覚悟を決めたら 1
あれから半月。
レオナルドは、しばしばウィリュアートンの屋敷を訪れている。
もちろん、ルーナに会うためだ。
(彼女は、本当に可愛いらしいな)
ウォーレンがルーナではなく、ベアトリクスに惹かれた理由がわからない。
だが、ルーナを選ばなかったことに、感謝さえしたくなる。
絶縁状を手に入れるまで、レオナルドはウォーレンに従わざるを得なかった。
仮に、ウォーレンがルーナを選んでいたら、彼女に近づくことなど、絶対にできなかっただろう。
ルーナは、明るく、気取りがない性格をしている。
そして、爵位にこだわったりもしない。
レオナルドは、ルーナより、かなりの格下。
なのに、とても普通に接してくるのだ。
レオナルドの知っている公爵家の連中とは違う。
ウォーレンやベアトリクスは、いつだってレオナルドを、下に見ていた。
都合のいい時だけ友情を持ち出すウォーレンも、ベアトリクスの前では、尊大に振る舞い、レオナルドを顎で使っていたのだ。
そういう歪みのようなものを、ルーナには感じない。
彼女は、とても「まっすぐ」に育っている。
王宮随一の大派閥という家の令嬢だというのが信じられないほどだ。
(見た目も僕の好みだけれど、それより性格のほうが、ずっと素晴らしい。貴族の令嬢なんて、みんな、同じだと思っていたのにな。彼女の気立ての良さは、ほかに類する者がいない)
レオナルドは、ウォーレンの嫌っていた「赤毛」を気に入っている。
貴族好みの金髪女性より、落ち着いた品の良さを感じるのだ。
前にも思ったことだが、金髪が悪いのではない。
レオナルドの近くにいた金髪の者たちが、たまたま、品のない人物ばかりだったため、良い印象がないだけで。
(両親にも、宰相様にも、大事に育てられたのだろうね)
愛情を目一杯そそがれてきたのが、よくわかる。
だから、ルーナは、根本で、人を疑うことを知らないのだ。
レオナルドから見れば、とても危うく映る。
さりとて、そんなルーナの無邪気で無防備なところにも惹かれていた。
(そろそろ、僕の屋敷にも誘いたいが、まだ早いかな……)
ルーナとは、かなり親しくなっている。
ウォーレンたちより、よほど「友人」に近しい。
話しているのは、他愛もないことばかりだ。
なのに、そのひとつひとつが楽しかった。
(3歳で転移ができたなんて、初めて聞いたよ。魔力感知では、それほど大きな力は持っていないようだったのに)
彼女が、初めて転移したのは、3歳だったと聞いている。
無意識に、宰相のところへ転移したのが、最初だったのだそうだ。
ルーナは、子供の頃のことを話したがる。
レオナルドは聞き役に回っていたが、退屈はしていない。
むしろ、興味深く、面白いと感じていた。
(彼女にとって、宰相様は“憧れの人”といったところなのかな。歳も、ずいぶん離れているし……まさか、恋心をいだいている、なんてことはないだろうね)
ルーナの話には、よく宰相の名が出てくる。
それは楽しそうに語るので、レオナルドも笑っているのだけれど。
(あまり、つつかないほうがいい気もする……だが、1度、確認はしておかないといけないな……もう僕は、彼女を選んでいるのだから)
自分とルーナを引き合わせたのは、宰相だ。
そこから考えるに、宰相は、ルーナを女性として見てはいないと思える。
自分の好きな女性を、ほかの男性に引き合わせる者などいないからだ。
「レニー!!」
声に、ハッとなった。
物思いにふけっていて、ルーナの気配に気づかなかった。
魔力感知はしていたはずなのに、意識できずにいたらしい。
ルーナが、血相を変えて駆け寄ってくる。
レオナルドは、その様子を見つめていた。
焦っているからか、ルーナの頬は上気している。
赤く染まった顔が可愛いと、思った。
「ここは入っちゃダメなのよっ?!」
「そうなのかい?」
「地下には行かないようにって、お父さまから言われているの!」
「ああ、すまない。つい……」
レオナルドが来た時、ルーナは街に出ているとかで、屋敷にいなかったのだ。
あらかじめ、勤め人に言いおいていたらしく、レオナルドが追い返されることはなかった。
代わりに、客室に案内され、しばしルーナを待っていたのだけれども。
「僕は、古い城が好きでね。中がどうなっているのか見たくて……とくに古い城の地下には、いろんな謎が隠されていたりするものだから」
「そうだったの……でも……」
「わかっているよ、ルーナ。勝手に、うろつき回ったりして、申し訳なかったね」
レオナルドは素直に詫び、体を返す。
ルーナを困らせるつもりではなかったからだ。
「そんなに、お城が好きなの?」
「古い城からは、史実では語られていない隠された真実を知ることができる。そうしたものに、僕は興味があってね。本当は、学者になりたかったのさ。魔力が顕現していなければ、古城学者になっていたよ。たぶんね」
ルーナと並んで歩きながら、上に通じる階段に向かう。
手を繋ぎたかったが、まだ、そこまで親しくはなっていないので、我慢した。
「でも、入ってはいけない、というのも、うなずけるな。道が、あちこち分岐していて入り組んでいるようだったし、迷子になったら大変だ」
「そうなの。地図もないらしくて、迷ったら出られなくなることもあったみたい」
ルーナは、レオナルドが、勝手に地下に入り込んだのに、怒ってはいない。
焦っていたのは、レオナルドの身を案じてのことだったようだ。
やはり、彼女は気立てがいい、と思う。
「まぁ、きみと僕は、転移ができるけどね」
「私も、同じことを思ってたわ。だから、いざとなったら転移で戻れるからいいんだけど。怪我をして動けなくなってたら、って思ったの」
「きみに心配してもらえて嬉しい、なんて言うと、反省がないと思われるかな」
階段のところで、足を止めた。
ルーナの頬が、ほんのりと赤く色づいている。
さっきは焦っていただけだが、今は、気恥ずかしさを感じているのだろう。
レオナルドは、にっこりして、ルーナに手を差し出す。
「きみが転んだりしたら、それこそ怪我をしてしまうからね」
そっと、ルーナの手が、レオナルドの手のひらに乗せられた。
軽く握り、階段を上がる。
上がりきったところで、手を離した。
「ルーナ、今度、僕の家にも来てもらえないかな? もちろん、誰か誘って来てもかまわないよ。きみを、怖がらせるつもりはないんだ」
ルーナは、ちょっと驚いたような顔をして、それから、小さく笑う。
屈託がない、というのは、こういうことなのだろうと、レオナルドは思った。
「レニーって、本当に真面目なのね。いいわ。次は、あなたの家に行く」




