-プロローグ-
「合格おめでとう! カエデ!」
「サクラも合格おめでとう」
互いの手を握り合って祝福を交換した。
私、秋野楓と弥生桜は、いつも対照的だなと思う。
色を抜いた髪を短めに切り揃えているサクラと、黒いままの髪を長く伸ばしている私。
健康的な小麦色のサクラと、色白で不健康な私。
意思の強い輝いた瞳のサクラと、弱い印象を与える目の私。
くるくると変わる魅力的な表情のサクラと、感情表現が苦手で地味な私。
活発で身体を動かすのが得意なサクラと、静かな部屋で本を読むしか楽しみのない私。
サクラと私は太陽と月みたいな関係だ。
サクラが輝いてくれるから、私もひっそりと存在する事ができる。
「これもカエデが勉強教えてくれたお陰だよ。ありがとう」
「そんなことない。頑張ったのはサクラだし、私は少しお手伝いしただけだから」
「この借りはいつか返すぜ」
「なに? それ?」
「あはは。ま、とにかく、これから三年間もよろしくね」
私達が通う事になる『県立藤見野高校』は、カテゴリー的には進学校に入るが、ゆったり自由な校風が人気だ。
「部活も頑張りたいし、素敵なカレシとかできるかな」
「ガサツな性格が治ればね」
「どういう意味?」
「冗談冗談」
大きく膨らましたサクラの頬を、指先でつつく。
ぶぅぅぅっと息を吐き、大きく笑った。
「とにかく高校生活を精一杯楽しまないと」
「勉強もね」
「それはカエデに任せる」
「もう、学生の本分は勉強だよ」
「ホント、いつも真面目なんだから、カエデのそういうトコさ……」
「な、なに」
溜息交じりのサクラの言葉にドキッとする。
気を悪くさせてしまっただろうか。平静を装いながら続きを待つ。
「そういうトコ、あたしは好きだな」
好きという言葉がじんわりと染み渡っていく。心が温かくなるのを感じる。
「もう」
赤くなった頬を見られないように、顔を背けた。
小学校の時、偶然同じクラスになったという理由で始まった関係は、長い年月をかけて深い友情に熟成された。
今の私にとってサクラは掛け替えのない大切な存在だ。
「記念に一枚撮ろ」
サクラの右手にデジカメが握られていた。
薄型のそれは卒業記念に買ってもらったお気に入り。
写真が苦手でつい硬くなる私を、サクラが空いている左腕を伸ばして抱き寄せる。
頬と頬が触れ合う距離。サクラの体温と呼吸を感じる。
シャンプーと石鹸の微かな香り。横顔に見とれてしまう。
鼓動が早くなる。心臓が飛び出しそう。
女の子同士なのに。親友なのに。
私がこんなにドキドキしてるのを知ったら、サクラは軽蔑するだろうか。
「いくよぉ」
その言葉で我に返った。釘付けになっていた視線を動かす。
精一杯の距離をとったサクラの右手から、デジカメが無機質な目を向けていた。
「はい、ちーず」
ぴっという小さな電子音。
くっついたまま、撮れた画像を確認した。
小さなフレームの中で、二人は確かに微笑んでいた。
溢れる笑顔のサクラに照らされ、精一杯に微笑む私。
それは私がこの世で見た最後のサクラの笑顔と、私がこの世で浮かべた最後の微笑みだ。
太陽がなければ、月は輝かない。
サクラが消えた時、私の世界は終わった。
交通事故だった。サクラは即死だったそうだ。
あれから……三ヶ月が過ぎた。




