何があっても Ⅳ
飛び込んだ俺は、そこにあったそれを凝視していた。
そこにあったのはなんの変哲もない、少し大きめのただのハンカチだった。
木に引っかかって揺れているそれを見つめながら、俺は自分の足から力が抜けていくのを感じた。すぐに俺の膝が、地面に衝突する。
「なつ、き……」
目の前に、その少女の姿はない。あるのはただの白いハンカチ。
それはつまり――夏希がいないということ。
俺は頭をブンブン振り、その考えを消そうとする。
しかし、自分の体が植物になってしまったかのようにピクリとも動かない。
わかっているんだ。いなかったということを。それがいったいどういうことなのか。
絶対に見つけ出す。俺は確かにそう言った。その言葉の通り、俺は諦めるつもりなんてなかった。たとえ一度からぶったとしても、足掻いてやると思っていた。
けど、いなかったんだ。一度目だろうがなんだろうが関係ない。いなかった。その事実はくつがえらないのだから。
自分で考えた無茶苦茶な仮定だった。それもわかっている。望み薄なかけだった。
けど、ゼロじゃないと思えたから、俺は必死になれた。それなのに……。
――夏希は、いなかった。
どうやっても覆らないそれを、どう受け止めればいいのかわからない俺は、正面から衝撃を受けることしかできなかったんだ。
「く、そぉ…………なん、でだよぉ……!」
なんでいないんだ。なんで俺の前に現れてくれないんだッ。
歯を食いしばり、涙が流れないように力を入れる。
冷たい風が、どこか温かみを帯びて俺の頬を撫でる。鋭くない、なでるような優しい風。
まるで、泣けというかのように。
まるで、諦めろというかのように。
けど、それに後押しされまいと、俺はあきらめないということばかり頭にとどめていた。
諦めたら、そこで可能性はゼロになってしまうのだから。
「夏希…………」
絞り出すような声で、俺は、声を発した。
言葉にしては、自覚してしまう。だからやめなくてはいけないのに。無理だった。俺の頭が、動いていてなおかつ止まっている。そんな状態だから。
「……みつけ、られなかっ……た…………」
どうすれば、止められたのだろうか。
俺には、その方法がわからなかった。だから、こうなってしまった。
諦めようと、してしまったんだ。
「…………?」
もう一度、背後から風が俺の頬を撫でた。冬ではないかのような、暖かい風。風というよりも、暖かさとほのか甘い香りをもつそれは、誰かの吐息のようで――。
「――今度は、あたしの勝ちだよ」
探していたはずのものが、居なかったはずの人が、そこにはいた。
耳元の囁きに振り向くまでもなく、俺の後ろにいるのは、俺の大好きな人だとわかった。
驚きや感動などといった感情は、湧き上がってこない。状況が飲み込めていないから、というのもあったのかもしれない。けれど、もし飲み込めていたとしても、俺は同じようにこう考えていたはずだ。ずるい、と。
こんなふうにするのは悪趣味だ、と。
俺は前のように抱きしめて捕まえようと思っていたのに、それができなかった。それどころかもう一度諦めてしまうところだったというのに、こんな俺を驚かせるように出てきて、俺がしようとしていたことを横取りされてしまったのだから。
夏希の方が、俺を捕まえたのだから。
なのに、俺は振りほどくことも、振り向くこともせずに微笑みながら小さく言葉にした。
「…………俺の……負け、だよ……っ……」
徐々に湧き上がってきた嬉しさや苦しさで胸が圧迫されて息を吸うことすらまとものできない俺は、俺を捕まえた夏希の手に自らの手を重ねた。
我慢しようとしていたものが、一気に溢れ出してしまう。もう、何もかもを投げ出して。
――俺の頬を、夏希の吐息とともに一粒の涙が伝った。
これでこの物語は完結となります。
ここまで読んでくださった方々、色々と足りない部分が多かったとは思いますがここまで読みすすめていただき誠にありがとうございます。
もしよろしかったら、感想など書いていただけたら幸いです。




