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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第九章 無実の罪。
27/43

✤春の南風✤

 三日月城から盛誉(せいよ)のいる普門寺までの道は、結構大きな道が通っている。

 国道二十九号線。

 

 もちろんそこには、当時も比較的整った道が通っていて、当然九助も、その道を利用した。

 

 折しもその頃は春になろうとするかの季節。

 大気の変動で、南からの強い風が吹いていた。

 

 やや追い風……と言うよりは、駆ける右側からの強い風に当てられて、上手く馬を操れない。

 そして場所も場所。

 道の周りには田園風景が広がり、風を遮るものなんて何もなかった。

 

「くそっ!」

 

 何かがおかしい。

 だいたい【駅】に馬がいないなんて、ありえない。

 

 農繁期の秋ならば、畑に駆り出されることもあるかも知れないが、今は春先。一頭くらいいても良さそうなものだ。

 

 そう思ったものの、どうすることも出来ない。

 そうこうしているうちに、馬に支障が見られ始めた。

 格段に速度が落ち、息切れが酷い。

 

「……」 

 それもそうだ。馬替えも出来ず、この南風吹き荒れる道を全力疾走させられるのだから、馬にももう限界が来ていた。

 

「……仕方ない。少し休むか……」

 

 

 休む時間が全くない……わけでもない。

 九助が出発した三日月城は、討伐隊が出る米良よりも若干 普門寺に近い。

 道も整っているし、何より大勢での移動ではなく単身だ。

 多少の休息は大丈夫だろうと九助は踏んだ。

 

 ちょうど近くに馬治療の店もある。

 そこで水と飼葉、それから馬の足を見てもらおう。そう思った。

 目的の場所はもう、目と鼻の先だ。

 

 

 

 けれどここに、大きな罠が待ち受けていた。

 

 疲れているのは、なにも馬だけじゃない。九助だって馬の背に揺られ、相当 疲れていた。

 大切な使命を抱えている……と言う気合いから、その【疲れ】を九助は全く自覚していなかったんだ。

 

 そしてそこに、陰謀の魔の手が伸びる。

 

 

 盛誉(せいよ)(おとしい)れようと企んだそいつら(・・・・)は、ちゃんとその事を読んでいた。

 

 その事(・・・)ってどの事? って思うだろ?

 全部だよ。全部。

 

 四郎さまの姉上の千満(せんじゅ)さまが痺れを切らし、兵を向けることも、その事に四郎さまが焦って、実態を調査することも。

 それから盛誉(せいよ)の冤罪が分かり、討伐中止の命令が出ることも、そしてその書状を持って馬を駆けてやってくるのは、あの酒好き(・・・)の九助だ(・・・・)と言うことも(・・・・・・)……!

 

 

 人吉は米どころだ。当然酒が造られている。

 一級河川の球磨(くま)川を持つこの人吉地方は、その地中にも良質な天然水を豊富に蓄えていて、それを利用し室町時代から米焼酎を造っている。

 現代でも二十八もの蔵元があるほどの酒の産地だ。


 前にも言ったけれど、この人吉には多くの地酒があって、その中でも九助は焼酎が一番の好物だった。

 酒にはめっぽう強くて、水のように焼酎を飲むことで九助は有名だった。

 


 だからそいつら(・・・・)は、罠を張った。

 

 

 

『馬を駆って来る者がある。

 その者は無類の焼酎好きであるから、焼酎を振る舞え。

 金は払っておく。

 奴は遠慮するかも知れないから、抜かりなく勧めよ』

 

 

 

 そんなお達しだった。

 農民たちはわけも分からず、その言葉に従った。

 

 酒は、冬に造られる。

 

 秋に収穫した米を蒸し、酒にする。

 焼酎は、その酒に火を入れ蒸留し、より高濃度のアルコールを抽出する。

 

 春先のこの時期は、その酒造りが落ち着いていて、酒自体もちょうど味が馴染んだ頃だ。杜氏(とうじ)(酒の味を決める人)は出来上がった酒を、誰かに呑ませたくてウズウズしている。

 そこに来て、酒好きの九助が来ると言うものだから、随分前からどこの家でも焼酎を用意をしていた。

 

 九助が馬治療の店にいると聞いて、杜氏たちは喜び勇んで自慢の焼酎を持ち寄った。

 

「い、いや。大切な仕事があるゆえ……」

 当然九助は断った。

「まぁまぁまぁ……。九助さまほどの方。焼酎など水も同然ではありませぬか」

「う。いや、ならぬ。そういうわけにはいかぬ」

 

 九助は一生懸命断った。

 けれど辺りに立ち込める焼酎の香りに、九助はゴクリと喉を鳴らす。

 それを見て一人がニヤリと笑った。

 

「はぁ、それならば仕方ありませぬが、水ならば良いでございましょう?

 見れば相当馬を走らせたようではありませぬか。

 馬のみならず、あなたさまもお疲れのことでございましょう。馬のために少しお休みになられるのでしたなら、この水をお飲み下され。

 今朝方山から汲んできた水ですから、それこそ甘露の味わいにございまする……」

 

 そう言われては、九助も断れない。

 (どんぶり)に なみなみに()がれたその水を見て、自分の喉の乾きにやっと気づいた。

 

「そ、そうか。水ならば頂こう……」

 そう言って、それ(・・)を煽った。

 

 

 それ(・・)は水ではなかった。

 

 疲れに疲れていた九助は、水だと思ったもので一気に喉を潤し、そのまま倒れた。

 

 確かに九助は、酒に強かった。何杯呑んでも酔うことはなかったけれど、極度の緊張と休息もせずに駆け抜けたその体はカラカラで、突然入ってきた高濃度のアルコールに、体がついて来なかったんだ。

 

 

 

 だから、書状は渡されなかった。

 

 

 

 成敗中止を知らない千右衛門は、なんの疑いもなく、盛誉(せいよ)を斬った。

 

 盛誉(せいよ)の寺には、いく人ものお弟子さんがいた。

 けれど千右衛門の軍勢に立ち向かえる人数でもなく、武芸の達人なわけでもなく、ただのお弟子さんたちは全員斬られ、呆気なく寺は落ちた。

 

 この時盛誉(せいよ)はお経を上げていた。

 

 千右衛門は、お経を上げていた盛誉(せいよ)の背中から、持っていた太刀一振で、その命を奪ったんだ。

 

 

 僕は知っている。

 

 だってこの時僕は、普門寺にやっと辿り着いて、盛誉(せいよ)の傍に駆け寄ろうとした、まさにその時だったから。

 

 

 

           × × × つづく× × ×

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

     気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡


        更新は不定期となっております。


     史実では九助、アホみたいに書かれています。

       寄り道して酒飲んで爆睡……みたいなw

        だけど結局、九助は任務失敗。

       その後始末に切腹してますからね。

       絶対わざとじゃなかったはず。。。


    てなわけで、罠に嵌められた人っぽく書きました。


       九助もわざと遅れて行ったんじゃ?

        なんて思いもしたけれど、

   それで命失ってますからね。それはないかな……と。

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