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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第十一章 呪いの真実。
38/43

✤霊峰市房山から見下ろす田園風景✤

「あぁ、本当に面白かった……」

『……』

 

 腰を抜かした侍女をそのままに、玖月善女(くげつぜんにょ)さまは僕を抱いて表へと出た。

 

 季節はもう、春から夏へと移り変わろうとしていた。

 

 

「……」

 さわさわと、湿気を含んだ風が吹き、夏の気配を帯びた真っ青な空がどこまでも続いていた。

 

 この時、玖月善女(くげつぜんにょ)さまを追い掛けて来る人は、誰もいなかった。

 だって怖いもんね? あんなに騒いだんだもん。

 

 ……まあ、この状況に陥った(あるじ)を一人にさせる……と言うのもどうなんだろうと思うけど、玖月善女(くげつぜんにょ)さまにとってそれは、好都合だったに違いない。

 

 だけどいくら演技にしても、芸が細やか過ぎるし迫真の演技だった。現に玖月善女(くげつぜんにょ)さまの指はひどい事になっていた。

 未だぽたぽたと血が滴り落ちている。

 

 けれど玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、痛がりもせず、気に止めるでもなく、ただ微笑んでいた。

 

 

玉垂(たまたる)。不思議ね」

 

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは呟いた。

『にゃう?』

 意味がわからず、僕は首を傾げる。

 

 すると玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、ふふふと笑う。

 

「人は死に近づくと、色んなものが見えるのよ」

『?』

 僕は意味がわからず首を傾げると、玖月善女(くげつぜんにょ)さまはそれを見て、面白そうに微笑んだ。

 

玉垂(たまたる)は、本当に可愛い……」

 そう言って坂道を歩いた。

 

 坂道はすごく急で、そして長かった。

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、どこに行っているのかって?

 それはきっと、市房神社なのだと僕は思った。

 

 

 霊峰市房山にある市房神社。

 今でこそ、参拝しやすいように……と山の下の方に(やしろ)があるけれど、この当時はもっと山の上の方にその社はあって、参拝するのには少し骨が折れた。

 その神社は、険しい山にある神社で、湯山家が代々護ってきた神社でもある。

 

 盛誉(せいよ)のいた普門寺は、この市房神社の別当寺(べっとうじ)(神社を守護する寺)にあたり、繋がりは深い。

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまが『冤罪が晴れますように』と願ったのも、それが理由のひとつでもある。

 

 ……だけど願いは、聞き届けられなかったけれど。

 

 

 そしてこの境内には、今が盛りと美しい藤の花が咲き誇っている。

 元々は野生の藤だったのかも知れない。

 花好きの神主さんが丹精込めて育てたその藤は、まるで夢物語のように神社を彩っていた。

 

「季節はもう、すっかり春……いいえ、夏になろうとしているわね。(わたくし)は季節の移り変わりを感じるのが辛い……」

『みゃあ?』

「だって、……盛誉(せいよ)を、あのまだ寒い夜の寺に遺したままだもの……」

『……』

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、はぁ……と溜め息をつく。

 

「ねぇ、玉垂(たまたる)……」

 

『にゃあ?』

 

(わたくし)はね、もう疲れたの」

『……』

 

「このまま生き長らえても、盛誉(せいよ)の命を奪った あの相良の者の家臣として生きるだけ。

 そんなの耐えられるはずもない……」

 

 息も絶え絶え、険しい道を歩きながら玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、言う。

 

「どうしようもなかったと言えば、確かにそう。(わたくし)も、盛誉(せいよ)を助けられなかったもの」

 それは自分が盛誉(せいよ)に宛てた手紙のことを言っているのだと思った。『逃げよ』と玖月善女(くげつぜんにょ)さまは伝えたけれど、盛誉(せいよ)は逃げなかった。

 自分は無実だからと言って……。

 

『……』

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、自分を恨んでいるのだろうか?

 だけどそれは違う。盛誉(せいよ)は ああ見えて頑固だもの。誰の言うことも聞かないし。

 

『ニャゴニャゴニャゴ』

 

 僕が愚痴を言うと玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、笑った。

「本当に、しょうのない子。(わたくし)の言葉も、全く耳を貸さないのだから……」

 

 僕は少し驚く。

 僕の言葉が玖月善女(くげつぜんにょ)さまに通じたように思えたから。

 

玉垂(たまたる)……」

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは言った。

 

(わたくし)の子どもは、なにも盛誉(せいよ)だけではない。

 確かに盛誉(せいよ)の死を(いた)みはしたけれど、宗昌(むねまさ)はまだ生きている……」

『……』

 

 宗昌(むねまさ)さまは冤罪が認められたのち、既に湯山の領地に帰って来ていた。

 けれどその表情は、以前の【あっけらかん】とした明るさはなかった。眉間に皺を寄せ、ひどく思い詰めた様子だった。

 

「……(わたくし)は心配なの。宗昌(むねまさ)までも奪われるのではと──」

『にゃあ! にゃあ!』

 

「ふふ。『そんな事はない』って?

 ……いいえ、それはどうかしら」

 そう言って玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、近くにあった岩に腰掛ける。

 

 見晴らしが凄くいい。

 少し……怖いくらいに……。

 

 

 山に囲まれはしているけれど、湯山の土地のほとんどは平野部だ。山から見下ろすと全部が一望できた。

 田んぼには稲が植えてある。

 まだ少し短いその稲の隙間から覗く水田の水が、なんだか涼やかで、心和ませる。

 

 あの稲が大きくなって、刈り取りの時期になるとまた、僕は盛誉(せいよ)を思って悲しくなるのだろうか?

 

 盛誉(せいよ)と一緒に見て回ったあの田園風景が、今もまだ瞼の裏に残っている。

 

『……』

(わたくし)はね、盛誉(せいよ)を殺した者たちが許せない。

 宗昌(むねまさ)が日向の国へと逃げるような事になったその事実が許せない。

 そして何よりも、こんなにも盛誉(せいよ)の近くにいて、なにも救えなかった自分自身が許せないの……っ!」

 

『……』

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、声を殺して泣いた。

 

 

「もう二度と、こんな思いをするのは嫌。

 だから玉垂(たまたる)(わたくし)はみんなを呪う事にしたの」

 

 

 ……?

 

 

 言っている意味が分からない。

 

 でも、何がとてつもなく、

 とんでもない事を計画している事だけは分かった。

 

 

 

           × × × つづく× × ×

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

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