単純明快 2
「それでね、レニーが言うには……」
ユージーンは、聞くともなしに、ルーナの話を聞いている。
こんなことは、3歳の、しかも最初の頃以来だ。
ユージーンが話を聞いていないと察するや、ルーナが泣くので、ユージーンは、ルーナの話を「ちゃんと」聞くようにしていた。
それが、3歳の幼児の意味不明な話であっても。
が、今のルーナは、泣かない。
それどころか、ユージーンが話を「ちゃんと」聞いていないことにも、気づいていないようだ。
あたかも、ユージーンになんて関心がないと言わんばかりの態度。
非常に落ち込む。
気分が、良くないほうの底の底まで、めり込んでいる。
(俺は、また“ふられた”らしい……大公め、俺に、好いた女に好いてもらえん呪いでもかけているのではなかろうな)
大公にまで八つ当たりする始末だ。
大公が、そんな「親切」をするはずがない、と知っているのに。
「そうだ」
ふっと、頭に浮かんだことを口にする。
けして、嫉妬心からではない。
単純に思ったのだ。
「奴の兄が死ななかった場合は、どうするのだ?」
「ジーンってば、嫌なこと言うのね」
がーん。
ルーナに「ふられた」と思い込んでいるユージーンに、さらなる追い打ち。
あまりのそっけなさに、頭がぐらぐらする。
本当に、倒れるかもしれない。
執務室で良かった。
座っていて良かった。
これで倒れたりしたら、みっともないにもほどがある。
せめて「育ての親」としての尊厳くらいは保っておきたかった。
ささやかな慰めとして。
「しかし、考えておかねばならんだろ? 奴の兄が健在となり、奴が王宮魔術師に戻ったらどうする? 魔術師は、基本的に婚姻はできんのだぞ」
「ちゃんと考えてくれてるから、ご心配なく」
うう…と呻きそうになるのを、必死で堪える。
育ての親としての尊厳すらも失いそうだ。
心配すら必要ない、と言われている。
「どう考えているというのだ。半端なことでは……」
「家を継がなくて良くなっても、王宮魔術師には戻らないんだって。元々、レニーは、学者になりたかったわけだし」
「学者だと?」
「そうよ。古城学者」
ルーナは、自分のことのように誇らしげに語っていた。
ユージーンの気持ちは、地の底に落ちている。
また十年、いや、もっと長く立ち直れないかもしれない。
レティシアの時には、薄々、無理だと気づいていても、諦めなかった。
なのに、今回は、ほとんど諦めている。
ルーナは、レティシアとは違うからだ。
今までのルーナは、ユージーンしか知らずにいた。
初めて、ほかの男性を視界に入れている。
それは、外の世界を知った、ということでもあった。
広がった視野の中、ユージーンより好ましい相手を見つけたのだ。
つまり、ユージーンに対していだいていたのは、やはり「思慕」だった、ということにほかならない。
そもそも、ルーナは、自分に恋などしていなかった。
現実を突きつけられた気がして、眩暈に襲われる。
ユージーンのほうは、ルーナへの気持ちが「恋」だと気づいてしまったので。
「でね、今度、私も、一緒に旅行に……」
「なんだとっ?!」
倒れそうになっていたのも忘れ、ガタッと立ち上がった。
いくらなんでも、それはない。
なさ過ぎる。
「お前は、まだ婚姻前なのだぞ! 男と旅行なんぞに行くべきではなかろう!」
「そ、そういう旅行じゃないもん! お城を見に……」
「男女が一緒に旅行に行って、ただ城を見るだけだと本気で思っているのかっ? 世間知らずも大概にいたせ!」
ルーナが、びっくり目で、ユージーンを見ていた。
ユージーンも、しまった、と思った。
ルーナをこんなふうに叱り上げたのは、初めてだ。
しかも、かなり理不尽だった、との自覚がある。
おそらく不安だけではなく、嫉妬も交じっていたのだろう。
「世間知らず……」
「ルーナ、俺は、ただ……」
「心配してくれてる、でしょ? わかってる……でも……」
きゅっと、ルーナが顔をしかめる。
泣きそうな表情だった。
ユージーンは、ルーナを泣き止ませることにかけては得意。
高い高いをしてやれば、いつだって、ルーナは泣き止んだのだ、どんな時でも。
が、しかし、ルーナは泣かなかった。
泣きそうな顔のまま、怒鳴る。
「私を、世間知らずにしたのは、ジーンじゃないっ!」
言うなり、姿を消してしまった。
魔術の使えないユージーンは、後を追うこともできない。
ことん、とイスに腰を落とす。
やってしまった。
果てしなく、落ち込む。
底どころか、大陸の裏側まで落ちて行きそうなほど、落ち込む。
ルーナの言う通りだった。
彼女を、世間知らずにしたのは自分だ。
なんでも世話を焼き、嫌なこと、困ったことから遠ざけている。
外の世界を経験させず、2人きりの世界に閉じ込めていた。
守り過ぎたのだ。
結果、ルーナは、世間知らずに育っている。
反抗することもなく、物事を斜めに見ることもなく、とてもまっすぐに。
「俺はもう……口を差し挟む資格などないのだな」
ルーナは、大人になってしまった。
ユージーンが恋をするほど、魅力的な女性に成長を遂げている。
飛び立つ「雛」を、無理に籠に押し込めることはできない。
彼女に「育ての親」は、必要ないのだ。
「どうも、好いた女ほど怒らせるのが、俺の性分らしい」
静かな室内には、馴染みがなくなっている。
この13年、部屋にはルーナがいたので、ユージーンは、ほとんど1人になったことがなかったのだ。
ルーナの声が響かない室内は、どうにも居心地が悪かった。




