タリウムのお片付け&テトラミックスとヒドラジンのままごと
ここはウミヘビ幼稚園。
有毒人種ウミヘビの育成を目的とした施設。と言うと堅苦しいが、平たく言うと外見も精神年齢も幼い五歳児の面倒を見る、託児所である。
そんなちびっ子が集う幼稚園では、今日もどこかでトラブルが起きる――
「あれ?」
幼稚園のキッチンにて。
タリウムはタイマーが鳴り終わったオーブンを開けてみた所、トレイに乗っていたクッキーの表面は黒く焦げていた。
「黒いっスね。なんで……?」
セレンがクッキーを焼いた時は、クッキーは全部狐色に焼き上げられ、綺麗な仕上がりとなっていた。
同じ時間焼いたはずなのに黒焦げとなっている意味がわからず、タリウムはトレイを持ったまま首を傾げる。
「だぁかぁらぁっ! 俺は『K』を作りたいって言ってるじゃん! ジャマするなって!」
「はぁ? これが『K』? ヒトデにしか見えねぇじゃねぇの」
「ちーがーうっ! あっ、勝手に『N』にするな〜っ!」
そのタリウムの後ろ、作業台の前ではカリウムとナトリウムがクッキーの型について揉めている。味の次は形の論争に発展したらしい。
しかし2人の求めるクッキーの型はここにはなく、自分の手で形を作る他ない。その結果、クッキー生地の奪い合いが勃発したいるのだ。
髪や服を引っ張り合い、ぎゃあぎゃあと騒いで喧嘩をするカリウムとナトリウム。お互いの事に夢中で周囲が見えなかった2人は、背中をタリウムにぶつけてしまうがそれにも気付かない。
「あっ」
ぶつかった衝撃でタリウムの持っていたトレイがひっくり返り、床に焦げたクッキーが散らばる。
その直後、ナトリウムの小さな足がクッキーの一つを踏み付け、粉々に砕いてしまった。きゅっと、タリウムは無意識に服の裾を握り締める。
しかしその事をナトリウムとカリウムは勿論、タリウム自身も気付かないまま、タリウムは箒とちりとりを持ってくると黙々と掃除を始めた。
「ウワーッ、なんだこれ!」
そこに現れたのはフリーデン先生であった。彼はキッチンの惨状を見てフェイスマスクの下で青ざめつつ、「誰だよキッチンの鍵閉めなかった奴……!」と頭を抱える。
幼いウミヘビにキッチンは開放されておらず、料理も菓子作りも本来許可されていない。しかしキッチンの扉が施錠されていなかったのはクスシ側の落ち度。そしてウミヘビ達が自主的に新しい事に挑戦しようとした、行為そのものは責められるものではない。
ここは頭ごなしに叱るのではなく話を聞こう、とフリーデン先生はひとまずタリウムに事情を聞いてみた。
そしてセレンがテルルの為にクッキーを作ろうと提案した事、その手伝いを申し出た事。今はいないがニコチンも(見張りとして)手を貸してくれた事。材料がまだ残っていたから、自分達もクッキーを作ってみようとチャレンジした事を知った。
「そっか、頑張ったんだなタリウム! 片付けもちゃんとしててえらいぞーっ!」
フリーデン先生はタリウムが友達の為に頑張った事や、初めてのクッキー作りに挑戦した事、一人で片付けをこなそうとしていた姿勢を評価し、彼の頭を撫でる。
褒められたタリウムはきょとんと目を瞬き、床に散らばったクッキーへ視線を落とした後、
「そっか。俺、がんばったんスね」
黒マスクの下でふにゃりと笑った。
そんなタリウムを見てしまっては「でも勝手にキッチンを使うのは悪い事で……」なんて説教を続けられる筈もなく、フリーデン先生はタリウムの頭をわしゃわしゃと撫でまくった後、未だに喧嘩を続けていたカリウムとナトリウムの頭にはゲンコツを落としたのだった。
ちなみにキッチンの鍵を開けていたのは施錠の習慣が希薄なフリードリヒ先生だと判明するのは、もう少し後の話である。
◇
「ぶーん」
「ごぉー」
遊戯室。床にしゃがみ込んで車のおもちゃを走らせるテトラミックスと、飛行機のおもちゃを持って歩き回るヒドラジン。
2人は乗り物が大好きであった。
「おっ、楽しそうだねぇ2人共っ!」
その様子を見ていたカール先生は興味津々といった風に歩み寄り、2人の持つおもちゃをまじまじと見詰める。
小さな車輪は付いているものの、モーターやゼンマイ等はないシンプルな模型型のおもちゃ。テトラミックスとヒドラジンはそれでも充分楽しんでいるようだが、カール先生は物足りなさを覚えた。
「ちょっとさぁ。ギミック、欲しくない? 手で持たなくっても走ったり飛んだりする所、見てみたくなぁい?」
そう訊かれた2人はきょとんと目を瞬かせ、戸惑った様子で顔を見合わせる。
「見たいー?」
「おれは見たい、って思うワケ」
「じゃあおれもー」
次いで小声でこしょこしょ話し合った所、「見たい」という意見で落ち着いたらしく、2人は「んっ」とカール先生に各々のおもちゃを手渡した。
「おっ、ありがと〜っ! そんじゃちょっくら改造、ゲフンッ! アップグレードしてくるから待っててねぇんっ!」
おもちゃを受け取ったカール先生は、興奮冷めやらない様子で遊戯室を出て行く。
そして30分後に戻ってきて、2人におもちゃを返した。
おもちゃの見た目は渡す前と変わりなく、同じだ。これでどう手を使わなくても遊べるのかと、2人がじっとカール先生を見詰めると、カール先生は小声で丁寧に説明をしてくれた。
「『おけいこ』で毒素を出す訓練しているっしょ〜? その時と同じように毒素を注いでご覧?」
「どくそ?」
「そうそう! そんで次はぁ、おもちゃが動いている所を想像してみて! ぐるぐる回ったり真っ直ぐ飛んだりする姿っ!」
「ええっと」
テトラミックスとヒドラジンはぎゅっとおもちゃを握り締め、おけいこで習った通りに毒素を注ぐ。
するとおもちゃは仄かに光りをまとい、2人の手中から離れ空中に浮かび上がった。
「わぁ」
「とんだ」
「よっしゃ! 成功っ!」
目を輝かせる2人の横で、グッとガッツポーズをするカール先生。
テトラミックスとヒドラジンの手によって宙に浮いた車と飛行機は、やがて進路を定め遊戯室の中を縦横無尽に飛び始めた。
「ぶーん」
「ごぉー」
飛んだおもちゃを追いかけ、走り回るテトラミックスとヒドラジン。
しかし子供が夢中になり、はしゃぎ、のめり込めば周囲が見えなくなっていくもので――
ガシャンッ!!
遊戯室のガラス窓におもちゃが突っ込んで割れるまでに、さほど時間は掛からなかった。
「……。あっれ〜?」
「ちょっ、なんだこれっ!? 修繕費がぁっ!!」
そしてその現場は遊戯室の前を通りがかったすぐさまパウル先生に押さえられ、遊戯室に居たカール先生が原因と今までの(マイナス方面の)信頼から特定され、カール先生は長々と説教を受ける事になったのだった。
ここはウミヘビ幼稚園。
今日もどこかでちょっと大変な、だけど平和なトラブルが起こる憩いの場。