覚悟を決めたら 4
王の器ではない。
大公に言われた言葉だ。
ユージーンは、その言葉に納得している。
していなければ、性格上、しつこく食い下がっていた。
が、ユージーンは、納得しているのだ。
「俺は、王の器ではない」
言われた瞬間には、腹が立った。
ユージーンには「王」としての判断をしてきた、との自負がある。
そのために、側近さえも切り捨てたのだ。
育ての親であり、命の恩人であり、誰よりも信頼していた相手を。
その後も、着々と、自分の成すべきことをしている。
宰相になり、国を良くするための施策を、次々と打ち出していた。
字引きの編纂も、かなり進んでいる。
数年後には、この国の言葉も、一変するに違いない。
さりとて。
ユージーンは、大公に言われ、初めて気づいた。
それまで、考えもしなかったことだ。
「俺がしてきたことは、すべて目の前の小事であった」
大公に言われた通り、自惚れていた。
自分が国を変えていくのだと、自分が、この国の平和を保っていくのだと。
「愚かだ。俺は、己が、どれほど無力かを知っているというのに」
自分1人で、国を背負っている気になっていた。
それが、間違いだったのだと、気づいている。
ユージーン1人で成せることなど、ほんのわずか。
時が動くのと同じく、国も動いているのだ。
「百年後、千年後も、民が安心して暮らせる国で在り続けなければ意味がない」
国王とは、国の平和と安寧のための存在。
だが、国王にとっての国とはなにか。
民だ。
広い領地があっても、そこに住む民がいなければ、なにも育たない。
なにかが育っていたとしても、それを手にする者がいなければ、どこにも広がることはない。
ただ、そこに有る、というだけのものになる。
国は、国王の持ち物ではないのだ。
「国は、民が支えていると思ってはいた。だが、わずかに違う。民が形作るもの、それが国だ」
民の集合体、それが「国」と呼ばれているに過ぎない。
そして「国」を形成している民が必要とするから「王」が存在している。
「俺は、たった1人の王なのではない。俺の前にもいた。俺の後にも続く」
つまり、民が必要とする限り、王は存在し続ける、ということ。
であれば、ユージーンの人生は、長い時の流れで考えれば、一瞬にも等しい。
そもそも。
王太子であった頃、ユージーンはレティシアを国の抑止力として使おうと考えていた。
彼女は黒髪、黒眼だったため、大公と同じ力を、その身に宿していると、諸外国に信じ込ませられる。
それだけの理由で、正妃に迎えようとしていたのだ。
彼女との間にできた男子もまた黒髪、黒眼である可能性もあったし。
「だが、大公とて……人ならざる者ではあっても、人間ではある。いずれは死ぬ。俺とて同じだ。いずれ、死ぬ」
にもかかわらず、ロズウェルドは、長くガルベリーの血の力によって、国を維持してきた。
大公も含め、魔術師という存在だけで、諸外国を圧倒してきたのだ。
「なんという危うさであろうか。このような細い糸に縋っていたのでは、いずれにせよ、いつか国は亡ぶ」
百年後は、まだ存在しているかもしれない。
けれど、千年後は。
「事は、俺が子を成せばすむ、という話ではないのだ」
それでは、今までの繰り返しになる。
ガルベリーの直系男子が、1人も産まれなかった場合について、ユージーンは、1度も考えたことがなかった。
必ず「産まれるもの」として、勝手に想定していたに過ぎない。
「子が成せようが成せまいが、国を保つ手立てを考えておかねばならんのだ」
たとえガルベリーの血が失われ、魔術師がいなくなっても、千年後に、この国が在り続けられるよう、民が安心して暮らせるように考える。
それが「王としての器」なのだ。
己のことに終始していては、遠い未来を見据えることなどできない。
考えなければならないのは、自分が死んだあとだった。
それこそが、民に、真の「平和と安寧」をもたらす。
「俺は、愚かであった」
またしても、気づかず、遅きに失するところだ。
目先の「成すべきこと」など、本当には、どうでもよかったのに。
ユージーンは、私室に戻ってから、座りもせず、じっと立っていた。
が、ふっと息をつき、窓のほうへと向かう。
ガラス窓を開き、バルコニーに出た。
王宮の外では、雪が降っている季節。
それでも、王宮内では魔術師が温度の調節をしているため、肌寒さはない。
空には、きれいな月が出ていた。
明るく、ユージーンを照らしている。
「月……おとぎ話に出てくる月の女性名は、無数にある。ルーナとディアーナ……それを、かけあわせ、濁りを消した名だ」
髪を引っ張られたことで、この解説を最後まで口にすることはできなかった。
彼女の名は「月」を表している。
「ルーナティアーナ」
美しい名だと思った。
彼女は、その名に相応しい女性に育っている。
もともと相応しかったと思っているけれど、それはともかく。
「ルーナ、お前は正しかった。俺は、おたんこなすびだったのだ」
鈍間な出来損ない。
国はともかく、ルーナのことは遅きに失していた。
今さら気づいても遅いのだ。
以前、月を見上げた際には、それが希望の灯火に見えた。
が、今は、もの寂しく映る。
月の満ち欠けと同じで、人の気持ちにも満ち欠けがあった。
いつまでも満ちたままではいないのだ。
ルーナは、ユージーンにとって「育ての子」ではない。
「俺は、お前を好いている」
月の光で、ユージーンの髪が、きらきらと輝いていた。




