✤春の南風✤
三日月城から盛誉のいる普門寺までの道は、結構大きな道が通っている。
国道二十九号線。
もちろんそこには、当時も比較的整った道が通っていて、当然九助も、その道を利用した。
折しもその頃は春になろうとするかの季節。
大気の変動で、南からの強い風が吹いていた。
やや追い風……と言うよりは、駆ける右側からの強い風に当てられて、上手く馬を操れない。
そして場所も場所。
道の周りには田園風景が広がり、風を遮るものなんて何もなかった。
「くそっ!」
何かがおかしい。
だいたい【駅】に馬がいないなんて、ありえない。
農繁期の秋ならば、畑に駆り出されることもあるかも知れないが、今は春先。一頭くらいいても良さそうなものだ。
そう思ったものの、どうすることも出来ない。
そうこうしているうちに、馬に支障が見られ始めた。
格段に速度が落ち、息切れが酷い。
「……」
それもそうだ。馬替えも出来ず、この南風吹き荒れる道を全力疾走させられるのだから、馬にももう限界が来ていた。
「……仕方ない。少し休むか……」
休む時間が全くない……わけでもない。
九助が出発した三日月城は、討伐隊が出る米良よりも若干 普門寺に近い。
道も整っているし、何より大勢での移動ではなく単身だ。
多少の休息は大丈夫だろうと九助は踏んだ。
ちょうど近くに馬治療の店もある。
そこで水と飼葉、それから馬の足を見てもらおう。そう思った。
目的の場所はもう、目と鼻の先だ。
けれどここに、大きな罠が待ち受けていた。
疲れているのは、なにも馬だけじゃない。九助だって馬の背に揺られ、相当 疲れていた。
大切な使命を抱えている……と言う気合いから、その【疲れ】を九助は全く自覚していなかったんだ。
そしてそこに、陰謀の魔の手が伸びる。
盛誉を陥れようと企んだそいつらは、ちゃんとその事を読んでいた。
その事ってどの事? って思うだろ?
全部だよ。全部。
四郎さまの姉上の千満さまが痺れを切らし、兵を向けることも、その事に四郎さまが焦って、実態を調査することも。
それから盛誉の冤罪が分かり、討伐中止の命令が出ることも、そしてその書状を持って馬を駆けてやってくるのは、あの酒好きの九助だと言うことも……!
人吉は米どころだ。当然酒が造られている。
一級河川の球磨川を持つこの人吉地方は、その地中にも良質な天然水を豊富に蓄えていて、それを利用し室町時代から米焼酎を造っている。
現代でも二十八もの蔵元があるほどの酒の産地だ。
前にも言ったけれど、この人吉には多くの地酒があって、その中でも九助は焼酎が一番の好物だった。
酒にはめっぽう強くて、水のように焼酎を飲むことで九助は有名だった。
だからそいつらは、罠を張った。
『馬を駆って来る者がある。
その者は無類の焼酎好きであるから、焼酎を振る舞え。
金は払っておく。
奴は遠慮するかも知れないから、抜かりなく勧めよ』
そんなお達しだった。
農民たちはわけも分からず、その言葉に従った。
酒は、冬に造られる。
秋に収穫した米を蒸し、酒にする。
焼酎は、その酒に火を入れ蒸留し、より高濃度のアルコールを抽出する。
春先のこの時期は、その酒造りが落ち着いていて、酒自体もちょうど味が馴染んだ頃だ。杜氏(酒の味を決める人)は出来上がった酒を、誰かに呑ませたくてウズウズしている。
そこに来て、酒好きの九助が来ると言うものだから、随分前からどこの家でも焼酎を用意をしていた。
九助が馬治療の店にいると聞いて、杜氏たちは喜び勇んで自慢の焼酎を持ち寄った。
「い、いや。大切な仕事があるゆえ……」
当然九助は断った。
「まぁまぁまぁ……。九助さまほどの方。焼酎など水も同然ではありませぬか」
「う。いや、ならぬ。そういうわけにはいかぬ」
九助は一生懸命断った。
けれど辺りに立ち込める焼酎の香りに、九助はゴクリと喉を鳴らす。
それを見て一人がニヤリと笑った。
「はぁ、それならば仕方ありませぬが、水ならば良いでございましょう?
見れば相当馬を走らせたようではありませぬか。
馬のみならず、あなたさまもお疲れのことでございましょう。馬のために少しお休みになられるのでしたなら、この水をお飲み下され。
今朝方山から汲んできた水ですから、それこそ甘露の味わいにございまする……」
そう言われては、九助も断れない。
丼に なみなみに注がれたその水を見て、自分の喉の乾きにやっと気づいた。
「そ、そうか。水ならば頂こう……」
そう言って、それを煽った。
それは水ではなかった。
疲れに疲れていた九助は、水だと思ったもので一気に喉を潤し、そのまま倒れた。
確かに九助は、酒に強かった。何杯呑んでも酔うことはなかったけれど、極度の緊張と休息もせずに駆け抜けたその体はカラカラで、突然入ってきた高濃度のアルコールに、体がついて来なかったんだ。
だから、書状は渡されなかった。
成敗中止を知らない千右衛門は、なんの疑いもなく、盛誉を斬った。
盛誉の寺には、いく人ものお弟子さんがいた。
けれど千右衛門の軍勢に立ち向かえる人数でもなく、武芸の達人なわけでもなく、ただのお弟子さんたちは全員斬られ、呆気なく寺は落ちた。
この時盛誉はお経を上げていた。
千右衛門は、お経を上げていた盛誉の背中から、持っていた太刀一振で、その命を奪ったんだ。
僕は知っている。
だってこの時僕は、普門寺にやっと辿り着いて、盛誉の傍に駆け寄ろうとした、まさにその時だったから。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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更新は不定期となっております。
史実では九助、アホみたいに書かれています。
寄り道して酒飲んで爆睡……みたいなw
だけど結局、九助は任務失敗。
その後始末に切腹してますからね。
絶対わざとじゃなかったはず。。。
てなわけで、罠に嵌められた人っぽく書きました。
九助もわざと遅れて行ったんじゃ?
なんて思いもしたけれど、
それで命失ってますからね。それはないかな……と。




