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ウミヘビ幼稚園  作者: 天海二色


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3/4

セレンのクッキー作り

 ここはウミヘビ幼稚園。

 有毒人種ウミヘビの育成を目的とした施設。と言うと堅苦しいが、平たく言うと外見も精神年齢も幼い五歳児の面倒を見る、託児所である。

 そんなちびっ子が集う幼稚園では、今日もどこかでトラブルが起きる――


「アセト、アセト」


 幼稚園の遊戯室で、ニコチンはプラスチックのバスケットの両手で持って、アセトアルデヒドの元へ小走りでやってきた。


「おもちゃ手に入れられたぞ。これつかうの好きだろ」


 バスケットの中には飯事に使う玩具が沢山入っている。

 ニコチンの言う通り、お店屋さんごっこをするのが好きなアセトアルデヒドにとって、お気に入りの玩具。ただこれはアセトアルデヒド個人の物ではなく幼稚園の備品で、『みんなで代わりばんこに使いましょう』というルールがある為に独占はできない。

 今日は運良く他のウミヘビが手を出す前にゲットできたので、意気揚々とアセトアルデヒドの元まで運んできたのだ。

 けれどどうしてか、バスケットを差し出されたアセトアルデヒドは困った顔をしてしまった。


「ありがとぉ、ニコ。えっと、でも今日はねぇ」

「アセト〜っ! そろそろはじまるよ〜っ!」


 廊下からアセトアルデヒドを呼ぶ声が響く。

 声の主は彼の兄、エタノールだ。アセトアルデヒドは焦った様子で「ちょっと待ってね」と返事をし、ニコチンに軽く頭を下げた。


「ご、ごめんねぇ。ぼく、今日は兄ちゃんと『おけいこ』しないといけないんだぁ」

「お、おう。そうか……」

「またあとでねぇ」


 ぱたぱたと足早に遊戯室から去っていくアセトアルデヒドを、ニコチンは見送るしかできない。

 この幼稚園でウミヘビ達は定期的に『おけいこ』を受けるのだが、何を受けるかはウミヘビによって異なる。そしてニコチンとアセトアルデヒドは『おけいこ』が被ることが少なく、その時間が終わるまで待つのが常だった。


「……アセトが『けいこ』しなくったって、おれが守るからいいのに……」


 一人ぽつんと残されたニコチンは、バスケットを棚に戻すと遊戯室の端っこに座り込み、ムスッと頬を膨らませる。


「……クスシなんか、きらいだ」


 アセトアルデヒドとの時間を奪ってしまうクスシに、ぶつくさ文句を言うニコチン。

 しかも最近、アセトアルデヒドは『モーズ』という新人に懐いて、時たま一緒に過ごしている。

 その事を思い出すと、胸の奥がモヤッと熱くなった。


(ムカつく)


 しかし怒りが湧き立つ、というには妙に胸がチクチクする。


「……クソッ」


 気付けば、手元のシガレットを無意識に噛んでいた。

 コーヒー味のほろ苦さが口の中に広がる。これもモーズ先生から貰った物だと思うと、また胸がチクチクした。


「センパイ、ヒマですか? ヒマですね?」


 ニコチンがガジガジとシガレットをかじっていると、遊戯室にいたセレンがぽてぽて歩いてくる。


「なんだよ」

「ちょっと来てください」

「あぁ?」

「ただ座るだけならどこでもいいでしょう?」


 いいから来て欲しい、とセレンはニコチンの服を掴み、半ば引きずる形で遊戯室から連れ出してしまう。

 向かった先は職員室の隣にあるキッチンだ。クスシ達が使う場所で、ウミヘビの立ち入りは許されていない。

 なのにキッチンにはカリウムとナトリウム、そしてタリウムがいて、食品庫(パントリー)から持ち出したらしい小麦粉やら薄力粉やらを机に並べていた。


「センパイはドアのところに座ってください。先生がこないかどうか、ミハリをするんです」

「何でおれがそんなこと」

「今日は『おとーさんの日』なんだってモーズ先生から聞きました! だから私はおとーさんにクッキーをつくるんですっ!」


 小さな手をグッと握り締め、セレンはクッキー作りを宣言する。

 ちなみにセレンの言う父は本当の父ではなく、双子の兄テルルのことなのだが、セレンは教育の過程で兄と父を混合して覚えてしまったらしく、ずっと「おとーさん」と呼んでいる。


「どっちにしろおれにゃ関係ねぇけど、タリウムたちは何でいんだよ……」

「人手がいた方が早く作れるとかで、お手伝いっス」

「あと焼き立てクッキー食べられるじゃーん!」

「トッピングも好きにできるじゃねぇの」


 タリウムは純粋な親切で、カリウムとナトリウムはクッキー目当てで集まったらしい。


「できあがったらセンパイにもわけてあげます!」

「はぁ〜……。アセト好みの作れよ?」

「わかりましたっ!」


 扉の前に座り込み、渋々承諾してくれたニコチンへ元気よく返事をした後、セレンはタリウム達とクッキー作りを開始する。


「干しぶどう入れるぞ、干しぶどう!」

「かってに決めるんじゃねぇよ! ここはチョコだろ!」


 カリウムとナトリウムがトッピングについてぎゃあぎゃあ文句を言い合う横で、セレンとタリウムはボウルに入れた材料を黙々と混ぜ、生地を作っていってゆく。


「タリウムさん、おさとうとおしおマチがえないでくださいね?」

「はいっス」

「あ! タリウムそれクエン酸じゃん!? ストップストップ!」

「じゅーそーもあるじゃねぇの。ダレだこれ持ってきたやつ」

「あれ?」

(じんせんミスじゃね?)


 そんなちょっとしたトラブルを経ながらもクッキー作りは着々と進行。

 平らに伸ばした生地を思い思いに型を取り、いよいよオーブンで焼き上げる段階へきた(時間がないので冷やす工程は飛ばした)。


「あとちょっとで完成ですっ!」


 オーブンの前にへばり付き、焼かれていくクッキーをわくわく眺めるセレン。

 なおカリウムとナトリウムは材料がまだあるからと追加のクッキーを作り始め、タリウムもその手伝いに参加している。


 ピー。


 15分後。

 終了音が終わったと同時にセレンは待ちきれないと言わんばかりにオーブンの蓋を開け、トレイに手を触れた。


「あっっ!?」


 が、素手で触れてしまった為にセレンの白い手に刺すような痛みが走る。そしてじわじわと赤く染まっていく。

 火傷だ。


「あ? どうしたんだよ」

「な、何でもありませんっ!」


 大きな声に反応したニコチンに対し、セレンは何もなかった風を装いせっせとクッキーをクッキングペーパーに包んでいく。

 ――ウミヘビは怪我をしても直ぐに治る。だから大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて、セレンはニコチンの分のクッキーを分けた後、包みと共にキッチンを出た。


「お手伝いありがとうございました!」


 去り際にお礼こそ伝えたものの、頭の中は既にテルルの事でいっぱいで、セレンは直ぐに遊戯室へ向かう。

 そして部屋の隅っこに座り、一人で本を読んでいたテルルの元へ走った。


「おとーさん! クッキーです、どうぞっ!」

「……クッキー?」


 声をかけられたテルルは、今日のおやつにクッキーなんてなかったはずと、セレンを不思議そうに見詰めてくる。


「こっそり作ったんです。ですからこっそり食べましょう」


 にこにこと満面の笑みを浮かべ、小声で話すセレン。

 しかしテルルはクッキーを持つセレンの手が赤く染まり、水ぶくれもできてしまっているのを見て、セレンがクッキー作りの際に火傷を負ったことを察した。


「焼かないほうが……よかった……」


 そしてしゅんと眉を下げ、悲しげにそう言われてしまっては、セレンは困惑する。


「……え?」


 一生懸命作ったのも火傷の痛みを我慢しているのも、全てはテルルに喜んで欲しかったからなのに。

 無駄になってしまった。それどころか、悲しませてしまった。

 ふと、セレンの目尻に涙があふれる。


「う、ぅ……。うわぁあああっ」


 そして声をあげて泣き出してしまった。

 突然のことに困惑するテルル。彼はもしかして火傷が痛いのかと、少々トンチンカンな結論に行きつき、おずおずと手を伸ばすとセレンの頭を撫でた。


「よし、よし」


 それがまたセレンの涙腺を緩めてしまい、セレンはわんわんとしばらく大きな声で泣き続けると、最後には疲れてテルルの膝を枕代わりに眠ってしまう。


「あ、え……」


 すよすよと心地良さそうに眠るセレンを起こす事もできず、テルルは困惑したまま動けなくなってしまう。

 そこに遊戯室前を通りかかったフリードリヒ先生が入室。くっ付いて眠るセレンと、戸惑いながらも背中を撫でて慈しむテルルの姿を無心でパシャパシャと一眼レフカメラに撮り続けた。


「フリードリヒさん、仕事はどうしたんですか!?」


 が、そんな堂々と職務を放棄していれば他のクスシ、「おけいこ」の時間が終わり遊戯室へ戻ってきたモーズ先生に見付かり、咎められる。


「と言うかこの部屋、ウミヘビの数が足りませんよ!? 今日の管理は貴方の仕事では……っ!」

「黙れ。ウミヘビの自主性を重んじて何が悪い。おれはこの宝石よりも美しい瞬間の保存作業で忙しいんだ、消えろ」

「撮影は職務には入っていません!」


 どこまでも仕事に不真面目なフリードリヒ先生ベテランをモーズ先生(新人)が思わず叱り付けると、その声でセレンが起きてしまう。


「う、ぅええええ……」


 そして思い出したかのように泣いてしまい、モーズは慌てた。


「ウミヘビの安寧を破るとは、この(アッフェ)が」

「いや、これはその、そもそも貴方が……っ」

「責任を持って場を収めろ。じゃあな」


 何故かモーズ先生が悪い、という空気を作って足早に去ってしまうフリードリヒ先生。撮影は満足したらしい。

 モーズは彼を追いかけたかったが、泣いているセレンを放っておく事もできず、ひとまずセレンを優先。抱き上げてあやし始める。


「大声を出してすまなかったな、セレン」

「ふぇ、ぇええん」

「む? 火傷をしているじゃないか。直ぐに手当てをしなくては。テルル、少し離れるぞ」

「……ん」

 

 テルルは小さく頷いて、モーズに抱かれ遊戯室を出ていくセレンを見送った。

 そして姿が見えなくなった後、手元に残ったクッキーが入った包みを見詰め、


「……ふふ」


 一人小さく微笑み、ぎゅっと胸に抱く。

 セレンが戻ったら、一緒に食べようと考えながら。


 ここはウミヘビ幼稚園。

 今日もどこかでちょっと大変な、だけど平和なトラブルが起こる憩いの場。


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― 新着の感想 ―
か、可愛い……。 みんなすぐ泣いちゃうの良きですね。 ニコチンの嫉妬も可愛い。 せっかく人気のおもちゃゲットしたのに、一緒に遊べないなんて。 想像したら、キュンとしてしまう。 ムスッとして頬をふくら…
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