10月07日 曇
誕生日にはケーキを囲んで、ささやかなパーティをする。
プレゼントを準備して、皆でお祝い。それが私の家のルール。
今日はモミジの誕生日。私は来週の十五日が誕生日。
近い誕生日なのに、一緒に済ませる事は絶対にない。
☆ ★ ☆
手拍子でリズムをとって、ハッピバースディを合唱する。
ケーキに立てられた蝋燭に照らされるモミジの顔は嬉しそうだった。
歌が終わると、大きく息を吸い込む。
そこまでしなくてもいいのに。
精一杯にほっぺを膨らませるモミジは、いつも以上に可愛く見えた。
一気に吹き消した。部屋が暗くなり、拍手が起こった。
少し余韻を冷ました後で、電気を点ける。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう。パパ、ママ、お姉ちゃん」
家族の祝福にモミジが笑顔で応える。
続いて艶やかな包装紙で、丁寧にラッピングされたプレゼントを渡す。大小合わせて三つ。ママとパパ、それと私から。
椅子に座ったまま手足をバタつかせ、身体中で喜びを表現するモミジを、
「モミジ、行儀悪い」
「はぁい」
ママが優しく注意した。
モミジの気持ちは解る。年に一度、自分の為だけに家族が時間を使ってくれる。それが嬉しいのだ。
「来週の土曜日はお姉ちゃんの誕生日だよね」
私とモミジの誕生日は八日違い。
直ぐ近いにも関わらず、まとめて済ませたりしない。それが私の家のルール。
誕生日は生まれてきた事に感謝する日。その大切な日をまとめて済ませるなんて、絶対にダメなんだそうだ。
モミジのリクエストで用意したカレーを口に運びながら、家族の暖かさを実感する。
「私ね私ね。お姉ちゃんと同じ高校に行くの」
「藤見野は進学校だから、今のモミジでは厳しいかもね」
「そんなことないもん。ちゃんと勉強して、絶対絶対合格するもん」
「モミジはホントにお姉ちゃん子だな」
パパの言葉通り。モミジは、いつも私の後をついてくる。いつも振り返れば、モミジが居てくれる。そんな部分に私は甘えているのかもしれない。
「ねえねえ、お姉ちゃん聞いてる?」
モミジが私を見つめていた。
「あ、ごめん。おかわりね」
手を伸ばして、まだモミジの皿の上にカレーが残っているのに気がついた。
「もう、お姉ちゃん、全然聞いてないんだから」
ぷっと頬を膨らます。
「ごめん。ちょっとぼけっとしてて。なんだっけ」
「お姉ちゃんの将来の夢って、どんなかなって」
「将来の夢」
「私はね私はね。お姉ちゃんと同じ学校に合格するのが夢なんだよ」
「そういうのは夢じゃなくて、目標っていうんだよ。ね、パパ」
「お姉ちゃんの言うとおり。モミジのは夢じゃなくて目標だな」
「そうなんだ」
不思議そうな表情を浮かべる。
「じゃあねじゃあね。夢と目標ってどう違うの」
「それは……」
夢と目標の違い。どう説明すれば良いのだろう。思考を巡らせるが、なかなか良い解答が思いつかない。
「ね、どこが違うの」
悪意の無い純粋な瞳。
「えっとね、それは」
どうしよう。考えれば考えるほど、どんどん難しくなる。
当惑する私に悪魔の囁きが聞こえた。
耳を貸してはいけない。
良心のか細い忠告を無視して、悪魔の提案を受け入れた。
「それはね。パパが説明してくれるから」
ビールを飲んでいたパパが、咳き込んだ。
「ね、パパ、どう違うの」
矛先が移動する。
パパの恨めしそうな目が、ちらりと私に向けられた。
ごめんなさい。
心の中で頭を下げる。
「夢と目標の違いは、なんていうか、簡単に言うとだね。まあえっと、つまり解りやすく言うと……」
頑張って、パパ。
しどろもどろなパパに無責任なエールを送る。
「目標は近くにあって、乗り越えていく物。夢は遠くにあって、辿り着く物よ」
家族の目がママに集まる。
「モミジの場合だと、お姉ちゃんと同じ高校に入学する。お姉ちゃんみたいに料理ができるようになる。そういうのが目標。で、いつかお姉ちゃんみたいな人になりたいっていうのが夢」
「あぁ、なんか解ったかも」
ママの説明にモミジだけでなく、私やパパも納得したように頷く。
「うん。私ね私ね。頑張って頑張って、お姉ちゃんみたいになるの」
「ちょっと、モミジ止めてよ」
「だって、お姉ちゃんはすっごいんだもん」
「そんな事ない。私はモミジが思ってるような人間じゃないよ」
私は目標にされる人間じゃない。サクラの電話、モミジやパパやママ、学校の友人に支えられて辛うじて歩ける、弱っちくて情けない人間。むしろ、私こそモミジを見習うべきなのだ。
「じゃあ、カエデも頑張らないと。モミジのお手本になるようにね」
優しくママが微笑む。
私にできるだろうか。
ママ、パパ、モミジと順に視線を移動させる。サクラや有紀の顔がふっと脳裏に浮かんだ。
「そうだよね。頑張らないと」
自分に言い聞かせるように頷いた。
携帯電話が鳴ったのは、自室に戻ってしばらくしてからだった。
耳に当てたまま、ベッドに横になる。
話題はモミジの誕生日から夢の話に移った。
「夢と目標の違い?」
「あ、字が違うとか。そんなの」
「マジメにだよ」
「難しいなぁ」
首を捻るサクラが想像できる。
「あんまり良い例えじゃないけどさ、目標ってのはハードルで、夢ってのはゴールだと想うんだよね」
そう言いながら、さっきママから聞いたのと同じ意見を述べる。
結局、私は答えに辿り着けなかった。
でもサクラは違う。やっぱりサクラは凄い。
「でさ、カエデの夢ってなに」
「私の夢? 私の夢……」
モミジにも聞かれていた。さっきは、うやむやになってしまったけど。
私の夢はなんだろう。
私はサクラとずっと一緒に過ごせれば、それ以上は何も要らなかった。
ずっとずっとサクラの隣に居る。サクラの笑顔を見続ける。それで幸せだった。
でも、今は。
「ね、カエデの夢はどんなの?」
今の自分には目標も夢もない。ただ毎日を無駄に過ごしているだけだ。
「私の夢はね」
サクラの声が跳ねる。黙り込んだ私の背中に優しく触れる感覚。
「私は教師になりたかったんだ」
「え」
あまりに意外な答えに驚いた。
「柄じゃないかもだけどさ。生徒達と一緒に遊んだり勉強したりする先生になるのが夢だったんだ」
大人になったサクラを想像する。
「ま、頭悪いから無理なのは解ってるけど、夢見るくらいは自由だからさ」
「そんなことないよ。サクラなら、きっと素敵な先生になれる」
私の中に生まれたイメージは、教壇で黒板に向かうサクラじゃなかった。グラウンドで生徒達に囲まれて笑っているサクラだった。
「あはは、ありがと。まあ、叶わない夢だったんだけど」
そう、サクラはもう居ない。解りきっている事実に、胸がちくりと痛くなる。
「で、カエデは?」
「あのね。私の夢はね」
言葉を止めた。答えがないからじゃない。
私の夢は、今、見つかった。
だから、少しもったいぶって間をとった。
「意地悪しないでさ。教えてよ」
焦れた声色が可愛い。
「私も先生になるのが夢なんだ」
消えてしまったサクラの代わりに、サクラが歩むはずだった路を歩く。
それが私の決めた、私の夢。
「じゃあ、私と一緒だね。カエデなら絶対になれるよ」
「うん。もちろん」
サクラの夢は私が引き継いだよ。心の中で誓う。
「あ、もう時間か」
残念そうなサクラの声。
十分が過ぎた。楽しい時間はあっという間。
別れの瞬間だけは、いつまで経っても慣れない。
「今日がモミィの誕生日って事は、来週はカエデの誕生日だね」
「うん。有紀達がカラオケボックスでお祝いしてくれるって」
有紀の提案だった。人前で歌うのは緊張するけど、ホンのちょっと楽しみ。
「そっか」
「サクラ、どうしたの?」
らしくない声だった。
「あのね、カエデ……」
「なに?」
沈黙。
「どうしたの」
いつもと違う様子に、少し不安になる。
「……砂時計」
「え」
「砂時計はどのくらい溜まったかなって」
デスクの上に置かれてる砂時計。サクラからのプレゼント。
サクラを想いながら毎日眺めている。
「かなり砂は落ちたよ。ほとんど残ってないよ」
だから、見なくても解る。
もう九割以上の砂が落ちていた。
「そっか。ならいいんだ」
不自然に明るい口調。
「ね、何か言いにくい……」
「あわわ、バッテリーが切れちゃう。また明日、電話するから」
「待って! サクラ!」
ぷつっと小さな音を残して、通話が切れる。
嫌な想像が頭をよぎった。
「そんな事、あるはずないよ」
言い聞かせるように呟く。
ずっと一緒だって約束したから、サクラは約束を破った事はないんだから。




