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満ちゆく月 2

 レオナルドが回復していることに、ルーナは恐怖を覚えた。

 自分の魔力感知は、間違っていたのだ。

 下級魔術師程度の力では、治癒の魔術など使えるはずがない。

 レオナルドは、もっと大きな力を持っている。

 

「本当は、死んだ振りをして、やり過ごそうかと思ったのだけれどね」

 

 レオナルドの視線が、ルーナに向けられた。

 すぐに、サッとユージーンの体が、目の前に現れる。

 視界を遮ってくれたのだ。

 

「まだ諦めておらんのか」

「彼女は、僕のお気に入りだ。もう選んでしまっているんだよ」

「このド変態め」

 

 一瞬、ん?と思ったが、言葉に引っ掛かっている場合ではなかった。

 ルーナは、無意識に、それを「スルー」する。

 

遺滓(いし)は、あとで、また集めればいいさ。こちらの力は、本当は使いたくなかったけど、しかたがない」

 

 遺滓とは、魔力持ちが死んだあとに遺る魔力のことだ。

 目には見えないが、漂っているらしい。

 

(長くは()たないはずなのに……そっか! それで、ジーンは私がここにいるってわかったのね!)

 

 さっき、ユージーンは「王宮魔術師が術をかけている」と言っていた。

 レスター・フェノインを、幽閉し続けるためだったようだが、その術がかかっているため、遺滓が消えずに遺されているのだろう。

 魔力持ちの隔離施設は、ここだけではない。

 けれど、そうした特殊な場所は、ここしかない。

 

「お前には、まだ魔力が残されているのだろ?」

「あなたの弟、現国王陛下から与えられている……いや、与えられていた魔力を、僕は、長く()めておいたんだ。あなたの言うように、僕の器は大きいからね」

「その魔力を使わず、遺滓で賄うとは、吝嗇家(りんしょくか)だな」

「おかげで、こうして生きていられるわけさ」

 

 魔術に長けていないルーナには、どのような手段を用いているのかは不明。

 だが、レオナルドが、遺滓を取り込んでいたことはわかる。

 それを、本来の魔力の代用としていたに違いない。

 

「倒れている間に“ちゃんと”考えたよ」

 

 レオナルドの周囲の空気が、変わっていた。

 魔力抑制を解いたらしく、その力の大きさが伝わってくる。

 とても「下級魔術師程度」とは言えないものだ。

 

「あなたは、僕の動作を見切っていた。だから、避けられた。どうかな?」

 

 ユージーンは、返事をしない。

 それが、返事だった。

 

「気づいてしまえば、簡単だよなぁ。だって、あなたは魔術が使えない。そうするしか手なんてないじゃないか」

 

 おそらく、レオナルドの推測は正しい。

 ユージーンの動きが速かったため、見切っているとは思わなかっただけだ。

 ユージーンは、攻撃魔術を見てはいない。

 発動の動作から、どこにどの種類の攻撃が来るのかを見切っていた。

 だから、()けられたのだ。

 

「これからは、遺滓でやりくりしなくちゃならないなんて、本当に腹立たしいよ」

「この城に、生涯、閉じこもっておればよかろう」

「そうはいかないね。僕は、レスターと同じ嗜好を持っていて、そこの赤毛をどうしても諦められない」

 

 レオナルドは、なぜかルーナに執着している。

 やはり、ユージーンが来る前に、命を差し出すべきだったのかもしれない。

 余裕を取り戻しているレオナルドの様子に、嫌な感じがする。

 ユージーンの動きを、今度は、レオナルドが見切っているのだ。

 

「遺滓程度では、中級の魔術がいいところだったから、さっきは風と炎を使った。でも、僕には、もうひとつ、大技が使える」

「無属性、であろう」

「あなたって、本当に頭がいいんだね。僕と同じくらい? それはない。僕よりは下だ。そこまで、わかっているなら、逃げればよかったのに、逃げなかったのは、愚かだ」

 

 レオナルドは、また誰に言っているのかわからない話しかたをしていた。

 自己陶酔している。

 きっと、自分と、自分の「嗜好」以外に、興味がないのだ。

 

「もとより、逃げる気などない。決闘を申し込んでおいて、逃げるなど、ありえんからな。俺は“あの2人”とは違うぞ」

 

 急に、ものすごく恐くなってきた。

 嫌な感じが、まとわりついてきて、離れずにいる。

 ユージーンの背に抱き着き、安全な王宮に帰ろう、と言いたかった。

 

 が、ユージーンは逃げない。

 

 レオナルドとカタをつけるつもりでいる。

 こんな危険な人物を、野放しにするなんて、できっこない。

 きっと、最初から、そういう心づもりだったのだ。

 

「あなたを穴だらけにしてから、僕は、ゆっくりと楽しむよ」

 

 無属性の魔術も、いくつかある。

 が、魔力消費の大きい大技が多かった。

 レオナルドにしても、それで決めなければ、勝機はないと悟っている。

 確実に、ユージーンを殺す気だ。

 

 ルーナの中に、知識が落ちてくる。

 やはり、ジークの受け売り。

 

 『無属性っていや、鉛球のやつだな。あれを使われると、避けらんねえ。すげえ数が飛んでくるらしいぜ? まぁ、父上なら簡単に融かしちまうけどサ』

 

 穴だらけ。

 

 レイモンドの言葉からも、使われる魔術が、それだとわかった。 

 体が、ガタガタと震える。

 命の恐怖ではなく、失う恐怖を感じていた。

 

 転移で逃げることもできず、助けを呼んでも間に合いそうにない。

 魔術が使えても、レオナルドに対峙できるほどではない自分は役立たず。

 ジークでさえ「避けられない」と言っている。

 それほどの魔術を前にしているのだ。

 

 ユージーンは、魔術が使えないのに。

 

 剣では、到底、防げない。

 発動の動作を見切っていても、避けるどころか、一瞬で終わってしまう。

 

「もう遺滓は残っておらんか」

「それでも、無駄ではなかったよ。あなたの、やり口がわかったからね」

「そうか? 俺は、無駄遣いをした愚か者だと思っているがな」

「愚か……? 僕が?」

「お前は、己の意思で使ったのではない」

 

 ルーナの不安とは裏腹に、ユージーンは、ひどく落ち着いていた。

 口調には、いっさいの迷いがない。

 

「俺が、使わせたのだ」

 

 レオナルドの動きは、見えなかった。

 ユージーンの声だけが聞こえた。

 

「ユージーン・ガルベリーを始として命ず。魔術師サイラスの誇りを示せ」


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