何かが違ってる 4
ルーナが、ぴょんっと執務室のソファに現れる。
やはり、膝に座るのはやめたようだ。
「帰ったのか?」
「ついさっきね」
「ほう。えらく長い間、滞在していたのだな」
「夕食に招待したの。話が尽きなくて」
思った通り、ルーナは、レオナルドを気に入ったらしい。
夕食にまで招待したのだから、よほど好感をいだいたのだろう。
ちくっと、胸の奥が痛んだが、無視する。
(これは、あれだ。子が離れていく際の感傷、というやつだ)
ユージーンは、その理由に納得していた。
逆に、それ以外の理由を、すべて否定する。
今の「ちくっ」は、嫉妬ではない、断じて。
気持ちを切り替え、ルーナの報告を聞くことにした。
そのために、彼女は来たのだと、わかっている。
あまり楽しい話ではない気もするが、それはともかく。
「奴は、どうであった? お前に謝罪したのだろ?」
「うん。謝る必要なんてないのにね」
「だが、事態を把握していながら、黙っていたのだぞ?」
「ジーンだって、立場的に告げ口するのは無理だって、わかってたでしょ?」
当然といった口調に、ほんのわずか心が和んだ。
ルーナが、自分と同じ筋道を辿ったことが、嬉しかった。
それは、同時に、ユージーンの判断を信用したことにも繋がっている。
まだ、ルーナの1番は、自分なのだ。
その立場に居座るつもりはないが、突然に奪われたくもない。
ユージーンは、長らくルーナの1番で在り続けており、すっかり慣れ切っているので。
「それに、レニーが魔力持ちだっていうのも、知ってたんじゃない?」
ちく。
ちくちく。
すべての痛みを、無視した。
ルーナがレオナルドを愛称で呼んでいるのは、特別だからではない。
それは、わかっているのだ。
おそらく、レオナルドも周囲から愛称呼びされている。
「理由は訊いたか?」
「ジーンに訊けばわかるって、言われたわ」
ルーナの言葉で、自分の判断が正しかったのを確認できた。
レオナルドは、知恵が回る。
もとより、ユージーンに許しを得に来た時から、感じてはいた。
(俺が事前に調べることは、想定済み、か)
調べられても困らない。
それを、レオナルドは、ルーナではなく、ユージーンに、暗に示してきたのだ。
だから、あえてルーナに説明はせず、ユージーンに訊けと言った。
「でも、別に聞かなくていい。私も話してないし、ジーンが納得したってことは、正当な理由だと思うから」
なにやら複雑な心境になる。
ルーナの言葉に、いちいち心が揺れてしまうせいだ。
愛称呼びに「ちくっ」として、信頼を得ていることに安堵して。
「それに、そのうち、レニーのほうから、話してくれるんじゃないかな」
まただ。
ずくりと、今度は大きく胸が痛む。
そのうち。
その言葉の意味に、ユージーンは気づいていた。
ルーナは、レオナルドと「長く」つきあいを続けるつもりがある。
ジェラード・キースリーとは異なる印象を感じた。
あの時は、本気で婚姻する気があるのかというほど、そっけなかったのだ。
少なくとも、ジェラードに興味がなかったのは確か。
「あのね、ジーン」
「なんだ」
「ジーンには話してないことだって、レニーが言ってたんだけど」
「俺に話していないだと?」
なにか良くないことだろうか。
思いかけて、否定する。
そうした内容があれば、ジークから報告を受けていたはずだ。
ジークは王宮魔術師のような「手抜き」はしない。
自らの幼馴染みのことでもあるのだから。
「舞踏会で、私が逃げた時にね。後を追いかけてくれてたみたい」
「お前を助けようとしていた、とでも言ったのか?」
ユージーンは、眉をひそめる。
状況は、いくらでも捻じ曲げられるものだ。
事情を知っていたレオナルドなら、なんとでも言える。
それで、ルーナを懐柔しようとしたのであれば、許せない。
けしからん奴だ。
「そうは言ってないよ。ジーンが追いかけてたのも知ってたから、大丈夫だろうと思ってはいたんだって。でも、万が一ってこともあるでしょ? それで様子を見ていたって話してくれたの」
「結局、高みの見物をしていただけではないか」
「そんな意地悪な言いかたしなくてもいいじゃない。レニーの立場は、わかってるはずでしょ?」
意地悪。
ユージーンは、心ひそかに衝撃を受けていた。
かなりの打撃をこうむっている。
いつも無表情なのが幸いして、ルーナには気づかれていないけれども。
(ルーナが、俺を、意地悪だと言ったぞ……意地悪だと? 俺が?)
婚姻を断った際、散々、悪態をつかれていた。
それでも「意地悪」などと言われたことはない。
まるで、ユージーンが、レオナルドを「いじめ」ているかのような言い草だ。
衝撃を受け過ぎて、ぶっ倒れそうだった。
ルーナは、レオナルドを庇っている。
要は、ユージーンよりレオナルドを優先させた、ということ。
ぐらっと、足元が揺らぐのを感じた。
1番という、たったひとつのイス。
そこに、自分は、もう座れないのだ。
わかっていたはずなのに、胸が苦しくなる。
息ができなくなりそうだった。
(も、最早これまでか……俺も、早く……早く子離れを……)
今際の際のようなことを考えつつ、つくづくと思い知る。
ルーナの存在が、ユージーンの中で、どれほど大きかったか。
無心に信じてくる瞳と、抱き上げられることを疑いもせず伸ばしてくる両腕。
その両方を、失うのだ。
しかも、そう遠くないうちに。




