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第二十二話 尋問

「さて……これで全員だな。後は情報を引き出すだけか」

「う……ぐ……」


 晴明は空中から落ちる日ノ神を受け止め、一段落するように息をつく。すると、晴明の右腕に口が生える。


「よくやった。晴明。もう戻って良いぞ」

「幸い、俺は今気分がいい。俺が代わりにやっておこう」

「いいのか? 何をやってもお前に自由を与えるつもりは無いぞ?」


 無駄に素直な晴明に、ナナシは疑うように問いかける。


「そう勘繰るな。こちらにも少し聞きたいことがあるだけだ。特に対価は求めないさ」

「そうか。まぁ一応、俺もこのまま見守るとしよう」

「好きにしろ」


 二人の話が終わると、晴明は日ノ神の首を掴み強く揺さぶる。


「おい、起きろ。俺を待たせるつもりなのか?」

「う……あ……」


 苦しそうにうめき声を上げながら、日ノ神はうっすらと目を開ける。


「起きたか? それでは早速聞いていくとしよう。例の男について知ってることを全て話せ。もし断るというのなら、腕の一本くらいは覚悟してもらうぞ?」

「最初から言ってるだろ。俺は何も知らない。喋るつもりも――ッ!」


 再び抵抗のために炎を右手に纏おうとする日ノ神、しかし心力を発動した瞬間日ノ神の顔が苦悶に歪む。


「無駄だ。無理矢理進化した心力を使ったんだ。魂が消耗して普通の心力ですら使うこともままならないぞ。それで? 話すのか? 話さないのか?」

「……チッ! 話すっつってもそもそもそんなに知らねぇんだよ……。ゴホッ、ゴホッ! 勝手に近づいてきただけだからな」


 観念したように日ノ神は話し始める。


「それで? そいつらは今どこにいる?」

「知らねぇ。殺したら急に崩れやがった。ババァに聞いたらなんかの心力だとよ」

「さっきから言ってるそのババァっていうのは誰だ?」


 質問を続ける晴明にナナシが割り入って質問する。


「……ババァはババァだ。時々俺に会いに来るが、それ以外は何してんのかサッパリだ」

「嘘だな。腕は要らなくなったか? さっさと吐け」


 少しの間の後に答える日ノ神だったが、それを晴明が即座に嘘だと見抜く。晴明が再び脅すが、日ノ神は黙り込んでしまう。


「……」

「沈黙が回答か? ならその腕をいただくぞ?」

「う……グッ……!」



 晴明は腕を強く握り、引きちぎろうとする。


「本当に言わないのか? それとも片腕だけの生活でも望んでいるのか?」

「あ……がぁ……!」

「止めなさい。晴明。そんな年下をいたぶるなんて可愛そうじゃない。それとも、あなたにそんな情はなかったかしら?」

「?」


 日ノ神の腕がちぎられる寸前、晴明を小馬鹿にするような女の声が晴明とナナシの元に届いた。声がした方向には、一人の女性が立っている。しかし、そのシルエットは黒くぼやけた影に覆われており、髪型、顔の輪郭、表情等は何も分からない。


「……お前か」

「あら酷い。あなたの依代を見繕ってあげたのは私よ? 少しくらい感謝の言葉があっても良いんじゃないかしら?」

「戯言を述べるな。あのような下郎の魂を依代にした所で暴走を免れないのは分かっていただろう」

「ウフフフフ……」


 その正体を見抜いた晴明は、忌々しそうに女と会話をする。しかしナナシにはその正体が全く掴めない。


「おい、晴明コイツは――」

「ちょ〜っと黙ってて貰うわね。せっかくの千年ぶりの友人との会話だもの。邪魔されるのも嫌だし」

「俺とお前が? ハッ! 笑わせるな。俺を千年もの間封印していた癖によくそんな事言えるな?」



 ナナシが晴明に話を聞こうとした瞬間、その口が女により消失させられる。その理由を聞いた晴明は信じられないと言ったふうに笑い飛ばす。


「それで? めったに姿を現さないお前が何故ここに来た?」

「あら……分からない? 三人を助けに来たのよ。あなたが全員倒しちゃったから。というわけで、禍津を返してもらえるかしら?」

「なるほど……お前の目的はコイツというわけか」


 いかにも面倒くさそうに日ノ神を見る晴明。その声には呆れが含まれていた。そして女は自慢をするように話す。


「そうよ? 凄いでしょ? その子」

「ああ。お前が大事にする理由もよく分かる」

「ええ。大事にしてるの。だから、さっさと返して頂戴?」

「もし断る、と言ったら?」

「もちろん……」


 晴明は不敵な笑みを浮かべながらはっきりと拒否の言葉を述べる。それを見た女は面白い物でも見たかのようにニヤリと笑いこう言い放つ。


「力ずくで、返してもらうわ」


 瞬間、黒い影に覆われた女の体により一層黒い文様が刻まれ、その姿がかき消える。


「ッ!」

「全く……まだ本調子じゃないって言うのに、変な手間掛けさせないで欲しいわ……」

「遅ぇよ……バ……バァ……」


 晴明が全く反応できないほどの速度。それを利用し女は一瞬で日ノ神を奪い取る。そして、助けてもらったにも関わらず悪態をつく日ノ神に向かって小さなため息を一つ。


「あなたも相変わらず酷いわね……。今は25歳の体なのよ? いや……26だったかしら? とにかく、ババァって年齢じゃないわよ」

「話し方が……ババァ臭いんだよ……」

「あら酷い。私、悲しくて涙が出ちゃいそうだわ」

「……」


 影のせいで表情が見えないにもかかわらず、悲しいとは全く思っていないと分かる女の声色に日ノ神は呆れたように押し黙る。


「まぁ良いわ。それだけ文句も言えるなら大丈夫そうね。それにしても可哀想に……これだけ魂が弱ると、心力もまともに使えないでしょう? 酷いことをするのね。晴明は」

「そっちが襲ってきたんだ。殺さなかっただけありがたいと思え」

「それもそうね。禍津。あなたも感謝しておきなさい?」


 嫌に素直に女は晴明の言葉を肯定する。しかし日ノ神は苦しそうに息を吐きながらも恨みのこもった声で答える。


「する……か……。次に会った時には……必ず……殺してやる……! ゴホッ、ゴホッ!」

「はいはい。ただ……まだあなたにその力は無いから、ちゃんと成長してからね? 分かった?」

「……」

「不満なの? 相変わらず我儘ね。まあ良いわ。もう特にやることもないし帰るとするわ。それじゃあね。またどこかで会いましょう?」


 納得していない表情を浮かべる日ノ神に呆れを見せる女は、すぐ近くで意識の無くなっている二人を掴む。すると、紫色の火花が舞いそこから空間に穴が開く。その先は、今の路地裏では無いどこかへと繋がっている。女がそれに足を踏み入れたとき、晴明の体から消失していたナナシの口が再び生える。


「待てっ!」

「あら、もう起きたの? いくら魂が強いと言っても晴明を降ろしている状態でそこまで出来るなんて……意外とやるのね」

「そんな事はどうでもいい。お前は何者だ」

「答えるわけ無いじゃない。それがばれないために認識阻害の心力を使っているんだから。ま、いずれ分かるわよ。あなたがその時まで死ななければね? じゃ、今度こそさようなら」


 ネットリとした話し方でナナシの神経を逆撫でながら、女は穴を通り、そのまま姿を消した。逃げられた。そう感じたナナシは晴明に憤慨する。


「何故追わなかった? あいつらを生け捕りにするという契約のはずだろう?」

「無理だ」

「なんだと?」

「俺があの小僧を奪われたとき、アイツは俺の四肢をもぎ、体の中心に穴を開けた。それも俺の反応以上の速度でだ。そんな奴に勝てると思うか?」

「……」


 ナナシどころか、晴明ですら捉えることのできない程異次元のスピード。その恐ろしさにナナシは思わず絶句する。


「アイツは……何者なんだ?」

「さぁな。千年前、俺が怨霊となって依代の体を使って自由にしていたとき、あの女は現れた。アイツは俺の依代の魂を破壊し、俺を呼び出す心力を手に入れた。それだけだ。千年間俺が開放されることも無かったから、その間何をしていたのかも知らない。もう戻るぞ。あの女の話をするのは不愉快だ」

「……ああ。まぁ、出来ない事は仕方がない。契約は履行するとしよう」

「当然だ」


 最後に負けたことがよほど悔しいのか、晴明は不機嫌そうな声を発しながら魂を優に返した。肉体を優のものへと変換するため、辺りがまばゆい光で包まれる。

 こうして、千年以上を生きている者同士の戦いは幕を閉じた。






「おい、スグル。起きろ。終わったぞ」

「んあ? ああ……。ナナシか……。うおっと……」


 ナナシに声を掛けられ、意識が覚醒する。どうやら眠っていたようだ。少しの間の記憶がない。俺は体を起こし立ち上がろうとするが、その途中で体が急激に重くなり、再びその場に座り込む。


「悪い、少し魂を使いすぎたみたいだ。倦怠感があるだろう?」

「ああ……そういう事か……。ま、動けなくは無いから気にしなくていいぞ。……それで、日ノ神達は?」


 俺は辺りを見回したが、日ノ神たちの姿は見られない。すると、ナナシは気まずそうな声になる。


「悪い……。逃げられた」

「……マジで?」

「ああ、マジだ。一応情報は粗方聞き出せたんだが……その後に逃げられた。日ノ神が言ってたババァって奴のせいでな」


 ナナシは苦虫を潰したような声で報告する。


「その……ババァって何者だったんだ? 結局」

「分からん。そいつが言っていたから真偽は分からんが、認識阻害の心力を使っていたらしい」

「あ〜じゃあ、そのババァについては情報ほとんどナシってわけか」

「いや、そうでもない。晴明が色々引き出してくれた」

「ん? 晴明?」


 俺は思わず聞き返す。晴明って……安倍晴明のことだよな?


「そうだ。心力を模倣しておいたからな。さっき試しに使ってみた」

「どうだった?」

「お前の魂と相まって大分強い心力に仕上がっているな。相性にもよるだろうが、単純な能力を持つ相手になら俺よりも有利を取れるだろう。ただ……性格がかなり悪い。アイツを自由にすると逆にこっちが全滅する危険性がある。使う時は気をつけないとな」 

「怖っ……。大丈夫なのか? それ」


 サラリと言ってのけるナナシの言葉に思わず震え上がる。自分の力で全滅するなんて洒落にならない。

 

「ああ。俺の意識が万全のときに出せば問題は無いはずだ。そこまで気にしなくていい」

「ならいいけど……。ってそうじゃなくって、例のババァの情報って?」


 思わず晴明の方に話題が引っ張られてしまったが、今重要なのはどちらかと言うとその晴明を軽くいなした『ババァ』の存在だ。


「肉体の年齢は25か6。千年前に心力によって怨霊としてこの世に顕現した晴明を倒し、手中に収めていた。それを日ノ神に渡した結果、あの怨霊発火事件が起こったって訳だ」

「なるほど……」


 それで日ノ神が怨霊を使って色々被害を起こそうと思っていた所を俺によって止められた事で、逆恨みされてしまったって訳だ。そう理解した所で、俺は一つの疑問が浮かぶ。


「今思ったんだけど、アイツはどうやって心力を暴走させたんだ?」


 例え安倍晴明の心力が強力なもので魂が弱い者が持ったら暴走するものだとしても、日ノ神がその心力を持っているのならどうにかして他人に渡さなければいけない。日ノ神はどうやってそれをやったのだろうか?


「簡単だ。心像を暴走させたいやつに握らせて、そのまま砕く。そうすれば心力は砕いた者に無理矢理渡される」

「え? そんなことでいいのか?」

「そんなことでいいから厄介なんだ。心力を持った者が暴走するかはそいつの魂次第だが、暴走すればそいつは敵になる。二百年前も何回かそれで煮え湯を飲まされた」


 うんざりとした声で答えてくれるナナシ。仲間が敵になりそれを倒さなければいけない。確かにそれは精神的にキツイものがあるだろう。


「特に、ユウカ、ミチルは気をつけろよ。あの二人は魂の適正がそれほど高くない。心力によっては普通に暴走するぞ」

「……ああ。分かった」


 悠香は当然として、添木父にもそんなことにはなってほしくはない。親が居なくなる悲しみを俺はよく知っている。だから、それを添木に知って欲しくはなかった。


「けど……それってどうやって対策するんだ?」

「暴走すること自体を止めることは不可能だ。だから、暴走した後にその暴走を抑える」

「抑える?」


 覚悟は決めたもののどうやって止めれば良いのかが分からない。そう思った俺はナナシに質問すると、意外な答えが返ってきた。


「ああ。主に方法は二つ。一つは魂に影響を与えるタイプの心力で気絶させ、心力を使えないようにする。こっちはつい最近やったな」


 おそらく安倍晴明の時のことだろう。怨霊を倒すってだけじゃなく、暴走自体を止めるって目的もあったのか。


「なるほど。心力が使えなくなれば、暴走もしないと」

「そのとおりだ。ただ、暴走している時は魂が不安定だ。気絶したときのショックでそのまま魂が完全に破壊される可能性がある。だから、基本的にはもう一つの方法を取りたい」

「は!? それってあの時……」

「安心しろ。怨霊は宿った者の魂を最大限引き出し、ある程度安定させてくれる、気絶する程度に傷つけられたくらいでは死なん」

「そ、そうか……。よかった……」


 慌てる俺を落ち着かせるよう解説してくれるナナシの話を聞き、一安心。人の命に手をかけるようなことは未遂であってもやりたくない。


「それで……話を戻すが……前に心力は感情が強く揺れることで進化を促すって話はしたよな?」

「ん? ああ。したな。強い感情は魂に影響を与えるとかなんとか」

「そうだ。だが、強い感情が心力を強くするように、感情が落ち着くと、心力は弱くなる。そうして暴走した奴が心力を扱える程度に心力を弱らせれば、暴走は止まる。いいか? 暴走中は基本正気じゃない。だが、驚かせて正気に戻せばそのまま落ち着くことが多い。そのための言葉、行動を的確に選ぶことが大切だ。これは俺よりも親しいお前やリアの方が向いている。分かったな?」


 嫌に真剣な声で俺に念を押すナナシ。それに俺ははっきりと答える。


「ああ。もし暴走した時は任せてくれ」

「頼んだぞ」

「よし! それじゃあ皆のところに向かうか」


 気を取り直して立ち上がる。話している間に随分回復したようだ。先程のように体が重くなることもない。すると、ナナシが情けない声を上げる。


「少し気まずいな……。思わぬ増援が来たとは言え、みすみす敵を全員逃してしまった」

「大丈夫だろ。情報はある程度引き出せたんだろ?」

「そうだが……」

「なら大丈夫だって。誰も死ななかったんだから責められるようなことは無いって」

「そうだといいが……」


 思わぬ強敵に、大切な人が暴走させられる危険性。考え出すと不安要素は山程あるが、それでも今は皆で生きて帰れることを喜ぼう。

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