何かが違ってる 3
ルーナは、屋敷の来客室で、レオナルドを迎えていた。
想像していたのとは違い、彼は「悪くない」と感じている。
礼儀正しく挨拶をしてきたのも、好感が持てた。
今は、2人で、ソファに向き合って座っている。
この来客室は、少し砕けた造りになっており、どちらも長ソファだ。
その真ん中あたりに腰かけていた。
間にあるテーブルには、紅茶のカップが置かれている。
「私のことは、ルーナとお呼びください」
いつものように、周囲から呼ばれている愛称を、先んじて口にしておいた。
すると、レオナルドが、くすりと小さく笑う。
「僕のことも、レニーと」
彼が、周りから愛称で呼ばれているのは知っていた。
ベアトリクスもウォーレンも、レオナルドを「レニー」と呼んでいたからだ。
口元を緩めているレオナルドに、首をかしげてみせる。
彼が、なぜ笑っているのか、わからなかった。
レオナルドは、薄茶色の瞳で、ルーナを見つめてくる。
ちょっぴり、どきりとした。
「名にまつわる慣例を、気にされているのでしょう? 僕は名が長いほうなので、正式名で呼ぶのが面倒だと、周りには思われているのですよ」
今度は、ルーナが笑う。
舞踏会でウォーレンに言ったのと似た台詞を言われたのが、面白かった。
どうやら相性は、いいようだ。
話していても、苦にならない。
どちらかと言えば、もっと気楽に話したくなる。
「初めまして、ではないのだし、もう少し……」
「砕けた話しかたでも、かまわない?」
「私、本当は、貴族言葉が苦手なの」
レオナルドが、ゆるく微笑んでいた。
落ち着きがあり、優しい雰囲気が漂っている。
ルーナの言葉を先取りしてくるあたり、頭も良さそうだ。
少なくとも「おたんこなすび」では、ない。
「ところで、あの……」
「ああ、僕も気づいているよ」
にっこりされて、戸惑った。
ジークやトマスは別として、魔力持ちは、ほかの魔力持ちを警戒する。
王宮に告げ口されるかもしれない、と猜疑心をいだくものなのだ。
ルーナも気にはしている。
貴族には知られないよう、注意は怠っていない。
夜会でも、なるべく少人数で固まらず、集団に身を置いていた。
魔力感知で「個」は特定できないものの、選り分けることはできる。
少人数でいると、その中から選別される恐れがあった。
ただし、王宮内では別。
上級から下級まで魔術師が、うじゃうじゃいる。
互いの魔力が重なり合っているため、誰が誰だか判別できないのだ。
だから、平気で歩ける。
(ジーンが知らないはず、ないよね? なんで教えてくれなかったんだろ)
レオナルドが魔力持ちだと、ユージーンは知っていたに違いない。
どんな相手ともわからない者と、自分を会わせるはずがないからだ。
同席できない状況でもあるのだし。
(この人には、知られてもいいってことかな?)
ルーナは、自分で判断はするが、基になっているのはユージーンの考えだった。
反抗したのは、舞踏会の時だけ。
それだって、ユージーンの言う通りになったのだから、反省している。
ルーナの中で、ユージーンは、絶対的に「正しい」のだ。
「事情は、話さなくてもかまわないよ。僕の事情が知りたいのであれば、宰相様がご存知だと思うから、あとで聞いてくれればいい」
「ジーンに話したの?」
レオナルドが、首を横に振る。
が、不快そうな態度ではなかった。
ちょっぴり面白そうにしている。
「宰相様が、怪しい男を、きみに近づけるとは思えないからね。僕のことも調べておられるのじゃないかな」
「たぶん、そうね」
勝手に調べられたことも、レオナルドは、嫌だとは思っていないらしい。
懐が広いのかもしれない、と思えた。
「ところで、今日、僕が来た理由を聞いているかい?」
「用件は、会って話したいって、言ってたんでしょ?」
「ああ、まぁ……そうだね」
不意に、レオナルドが表情を変える。
視線はルーナに合わせたままだったが、笑みは消えていた。
ひどく深刻な顔つきだ。
「僕は、きみに謝罪をしに来た」
「謝罪? 舞踏会の時のことなら、あなたは関係ないじゃない」
「そうでもない。僕は、彼らが、きみに何をしようとしているかを、事前に知っていたからね」
「え……?」
目まぐるしく、ルーナの思考が回転する。
レオナルドは「あの件」を知っていたが、黙っていた。
なぜなら、ルノーヴァはキャラックの下位貴族だから。
告げ口はできなかったにしても、彼は、彼らに手を貸さなかった。
そして、なにか状況に変化があったため、謝罪しに来ている。
おおむね、ルーナは、ユージーンの通った、同じ道筋を導き出していた。
が、その中には「それでもユージーンが面会を許した」という事実がある。
ルーナにとって、最も重要な事柄だ。
「本当に、申し訳なかったと思っている」
レオナルドが、深く頭を下げる。
ちょっと、びっくりした。
ルーナの周りで、頭を下げてまで謝罪を口にする者は、とても少ない。
ユージーンなど、ルーナが怒ろうが、ちっとも謝らないし。
「もうすんだことよ? それに、あなたの立場もわかるもの」
「だが……」
「いいの。結局、あの2人は痛い目を見て、私は無事だった。それが、結論」
「では……僕の謝罪を受け入れてくれる、と?」
ルーナは、素直にうなずいた。
レオナルドは、直接、関わってもいないのに、わざわざ謝罪に来たのだ。
実際的な「犯人」は、詫びにも来ないというのに。
「レニーって、真面目なのね」
笑って言うと、レオナルドが少し照れたような表情を浮かべる。
やはり好感が持てる相手だと感じた。
「きみに嫌われたらと思って、ひどく怯えていただけさ」
安心感からか、さらに少しだけレオナルドが打ち解けた様子を見せる。
そのことで、ルーナの中からも警戒心が薄れていった。




