第21話 私は何に狂っていたのか【side希美】
犯された翌日、昭久君に抱かれて上書きしてもらおうとも思った。
男性経験が彼以外なかった私には、他の男に蹂躙されてしまった自分の体が許されない罪の証のように思えてならなかった。
自分の体がどうしようもなく汚らしいものに思えてしまい、そんな自分と体を重ねさせてしまうことの申し訳なさで、求めることができなくなった。
連日連夜の残業で疲労困憊の彼にそんな事はさせられない。
特に、恐らく私のために何か準備をしているであろう彼の頑張りに水を差したくなかった。
その頃は二人で結婚というものを互いに意識していたように思う。
私も嬉しくて、サプライズを仕掛けようとしてくれる心意気を邪魔したくなかった。
彼は一心に頑張ってる。二人の未来のために頑張ってくれている。
それを思えば、恵まれすぎた私に起こった出来事など一夜の過ちとして飲み込もう。
墓場まで持って行くんだ。彼に余計な心配を掛けてはいけない。
何よりも私自身が知られたくなかった。
昭久君を失うことを何よりも恐れていた。
彼の中の私が、【昭久君ただ一人】の筈の希美という存在が壊れてしまうことが最も恐ろしかった私は、必死に忘れることにした。
だけど、悪魔の呼び出しがその誓いを打ち砕いた。
私のあられもない姿を写真に収めたメールが送られ、指定のホテルまで来ないとネットにばらまくと。
自分の立場を守ることしか頭になかった私には、昭久君に相談して助けてもらうという選択肢が思い浮かばなかった。
汚れた自分を知られて、彼に幻滅されることを何よりも恐れた私には、その要求に従って写真を回収することしか思い浮かばなかったのだ。
全てが終わった今なら、それがどれだけ愚かで何の解決にもならない誤った選択だったかがよく分かる。
でもその時の私にはそれが分からなかった。視野狭窄になって思考が狭まり、自分の保身しか考えられなくなっていた。
全部、言い訳だ。
結局昭久君を信用せず、自分の事しか頭になかった私に下った天罰なのだ。
絶対にしないと思っていた、大好きな人を裏切る行為。
自分には関係ないと思っていた、悪意を持った存在への無知さ。それに抗うことができない弱い自分。
他人の領域に土足で上がり込み、踏み荒らして苦しむ姿をあざ笑うことにこそ快楽を見出す悪辣な人種がいることを、私はその時初めて知った。
「アッ君……」
「希美……。もう一回」
「うん、来て、何度でも、して」
私の胸を押しつぶすように覆い被さり、耳元で荒い息を吐く彼の熱量に満たされていく。
それと同時に、その内側に隠そうとしている、しかし隠しきることができないほどの慟哭が、私の罪深さを再認識させた。
あの日の誓いから、もう決して後ろ向きにはならないと決心したにもかかわらず、彼の苦しげな吐息は私の罪悪感を再起させる。
私は知っている。
この口がいくら真実を語ろうとも、一度裏切って失った信用は簡単には取り戻せない。
私が本心を言っていることが分かっていても、別の何かがそれを拒んで彼の心に届くのを邪魔する。
昭久君が時折漏らす、歯ぎしりと共に吐き出される吐息は、私の中に巣くった化け物に対する劣等感。
肉体のサイズによって持たされたどうしようもない暴力的な快楽と比べて、自分が与えるものが劣っていると思い込んでいる。
罪の告白をし、それが許されて抱いてくれたあの日に味わった極上の快楽は、その日を境に毎日のように私の中に注がれて幸せを満たしてくれる。
一度してあの男より劣ったものであったことなど、誓って無かった。
だけど、彼にとってはそうじゃない。
昭久君は、自分のそれが悪魔の犯した領域に届かない事を毎日突きつけられる苦しみに耐えているんだ。
私が他の男に明け渡してしまった領域に残った汚れにさいなまれている。
肉体の条件が男性としての優劣をどうしようもなく自覚させる。
それは紛れもない事実であり、現に私はそれが原因で狂って価値観を変えられてしまった。
でもそれは同時に間違いでもあるんだ。
あの日を境に、私は昭久君のもたらすセックスの快楽に狂ったようによがり続けている。
精神的な高揚感だけじゃない。
肉体が感じている充足感と幸福感は、間違いなくあのレイプ魔なんて足下にも及ばないくらい大きな感覚を満たしてくれた。
愛に勝る快感はない。それは肉体の条件なんて吹き飛ばすように凌駕してくれる。
荒々しく、それでいて繊細で、私の体の全てを知り尽くした手練手管。
男性器の大きさがもたらしていた快楽が単なる幻影に過ぎなかったことを知らしめてくれた。
罪を犯していた二ヶ月間で感じていた物足りなさは、罪の意識から逃れたいがために、昭久君の方を向こうとしていなかった私にこそ原因があったのだ。
きっと思い出すと思っていたあの男の影は、私の中から既にほとんど消え失せていた。
浮上しそうになったレイプ魔の影を、彼の強い愛撫が打ち消してくれる。
愛の叫びがそれを掻き消し、私を目覚めさせてくれる。
何度も何度も。何度も何度も何度も何度も……。
罪の告白から一ヶ月近く経って、私は彼の大きな愛に包まれてトラウマを克服しつつあった。
心が乱れそうになるたびに、自分の罪を清算するために奮い立ってPTSDを発症せずに済んだのだ。
定期的に受けているカウンセリングでも、適切にケアしてもらっているおかげで日常での生活に支障は無かった。
全て昭久君のおかげだ。カウンセリングの先生からは、それだけの被害にあって心的外傷後ストレス障害を発症しないケースは希だという。
でも一方で、昭久君にとってはそうじゃない。
私の罪は、本質的に許されてなんていないんだと言うことが、彼の苦しみを思うことで理解できる。
決して忘れてはいけない。無条件に許されたなんて思い上がってはいけない。
私が犯した罪の一番大きなところは、それをどうしようもなく求めて狂った事を、彼に突きつけてしまったことにある。
彼からもたらされた愛を忘れ、肉体の快楽に心を明け渡し、身をやつしてしまった。
サイズの差にこそ裏切りの原因があるのだと、どうしようもなく突きつけてしまった。
そこにあった最高に目を向けず、幻影の快楽に目がくらんでしまった。
そのことが昭久君にとってどれだけの絶望だったか、私は理解しなければならない。
決して忘れてはいけない。永遠にその咎を背負って、決して口に出さず、態度にも出さず、もたらしてもらえる幸せを享受し、私が彼に十分すぎるほど満たされ続けているという真実を知ってもらわなければならない。
私には、無償の愛で彼を幸せにする義務がある。
彼がもたらしてくれる愛を全身で受け止める義務がある。偽りのない本心で、私は幸せなんだと伝え続ける使命があるんだ。
彼の心には、まだあの男の影が潜んでいる。
それはきっと二人にとって錯覚なのだろう。
だけど事実でもある。
起こった事実は覆せない。
私が巨根の快楽に狂って、昭久君より優先させてしまったのは、絶対に消せない罪なのだから。
彼がぶつける悔しさを、私は全部受け止めなくちゃ。
もう逃げないって決めたから。
あの日、きっと死にたくなるくらいの悔しさを飲み込んで私を救ってくれた昭久君の心に報いるためにも、私は心の中に残ったあの男に打ち勝たなきゃいけない。
「アッ君のくれるぬくもりが、世界で一番幸せだからっ! もう間違えないから」
彼の求める言葉を紡ぐ。だけどそれは嘘偽りの一切ない、私の心からの本心だった。
今になってすれば、もう考えるまでもなく理解している。
私は【本当はサイズの差に狂っていた訳ではなかった】のだということを。
※後書き※
希美は被害者であると同時に加害者でもあるが、やはり被害者の側面が強い。
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