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06月26日 曇

 サクラからのプレゼントは小さな砂時計だった。

 今、私はそれを見ながら日記をつけている。

 ひっくり返しても砂は殆ど落ちない。

 不思議な不思議な、大切な大切な宝物。 


 

                    ☆  ★  ☆



 昨日も電話があった。

 いつものサクラだった。明るい声が私を照らしてくれる。

 冷え切った心に、ホンの少し温度が戻った気がする。

 サクラとの通話にはルールが二つある。

 一つ目は、電話はサクラからしかできない。

 常に非通知で掛かってくるので私からは掛けられない。

 もう一つは、通話時間は最大で十分。

 サクラの持つ携帯の限界らしい。こちら側との電話はかなり電池を消費するそうだ。

 聞きたい事、話したい事は山ほどあるのに!

 もっともっと声が聞きたい。ずっとずっと話していたい。

 つい二日前を考えると、我ながら欲張りだと思う。



 今日は土曜。

 ゆとり教育の恩恵を受けてない私の学校は、きっちり朝から授業がある。

 と言っても四時限目まで。昼からは自由な時間。

 早く家に帰って、家事当番を終わらせて、サクラからの電話を待とう。

 何を話そうか。それを考えるだけで、心が軽くなる。

「今からさ、みんなでクレープ食べに行くんだけど。秋野も一緒に来ない?」

 荷物を片付けてると、後ろから声を掛けられた。

 誰だろう? 首だけで振り返る。

 中学から同じクラスの石嶋いしじま 有紀ゆうき

 肩で切りそろえられた茶髪。意志の強そうなキツイ目元。薄く施した明るい雰囲気の化粧。

 シャツは濃い目で、襟元のボタンを二つも外している。もちろんタイはしていない。

 確かに校則では制服として定められたブレザーとスカート以外、自由に選択できる。

 しかし、こんなだらしない格好を推奨している訳では無いはずだ。

 彼女の後ろには、仲良しというか取り巻きの子達が見える。

 男の子や芸能人の話題だけのつまらない連中。

 視線を戻し、机の教科書を鞄に詰める。

「無視すんなよ」

 私の頭をつつく。

「なに?」

「だから、クレープ食べに行くんだけどさ。秋野も来ないかって」

「行かない」

 簡潔に拒否した。馴れ馴れしい口調が気に障る。

 椅子から立ち上がったところで、二の腕を掴まれた。

「ちょっと待ちなって。割引券が一枚余っててさ。勿体無いじゃん」

「放して」

「あ、ごめん」

 きつい視線に気圧されたのか。声のトーンが少し下がる。

「あのさ……」

「興味ないから」

 続きを待たずに手を振り払い、踵を返す。

「ちょっと、何様のつもり」

「せっかく誘ってあげてるのにさ」

 取り巻き連中の低レベルな抗議を相手にする必要はない。さっさと教室を出る。

「何、あの態度」

「有紀、なんであんなヤツ誘うのよ」

 まだ聞こえてくるくだらない会話を、意図的に締め出した。

 いつまでも塞ぎ込んでいる私を笑いたい。ハッキリ言えばいいのに。



「カエデ、クレープ好きだったよね」

「うん。好きだよ。どうして?」

 サクラからの電話があったのは、待ち合わせのコンビニを過ぎたくらいだった。

 こうして歩きながら話していると、すぐ隣にサクラが居るんじゃないかと思う。

「なんで断ったのかなって」

「断った?」

 何を言ってるんだろう。思考を巡らせる。

「さっき、ユーキに誘われたじゃない?」

「私、好きじゃないの」

 石嶋は私の嫌いなタイプだ。お調子者で、騒がしくて、だらしなくて、身勝手で。それにサクラと仲が良かった。

「でもさ」

「いいの。私には……」

 サクラが居てくれれば、それでいいから。

 溢れそうになる言葉を飲み込む。

 そう。私にはサクラが居てくれる。電話で話すだけでも、数分の会話しかできなくても。

 サクラが居てくれるだけで、私は生きていける。

 こんな事を言えば軽蔑されるに決まってる。

 私とサクラは親友で、女の子同士で、まして、死者と生者なのだ。

 胸がきゅんと痛くなる。

「ね、カエデ、あたし……」

「なに?」

 サクラにしては珍しく消え入りそうな声。良く聞き取れなかった。

「ん、いいや。なんでもない」

「気になる」

「ゴメン。一旦電話切るね」

 唐突な言葉に息が止まった。時計を確認する。

 まだ五分しか経ってない!

「カエデが部屋に着いたら、すぐに掛けなおすから」

「どうして?」

「それは部屋に着いてのお楽しみ。じゃあ、後で」

 小さな音を残して通話が切れた。

「サクラ、ちょっと、待って」

 無駄だと知りつつ、声上げた。

 受話器の沈黙に寂しくなる。

 でも、今日はもう一度サクラからの電話がある。

 その小さな幸せをゆったり噛み締めた。

 私の足は自然と駆け出していた。



「プレゼント。入学祝いの」

 あの日。サクラと最後に会った合格発表の日。

 私達はプレゼント交換の約束をした。入学式の後に、入学祝いにと。

 私は薄い色の小さな腕時計を選んだ。きっとサクラに似合ったと思う。

 結局、その約束は最悪の形で反故になったのだが。 

「もう、三ヶ月も経つのに」

「うぅ、遅くなってごめん」

「冗談冗談。ありがと」

 デスクの上に、可愛い包装紙でラッピングされた小さな箱があった。

 文庫本を思わせる大きさだった。

 サクラからのプレゼント。もう諦めていた約束。瞳の奥が熱くなる。

 手に取った。軽い。でも重い。

「ね、開けてみてよ」

「うん」

 丁寧に包装紙を外す。震える指先が思い通りに動かなくてまどろっこしい。

 現れたのは白い箱。百合を模った刻印が押されている。

 中身はなんだろう。ドキドキしながら、慎重に箱を開けた。

「わあ」

 感嘆の声が漏れた。

 柔らかなクッションの真ん中に、シンプルな銀色のフレームの砂時計。

 ガラス製の本体は水で満たされていて、軽く揺すると光を反射する七色の砂が、キラキラと舞った。

「気に入ってくれたかな」

 サクラの声で我に返った。

 幻想的な美しさについ見とれていた。

「うん、すごく素敵。ありがとう。大事にするね」

 ひっくり返し、違和感を感じた。

 おかしい。

「あれ?」

「ん、どうしたの」

 砂が少し落ちた所で止まってしまった。

 不良品だろうか。

 どうしよう。せっかくのサクラからのプレゼントなのに。

「ううん、なんでもない。すっごく綺麗だよ」

 嘘をつくのに抵抗がなかった訳じゃない。サクラに少しでも不快な思いをさせたくなかった。

「砂が落ちなくて驚いたんじゃない?」

 悪戯に成功した子供みたいな声。

「もう」

「ごめんごめん。それってね。ちょっと特別な砂時計なんだ」

「特別な時計」

「あたしにもプレゼントくれるかな」

「え……」

 そうプレゼントは交換という約束だった。

 でもあの時計はもうない。サクラを見送る時に一緒に……。

 いや、そもそもどうやって届ければいいのだろう。

「あの、ごめん。私……」

「ね、カエデ、微笑んで」

 いきなりの言葉にドキッとする。

「そんな、急に言われても」

「早く、カエデ。早く、早く」

 急かされると焦ってしまう。

 笑顔を作る。簡単な事だ。

 でも、今の私には小さく頬を動かすのが精一杯だった。

 微笑というにはあまりに小さな物だ。

「ありがとう。カエデの微笑みが、あたしには一番のプレゼントだよ」 

「サクラ……」

「ほら、見て」

「あ」

 砂が少し落ちた。

「カエデが心から微笑んだ時に、少しだけ砂が落ちるようになってるの」

「私が心から……」

 サクラが消えてから、私は笑顔を無くしてしまった。

 太陽のない空で月は輝かない。

 でもサクラは戻ってきた。私の笑顔も戻ってくるのだろうか。

「少しずつ少しずつカエデの笑顔の欠片を集めていこ。砂が全部落ちたら、カエデはきっと笑顔を取り戻してる。そうすれば、あたしも……」

 安心して……。途切れた先を勝手に考える。まさか。そんな。

「サクラ、砂が」

 砂が全部落ちたら、サクラが消えちゃうとかないよね。

 もし、それが肯定されたら、そう思うと言葉にできなかった。

 だから。

「ずっと一緒に居てくれるよね」

「もちろん。ずっと一緒だよ」

 サクラの声は優しかった。



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