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第三十七話 和解

マジで遅れてすみませんでした! 次回は15日投稿予定です

「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」



 俺は悠香を抱きとめながら、荒い息を落ち着かせていた。


 俺の予想では、この場にある氷の時間を遡っても氷は出現しないはずだった。だから俺は悠香に近づいて……そして攻撃を食らった。


 さっき視界に映ったもの。それは壊れた氷が元の形へ姿を変えていく様子だった。


 それを見て分かった。あの攻撃は心力の効果を巻き戻す事で行われている事。そしてそれはある場所の氷に、ではなくこの辺り一帯を戻すことで氷を操っている事を示していた。



(あ、危なかった……!周りの氷は心力が使われる前……つまりは時間が未来へと巻き戻っていた。ある程度あの状況が続けば、またさっきみたいに氷の時間を巻き戻すことで攻撃が行われる状況に戻っていた!

 もう疲れと怪我で思うように動けなくなってきた以上、ここで終わりに出来たのは本当に良かった!)



 俺は思わず安堵のため息を吐く。だが、大事なのはここからだ。俺が悠香と接触している以上、氷の棘が俺を襲ってくることは無いはずだ。だがこのままだと悠香の魂が消耗しきってしまう。だからその前に暴走を止めなければ。



「悠香。大丈、ゴホッ! ゴホッ!」

「スグ兄ッ!」



 悠香を刺激しないようなるべく優しい声で話しかけるが、途中で血を吐いてしまう。張本人としてはそうもいかないようで、悠香が心配そうな顔を見せる。


「大丈夫だ。大丈夫。俺のことは気にしなくて良い……」

「でもッ! さっきから血が!」

「大丈夫だ。重症度で言ったらお前のほうがよっぽどひどい。それくらいは分かるんじゃないか?」

「……」



 俺の言葉を聞いた悠香は、完全に押し黙ってしまう。どうやら図星のようだ。



「それで、能力の暴走は……まだ収まらなそうだな」



 悠香が心力を使うと右腕にまとわれる青色のオーラ。それは能力を使っていないはずの今も立ち上っていた。



「ごめんなさい……」

「気にすんな。悪いのはあの湯ノ花って女だ。お前じゃない。で……やっぱり怖いか?」




 そう言うと、悠香はキョトンとした様子で伏せていた顔をこちらに向ける。そういえば悠香は暴走がなにかも分かっていなかったな……。それじゃあこういう反応になるのも仕方がない。



「俺と話すことがだよ。心力が暴走してるってことは何かしら強い感情が働いているってことだ。ナナシが言ってた。お前の場合は、俺に母さんの事がバレて、俺と関わること自体が怖くなった。とかそういうところだろ? 違うか?」

「うん……。ずっとスグ兄なら大丈夫だって考えてるんだけど……どうしても止まらなくて……」

「……」



 申し訳そうな悠香の話を聞いて、思わず黙ってしまう。十年間、俺のそばに居ながら一度もこぼさなかった事実だ。それがバレたとなっては、頭では分かっていても感情までは追いつかないのだろう。


「ねぇ、スグ兄?」

「なんだ?」



 どうしたものかと悩んでいると、悠香が話しかけてくる。



「私達、いつまで抱き合ってるの?」

「……さぁ?」

「いやさぁ? じゃねぇよ。さっきからスグ兄の力微妙に強くて痛いんだよ乙女の体はもっと丁寧に扱えよ」

「わ、悪い。けど……お前から離れると氷が……」

「大丈夫大丈夫。ほら、立ってるのキツイでしょ? 座って座って」

「あっ、ちょっ、おまっ!」



 悠香に肩を捕まれ、俺は地面に腰を下ろす。慌てて身を構えるが−−



「あれ?」



 悠香の言う通り本当に氷は襲ってこず、辺りを蠢くだけにとどまっていた。……どういうことだ?



「ね? 言ったとおりでしょ? まだ抑えることは出来ないけど、スグ兄に危害を加えないようにするくらいは出来るみたい」

「少しは落ち着いてくれたってことか?」

「ん。そうみたい。こうやって話してるだけでも、ちょっと落ち着くっぽい」

「そうか……」



 恐らく、今の会話で俺に嫌われるかもしれないという恐怖心が和らいでいっているのだろう。なら、このまま話していれば暴走も収まるだろう。そう考えて、なにか話題は無いかと思索するが特に何も思い浮かばない。……そういえばいつも会話の始まりは大体悠香からだったな……。


 どうしたものかと思っていると、悠香が話しかけてくる。



「ねえ? スグ兄?」

「なんだ?」

「スグ兄はやっぱり、私の話聞きたい?」

「……お前、今その話する必要ある?」



 せっかく暴走が悪化しないように気遣ってたのに……。と思わず呆れる。



「良いの良いの。別に内容話すわけじゃないんだからそんなにキツくないって」

「そういうもんか?」

「そういうもんなの! で? どうなの? やっぱり聞きたい?」

「……う〜ん? どうだろうな……」



 しばらく考え込んだ末に出てきたのは、そんな要領の得ない答えだった。



「はぁ〜?」

「……なんだよ」



 不機嫌そうな悠香の反応にちょっと気まずくなる。



「なんだよ。じゃねぇよ! 自分の母親と大切な幼馴染の大事な話だよ! なんでそんな微妙に無関心なの?! 普通もっと聞きたがるでしょ!」

「いやまぁな? 確かに母さんの話はしっかり知っておきたい。でもさ、お母さんの事を知るためとは言え、お前が苦しむのは嫌だな〜と思って……」

「お、おう……。なんだか……改めてそう言われると恥ずかしいな……」



 二ヘラっと笑い、悠香は体をクネクネと揺らす。……ほんとにコイツ不安感じてんのか? なんかすげぇいつも通りみたいな……。



「悪かったな。悠香」

「え? ちょっと何? 急に謝ってきちゃって」

「お前、いつも俺と話してるとき無理してただろ」

「……」



 さっきまでのテンションはどこへやら、悠香は押し黙る。


 考えてみれば当然だった。悠香は母さんを殺したと思うような経験をしている。母親を殺した相手と話す。そんな状況になって何も感じないわけが無い。


 多分、普段悠香が俺に見せる姿は、その罪悪感を隠すための物なのだろう。


 だが、その罪悪感は隠しているだけで、消えたわけじゃない。ずっと悠香の中で蓄積していき、今回の一件で爆発した。俺は答え合わせをするように、悠香に問いかける。



「お前と知り合ってから十三年か? お前はずっと俺のそばに居た。だけど、今のお前になったのは母さんが死んでからだ。ずっとずっとず〜っと。お前は俺から本心を隠してきたんじゃないのか?」

「そ、そんな訳……私、スグ兄とずっと一緒だったよ? この十年間。なのにその間、ずっと本心を隠してたって言うの? そんなの、無理に決まってるじゃん!」

「じゃあなんで暴走が収まらない? お前のさっきの態度はここ十年間とほとんど変わってない。それなのに”これ”が続いているってことは、お前が何かしら強い感情を抱いているって証拠だ」

「……」



 俺の言葉に、悠香は返事をしない。黙って聞き入っている、だけど、俺は話を続ける。



「頼む。もうこれ以上隠し事をするのは止めてくれ。もしお前が辛いってんのなら、俺は全力でお前の力になりたい」



 話しながら、悠香を真っ直ぐに見据える。



「あ〜あ……バレちゃったか〜」



 諦めたように悠香は天を見上げる。その声は、なんだか軽かった。



「ねぇ、スグ兄?」

「……なんだ?」



 俺は、悠香の言葉にショックを受けながらも、その事を悟られないように返す。



「少し、聞いてくれる?」

「ああ」

「私ね、今スグ兄と話してる時、無理してるって言ったでしょ?」

「……」

「でもね、ずっと苦しかった訳じゃないの。もちろん、スグ兄と一緒に遊んでて楽しいって心の底から思うときもあったし、一緒に居るだけで落ち着くって時もあったの。だけどね、そういう感情を抱いた時に私の中で声が響くの。『なんで笑っている? お前が心の底から笑うことなんて一生許されない。ひたすらに、ただひたすらに罪を償え』って」



 ……何も言えなかった。俺がなんにも考えずに過ごしている間も、悠香は俺の母さんを殺してしまったというトラウマに苦しめられていたのだ。



「スグ兄? 私、ずっと耐えてきたよ? ず〜っと、ず〜っとなんとかならないかって考えながら。ねぇ? 私はどうすれば良いのかな?」



 悠香は目尻に涙をためながら、俺に訴えかけてくる。


 ああ。俺はなんて情けないのだろうか。何が世話になっただ。何が恩を返すだ。逆に俺がアイツを傷つけて、それに十年も気づかなかった。そんな自分に嫌気がさす。



「……」



 だが、自分に嫌気がさしたからと言って、何か名案が思いつく訳ではない。悠香は十年間、どうにかしようと考え、それでも解決に至っていないのだ。当然、ついさっきその事実を知った俺が答えられるはずもなく、黙り込んでしまう。すると、悠香は困ったように笑いながら−−



「……そうだよね! 急にこんな事言われたって困るよね! ……ごめんね! 意地悪なこと……言っちゃって……」



 と涙を拭きながら謝罪をしてくる。……そんな顔を見て、俺は黙っていられなかった。



「……る」

「えっ?」

「どうにかしてやる! お前がもうトラウマのことなんて気にしなくて良くなるようにしてやる!」



 俺の口から、なんの偽りも、打算も無い言葉が突いて出る。



「……どうやって?」

「それは分からん! 今から考える!」

「なにそれ……。そんな無責任な事言って……信じられる訳ないじゃん!」

「十年間お前のトラウマに気付けなかった俺を信じられないのは分かるッ! だけど、必ずお前がまた心の底から笑えられるようになる方法を探し出してやるッ! お前のためになんでもやってやるッ! だから……今回だけでも良い。俺の事を信じてくれないか?」



 まっすぐ、悠香を見据えながら、俺は説得する。すると−−



「スグ兄? 今日、家に泊まりに行っても良い?」

「あ、ああ! もちろんだ!」

「ふふっ! もう……しょうがないな〜! そんなに必死に頼み込まれたら断れないじゃん」



 ブンブンと首を縦に振ると、悠香は朗らかに笑う。



「じゃ、じゃあ……」

「うん。良いよ。信じてあげる。スグ兄と私との今までの……」

「うおっと!」



 言葉の途中で、悠香が糸の切れたように倒れ込んでくる。


 気がついたら、右腕のオーラは綺麗サッパリなくなっており、周りの氷も動きを止めていた。


 どうやら悠香の魂が限界を超えてしまったらしい。



「はぁ……」



 思わずため息。どうせコイツのことだから、時間が経てば勝手に治るとでも思ってたんだろうが……。



「俺が気づかなかったらどうするつもりだったんだよ……」



 ……いつもこんな風に自分の辛い所を隠してきたのだろうか。だとしたら俺は……



「ってこんな事今考えるな!」



 自分の頬をペチンと叩く。ネガティブな事を考えるのは後だ。まずはコイツを治さないと……。



「ふぅ……」



 悠香の暴走は一応止まった。だが、一応だ。またさっきみたいに精神が不安定になってしまえば、簡単に暴走してしまう。


 だから、コイツの心力を取り除く。少なくとも、湯ノ花に渡された心力だけは絶対に。出来れば、時間を巻き戻す心力も一緒に。


 そのためには、悠香の魂がダメージを受ける必要がある。


 だから、俺がそれをする。ナナシがあの電撃使いの男にやったように。俺が、安倍晴明にやったように。


 正直怖い。俺の電撃は魂の適正が高いおかげもあってか、威力が高い。そして悠香の魂は、さっきまでの暴走のおかげで弱ってしまっている。


 それだけ力の差があれば、悠香は簡単に死んでしまう。


 だから、俺は出来るだけ電撃の威力を弱めてからコイツに当てる。



(それでも、威力をミスれば殺すことになるんだけどな……)



 だけど、ここで放置していたらまた悠香が暴走してしまう。もう大分疲弊している悠香の魂だ。ここで暴走してしまったら今度こそ死んでしまう。つまり、俺がやるしかないのだ。



「ふぅ……」



 再び自分の緊張をほぐすために深呼吸。そして、指先に電撃を溜める。出来るだけ弱く、弱くなるように。



(もっと弱くだ。もっと……!)



 指先の光が、見えないほど薄くなる。そしてそれを悠香に向かって放つ!



「ッ!」



 一瞬、悠香の体がビクンと跳ねる。


 慌てて駆け寄り、呼吸を確認。



「はぁ〜!」



 その胸が上下しているのを見てようやく大きく息を吐く。


 よかった……。上手くいった……!


 そんな俺の視界の端に、青い宝石がチラッと写る。心像だ。どうやら今回は心像が出てきたらしい。それを握って砕くと、青い光が俺の中に入ってくる。


 同時に、久しぶりの感覚。頭の中で心力の使い方が不思議と分かる。だが、今回は前回と別の物も俺の中に入り込んできた。



「まじかよ……」



 それは悠香の魂だった。大きな罪悪感と不安、後悔や諦観といった風な様々な感情、そして俺の母さんに関する記憶が流れ込んできて、気分が悪くなる。



(コイツは十年間もこれに耐えてたのか……)

「絶対に助けてやるからな。待ってろよ」



 静まり返った氷の中で、そんな決意を一人呟く。溶けかかる氷は、未だ刺すような冷たさだった。

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