事を思い出す。

「いいよ。見てあげる」

「え?」

 大きな瞳を丸くする。驚いた顔。

「勉強でしょ。見てあげる」

「ホントにいいの?」

「うん。暇だし、いいよ」

「やったやった。椅子持ってくる」

 手を叩いて跳ねるように部屋を出る。

 モミジはそんなに勉強好きだっただろうか?

 

 

「これは已然形で確定を表すの。で、こっちは未然形で仮定になるの」

「じゃあじゃあ、これはこう?」

「そうそう。未然、連用、終止、連体、已然、命令。それぞれの助詞の接続を覚えるの。そうすれば簡単でしょ」

「なるほどなるほど。なんか解ってきたかも」

 モミジの苦手な古典だった。暗記する部分と応用になる部分を整理すれば、特に難しくはない。

「じゃあ、次はこれね」

「えっと」

 モミジが一生懸命にシャーペンを走らせる。

 テスト前にサクラと勉強していた頃を思い出す。

「これであってるあってる?」

「うん。正解。それを応用すると、こうなるの」

「あ、解ったかも解ったかも」

 どうやらコツを掴めたようだ。

「後はちゃんと参考書の問題が解ければ大丈夫だから、もし解らなくなったら聞きにきていいから」

「ありがと、お姉ちゃん」

 ノートを閉じて、嬉しそうな表情を浮かべる。

「勉強は日々の積み重ねだよ。テスト前に詰め込んでもダメだからね」

「あぁ、ママと同じ事言う」

 ぶぅっとすねた顔をしてみせる。

 こういうリアクションはサクラにそっくりだ。

「でも、良かった」

 表情を崩した。

「なんていうのかな。ちょっと前のお姉ちゃんに戻ったみたい」

「え」

「じゃあ、もう少し頑張ってから寝るね」

 椅子とノートを抱えて、モミジが自分の部屋に戻るのを見送る。

 途端に世界が静かになった。

 知らない間に時計の針が随分と進んでいた。

 今まで一人。ずっと静かな部屋が普通だったのに。

 寂しい空気に驚く。

 モミジの残した言葉の意味を考える。

 何か変わったのだろうか。

 鏡を覗いた。相変わらず無表情な暗い顔。

 ふと砂時計に目を移す。落ちた砂が少しだけ増えていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ