22.まぁ、その後を楽しみますか。
それから、数週間が経った。
恵みの森は、以前ほどの輝きとまではいかないものの、確実に回復の道を辿っていた。黒ずんでいた樹々は緑を取り戻し、獣道も少しずつ本来の姿に戻り始めている。討伐隊の出動回数も、目に見えて減った。
学園の日常も、静かに回り始めている。
殿下とフロレンティアは、公式に交際を認めた。
告白の日、殿下はまた言葉に詰まったらしい。周囲は「まだノイズが残っているのでは」と色めき立ったが、本人は後で「ただの緊張だった」と笑って釈明したそうだ。フロレンティアは、その不器用な様子を「むしろ好ましい」と評していた。
ガルドとユリウスは…
表向きは、何も変わらなかった。
ガルドは家の決めた婚約者の令嬢に、丁寧に微笑んでみせる。ユリウスもまた、同様に、自分の立場にふさわしい相手と並ぶ。
二人の間に、以前のような露骨な引き寄せ合いは、もうない。
でも、訓練の合間に、視線が絡むことはある。
一瞬だけ、何かが胸の奥で疼く。
そして、すぐに、意図的に外される。
残ったものは、残ったまま。
消えたものは、消えたまま。
二人は、それを「自分の責任」として、静かに抱えている。
そして……ヒメラ。
彼女は、相変わらず目立たない。
授業中も、休み時間も、一人でノートを開いていることが多い。誰かと大声で話す姿を見ることは、ほとんどない。
でも、放課後になると、彼女は決まって中庭の花壇の方へ向かう。
庭師見習いのレイスが、土のついた手で花の手入れをしている。
ヒメラは、その近くのベンチに座り、時々、短い言葉を交わす。
「この花、今日は元気そうですね」
「ええ。昨日の雨が効いたみたいで」
「……よかった」
それだけの会話。
なのに、ヒメラの表情は、以前よりずっと柔らかい。
ある日、私は遠くからその様子を見ていて、ふと気づいた。
ヒメラが、レイスにノートを見せている。
ページを指でなぞりながら、何か説明している。レイスは、真剣な顔で頷き、時々、短く感想を言う。
……見せている。
前世では、誰にも見せられなかった二次創作を。
今は、少なくとも一人に、見せている。
私は、木陰で、小さく息を吐いた。
「……やっと、か」
声に出さず、呟く。
ヒメラは、巻物を使わなくなった。
改変は、二度としないと誓った。
でも、書くこと自体は、やめなかった。
ただ、今度は「現実を上書きするため」ではなく、「自分の物語を、誰かと共有するため」に書いている。
それで、いい。
それで、十分だ。
私は、踵を返して、教室へ戻る道を歩き出した。
推しカプは、結局、戻らなかった。
ガルドと殿下の関係は、戦友のまま終わった。
ガル×ユリは、公式には存在しないまま、二人の胸の奥にだけ、静かに残った。
(『ガル×ユリ』カプについては、ヒメラと一度、膝を付け合わせて話し合わないといけないけど…解釈違いも甚だしい…)
でも……
この世界は、壊れることなく、ここに残った。
モブの私は、相変わらずモブのままだ。
なのに、今日も、明日も、この日常を見られる。
悪くない。
いや……
最高だ。
風が、校舎の壁を優しく撫でていく。
遠くで、誰かが笑っている声がした。
私は、空を見上げて、小さく笑った。
「まぁ、その後を楽しみますか」
声は、誰にも届かなかった。
でも、それでよかった。
モブの特権だ。
邪魔はしない。
でも、ちゃんと、見届けていく。
……この先も、ずっと。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
主人公はモブです。作者に名前を忘れられるほどのモブです(えぇっと…設定資料……あっ、エリスちゃんだった)。
魔導も使わず、チートもなく、恋をするわけでも、冒険をするわけでもありません。モブとして、傍観者としてこれからも(ちょっと腐敗臭を漂わせながら、)この世界を楽しんでいくのでしょう。
……なお、作者は最後まで主人公の名前を忘れかけていましたが、本人は「モブだから仕方ない」と納得しているようです。
(主人公、名前なくてもよかったかも…)




