✤果たせなかった願い✤
息も絶え絶え登ってきた神社には、けれど誰もいなかった。
……そりゃそうだよね。この神社って山の中にあるし。容易に参拝出来るようなものでもない。
ついでに言うと、神主さんもいなかった。
出かけているのかな? それともどこかにいるのだろうか?
「……」
玖月善女さまは、何も言わず、歩を進めた。
お宮に参る……ことはしなかったけれど、神社の像という像を『可愛い可愛い』と言いつつ撫で回した。
……。なにやってんの?
ひとしきり撫で回して、満足そうな笑みをその顔に浮かべ、そままずんずんずんずんと奥へと進み、藤棚の近くまで来る。
うん。やっぱり藤を見に来たのか?
予想は当たったけれど、その行動が不審すぎて僕は笑えない。代わりにゴクリと唾を飲み込んだ。
市房神社の藤は、知る人ぞ知る名所でもある。
近くには天然の掘りがあって、そこから水が、こんこんと湧き出ている。
堀の中には魚たちが泳いでいて、なんとも風流だ。
木々が鬱蒼と生い茂り、その掘りの奥には小さな滝があって、その部分だけは急に深くなっている……と言うから、小さな子どもたちにとっては危険な場所だ。
夏場、涼しげだからと遊んでいると足を掬われる。そんな場所。
……まぁ、僕には見たくない景色ではあるけれどね。
水、嫌いだし。
藤棚は、その掘りの近くにあった。
今が盛りと咲き誇り、風が吹く度に花がハラハラと舞う。
水面に映る藤の花と相まって、まるで極楽浄土にでも来たかのような、そんな風景だった。
「はぁ、なんて美しいのでしょうね」
玖月善女さまは悲しげに微笑んだ。
「さぁ玉垂。お前はもう、好きに生きなさい。私はここから盛誉のところへ逝きますから」
そう言って抱いていた僕を、地面へと下ろす。
……え?
僕は目を丸くする。
「普門寺は市房神社の別当寺。ここで死ねば、きっとあの子に会えますもの……」
えっと、ちょっと何言ってるの? 何言ってるの……!
『にゃあにゃあにゃあ!』
僕は必死になって鳴いた。だけど玖月善女さまは、微笑むだけだ。
なんなの!? こんな時に盛誉と同じ頑固さ発揮しなくていいんだけど!
「ふふ。もう決めたのよ」
玖月善女さまは僕を撫でながら呟いた。
「よく、考えてもみなさいよ。
あのような事があって、それでもまだ相良の領地で生きていけるわけありませんもの。
けれどね、宗昌はその世界で生きなくてはいけないの。
こんな恨み積もったような老婆を抱えて、相良に仕えるですって? そんなことできて?
私を理由に、どこでまた足を掬われるかも分からない。
『お前の母は、相良さまに恨みをもっているだろう! お前もまた、例外では無い!』などと言われるのは目に見えておりますわ。
ですからその憂い、私自身で晴らすのですよ」
玖月善女さまは微笑んだ。
悩みが吹っ切れたような、そんな晴れやかな顔だった。
僕は……僕はと言うと、釈然としない。
えっとなに? どういうこと?
「けれど私は、狂ったように死ななければならないの。だってほら、『湯山に手を出せば、タダでは済まされない』と思わせなくっちゃ。
……その点については、ちょうど先程あの侍女が腰を抜かすほど怯えていたから問題はないと思うのよ?」
え? ちょ、待って。
待って待って! 問題大ありなんですけど。
「確かに盛誉への成敗は過ちだった。
けれどそれを悔いるような者たちなのかしら? ……あの文を見て、それが痛いほどに分かったの……」
玖月善女さまの顔は厳しい。
『……』
「あまりにも杜撰過ぎて、逆に怪しいと思わない?
これはきっと誰かの陰謀に違いない……」
『……』
それは盛誉も言っていた。
玖月善女さまは続けた。
「誰が犯人か……なんて分からない。そんな事はもう、どうでもいい。
けれど肝心なのは、そいつはまたいずれ宗昌を狙うかもしれないという事だけ。
だから私は、私の死をもって、その憂いを晴らすのです!」
だから何でそうなるの!
玖月善女さまは微笑んだ。
「人の呪いほど怖いものはない。
……私は、ここへ来る前に神仏という神仏、それから狛犬たちに私の血を擦り付けたでしょう? あれを見たらきっとみんな、驚きますわ。
木や石で出来た神仏は、私の血をその身に吸い込み、容易には消えないでしょう。
ですから誰もが見る度に思うはず。
玖月善女の恨みが篭っている……と」
『……』
玖月善女さまは嬉しそうに、くくくと笑った。
「あぁ、いい気味。うんと怖がるがいい。
私の大切な盛誉を奪った罪、そして宗昌を苦しめないように、もっともっと怖がらせてやるの!」
言ってバチャバチャと水の中に入り始めた。
いや、ちょっと待って! 待ってってば!!
玖月善女さまが通った水面に、指から流れ出た血液が滲み、怪しげな波紋を作った。傷は思ったよりも深かったみたいで、掘りを朱に染めていく。
『にゃあ! にゃあにゃあにゃあ!!』
「……あ。忘れていた」
今度はなに!?
僕がありったけの声で鳴くと、玖月善女さまは僕を振り返る。
「玉垂。
玉垂はあの子のことを見守って?
きっといつかまた、出会えるから」
そう言って玖月善女さまは淵の底へと沈んでいった。まるで『ちょっと行ってきます』みたいな顔をして。
……僕?
当然僕は真っ青になって玖月善女さまを追い掛けた。
だって僕、盛誉に頼まれていたんだよ? 『母さまと幸せに、長生きして』って言われているから。
盛誉の最期の願い、どうしても叶えたくって。
だから僕は玖月善女さまの後を追った。助けようとして。
助けられはしなかったけれど……。
助けられるわけもなかったんだけど。
僕はあの時、どうしたら良かったの?
盛誉には玖月善女さまを【よろしく】と言われ、玖月善女さまには宗昌さまを【見守って】って言われる。
……だいたい、無力な猫に何が出来るって言うの?
母子揃いも揃って、無理難題押し付けるのやめて欲しい。
……結果 僕は、盛誉の願いを叶えることが出来なかった。
だって玖月善女さまはこの時、
死んでしまったんだから……。
守るべき人を守れなかった僕は、
死んで詫びることも出来なかった。
四百四十年。
死なずに今まで生きているのは、
きっと盛誉が怒っているのかもしれない。
『約束を守らない奴は、こっちに来るなっ!』って
そう、言って……。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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