満ちゆく月 3
ユージーンが、ロケットの中に刻んだ言葉だった。
それを、口にした瞬間だ。
魔術の使えないユージーンにもわかるほどの、うねり。
それが、地下室にも渦巻いている。
みるみるうちに、レオナルドの顔色が蒼褪めていった。
感情からではない。
レオナルドには、なにが起きているのか、わからないはずだからだ。
ユージーンは、レオナルドの魔力量が、ジークの言っていた「下級魔術師程度」だとは、思わずにいた。
むしろ、その食い違いから、遺滓との併用を理屈づけている。
そのため、先に遺滓を使わせたのだ。
魔力が混在していると、ロケットに宿る力が、うまく働かない。
経験則から、それを知っていた。
急速な魔力の吸い上げ。
すべての王宮魔術師から、魔力を取り上げる力だ。
ザカリーは、魔力供給の停止はできる。
分配しているのだから、当然だ。
が、1度、与えた魔力を取り上げることは、できない。
(それもまた、危うきことであったのだ)
大公が、ユージーンのネックレスに「おまけ」をつけた意味を悟る。
レオナルドのように魔力を蓄積させ、邪な目的に使おうとする者もいるのだ。
中には、レオナルドより、さらに大きな器を持つ者もいる。
現実に、ユージーンは「そういう者」がいると知っていた。
ガルベリーの先祖が、契約で縛ったのも、危険を排除しつつ、魔術師を使うためだった。
ユージーンは与えるだけ、ザカリーは分配するだけ。
これでは、悪意のある魔術師に対抗できなくなる。
今はともかく、将来的には。
ぱた…と、レオナルドが膝を折り、床に倒れた。
死んではいないだろうが、今度は、起き上がれないはずだ。
魔力を蓄えていたのが、仇になっている。
魔力の「引き剥がし」には、命の危険すら伴うほど、体に負荷がかかるのだ。
それが、一気に行われたのだから、相当な打撃をこうむっているだろう。
「ぐ……っ……」
ユージーンの喉から、呻き声がもれた。
吐き気ともつかない気分の悪さに、見舞われている。
思わず、口元を押さえた。
その手が、ぬるりと滑る。
「ジーンッ!!」
気づかなかったが、ユージーンも膝を折っていた。
ゆっくりと、横倒しに、体が床に転がる。
立て続けに咳き込んだ。
そのたびに、なにかが飛び散る。
手を見て、その「なにか」が、何か、わかった。
血だ。
押し潰されそうなくらいに、体に圧力がかかっている。
内側から、壊れていくような感覚があった。
(まるでジャガイモだな……サラダに付け合わせの……)
ローエルハイドで芋の皮剥きから昇格し、専用の道具でジャガイモを潰して付け合わせを作っていたのを思い出す。
ジャガイモは、ボウルから逃げ出したりはせず、押し潰されていた。
ユージーンも身動きできなくなっている。
『きみは馬鹿ではないが、とびきり間が抜けているからねえ』
こういう時、なぜか、いつも大公の声が聞こえるのだ。
が、それで気づくことも多い。
(そうか……俺のほうへ魔力が……戻されているのだな……)
そもそも、ユージーンが、王宮魔術師に魔力を与えている。
取り上げた魔力が、ユージーンの元に戻るのは、自然な流れだ。
とはいえ、やはりユージーンは魔術師ではないので、そこまでの考えには至っていなかった。
ユージーンには「器」がない。
直接に、その身で魔力を受け止めることになる。
対処するすべもないのに、魔力暴走に晒されているようなものだ。
「ジーン!! どうしたのっ?! どうして、こんな……っ……」
ルーナの声が聞こえる。
うっすらと、ぼやけた視界の中、ルーナが近くで跪いているのがわかった。
ユージーンの口元を、必死でぬぐっているようだ。
(案ずるな……俺は、死にはせぬ……)
なにしろ、まだルーナに「告白」をしていない。
未練だって、たらたらだ。
このまま、死ぬわけにはいかなかった。
けれど、どうにも具合が悪い。
体が、まったく動かないし、言葉すら出せずにいる。
以前、光の矢で串刺しにされたことがあったが、その時には、まだ動けたのだ。
次第に、寒さを覚えるようになってきてもいる。
(いかんな……俺は、死ぬのであろうか……)
死んでもかまわない、と思ったことはあった。
さりとて、死ぬ、と思ったことはない。
これほど、死が間近に迫ったのを感じるのは、初めてだ。
「嫌! 嫌! ジーンっ!! ダメ!! 私を置いてかないでっ!!」
ルーナが、泣いている。
大泣きだ。
(……案ずるな……死には、せぬさ……ルーナ……)
ルーナが、ユージーンの体に縋りついて泣いている。
抱きしめて安心させてやりたいのに、できなかった。
「嫌……嫌よ……ジーン……1人にしないで……お願い……お願い……」
ユージーンは、途切れかけている意識をかき集める。
自分は、死ぬわけにはいかないのだ。
ルーナを置いては逝けない。
泣かせっぱなしにはしておけない。
(泣くな……泣くでない、ルーナ……)
かき集めた意識で、なんとか手を動かす。
ルーナの頬に、その手をふれさせた。
暖かい涙で、しっとりと濡れていく。
(泣いては、いかん……俺は、今……高い高いを、して、やれんのだ……)
ルーナに初めて「高い高い」をした際、彼女は、きゃっきゃっと笑った。
その姿に胸が暖かくなり、嬉しくなったのを覚えている。
それから、ずっと、ユージーンが、ルーナを泣き止ませてきた。
自分は、とっくに、彼女に、つかまっていたのかもしれない。
あの日、髪を引っ掴まれた時にはもう。
(ルーナ……お前を……)
好きなのだ、と告げたかった。
けれど、心の中でさえ、その言葉を言うことはできなかった。
完全に、意識が混濁していたからだ。
ユージーンの目が閉じていく。
最後に見えたのは、ルーナの無心で両腕を伸ばしてくる姿、だった。




