何かが違ってる 2
ルーナが転移で、姿を消す。
とたん室内が静かになった。
最近、彼女は「もう泊まる~」をやめている。
3歳で初めて転移してきてからずっと、ルーナの転移先はユージーンの膝の上。
それも、ここ最近はなくなっていた。
気をつけているらしく、少し離れた場所に転移して来る。
ユージーンは、自分の膝が、やけに寒々しいのを感じた。
冬、という季節柄だからではないだろう。
「なぁんだよ、しんみりしちまってるじゃねーか」
「む。ジークか」
どすっと、肩が重くなる。
ルーナに膝に座られるより重いのは、ジークの姿が烏でも質量までは変わらないからだ。
しかも、肩。
右側だけ、ずいぶん下がっている感覚がある。
「お前も重くなったものだ」
「もう15だからな」
ユージーンは、小さく笑った。
ジークが「もう」のところを、強調したのだ。
ルーナも「もう」16歳だと言いたいらしい。
「いいのかよ?」
「かまわん」
「確かに、あいつに怪しいとこはなかったけどサ」
朝方、すでにジークは、この部屋を訪れている。
レオナルド・ルノーヴァについての報告をしに来たのだ。
「魔力持ちであれ、下級魔術師程度なのだろ?」
「そーだね」
「元は、王宮魔術師になる予定であったのだな」
「そーだよ」
レオナルドは、魔力持ちなのだそうだ。
魔力感知できないユージーンは、対面していても気づかなかった。
だが、ジークは、まだ未熟ではあれど、魔力感知ができる。
すぐに、レオナルドが「魔力持ち」だと気づいたらしい。
なので、距離を取りつつ、調べたのだという。
ジークが相手の魔力に気づくということは、相手にも気づかれる。
姿を消していれば見つからない、とは言えないのだ。
魔力を持たない者相手とは違う。
魔力感知は目視ではないため、姿が見えるかどうかは関係なかった。
ユージーンは、それでも、ジークの気配だけは、わかるのだけれども。
「奴の兄は、死にそうか?」
「どーだろ。良くなったり、悪くなったりを、繰り返してるみたいだったぜ?」
レオナルドの兄は病で、その病状によっては、レオナルドが家督を継ぐことになる。
そのため、レオナルドは、いったん王宮から離れたらしい。
とはいえ、兄に明確な「死」が訪れなければ、王宮魔術師に戻るつもりだろう。
「半端といえば、半端だな」
「その言いかた、母上の前で言ったら、引っ叩かれるぞ」
「俺が言ったのは、本物の“半端者”のことではない」
ロズウェルドの魔術師は、国王との契約で魔力を与えられている。
が、例外があった。
魔力顕現している者で、かつ、王宮を極端に忌避していると、どういうわけか、契約なしでも魔力維持ができてしまうのだ。
そうした者たちを、王宮魔術師は「半端者」と揶揄している。
ルーナの大叔母であるサリーは「半端者」だった。
だから、レティシアは「差別言葉だ」と言い、それを嫌っている。
ユージーンも知っていたので、レティシアの前では使わない。
ザカリーならともかく、ユージーンだと、確実に引っ叩かれるからだ。
手加減なしで。
「奴は、本当の意味での半端者ではないからな。王宮を忌避しているのではなく、家の事情で、半端なことになっているだけだ」
「爵位の返上ができねーと、正式な王宮魔術師にはなれねーって話だろ」
現状、レオナルドは、ルノーヴァの屋敷に戻っている。
兄がどうなるか不明なため、爵位の返上にまでは至っていない。
さりとて、いったん魔力が維持できなくなると、魔術師には戻れなくなるのだ。
ただ「見習い」の立場であれば、契約なしでも魔力分配は受けられる。
そこは、ザカリーの差配次第。
ユージーンは魔力調整できないが、ユージーンから魔力を一身に与えられているザカリーは魔術師であり、魔力調整できるからだ。
「兄が息災となった折には、王宮魔術師に復帰できるよう、魔力分配だけは受けているのであろう。かつ、兄が他界した際のため爵位の返上もせぬとは、なかなかに知恵が回るではないか」
「感心すんなよ」
ジークは、なにか気に食わない様子で、ぶっきらぼうに言う。
その気持ちが、ユージーンにもわかる気がした。
(俺も、気に食わぬのだ。あれに、奴を近づけたくないのかもしれん)
レオナルドは、爵位はともかく「悪くない」のだ。
狡猾と言えなくもないが、知恵が回るのは「悪くない」し、周囲に女の影がないのも「悪くない」し、見た目も「悪くない」し。
総合すると「悪くない」という結果になってしまう。
「ルーナ、あいつを気に入っちまうかもしれねーぞ」
「で、あろうな」
実際に調べてみて、ジークは、よほど「それ」を感じているに違いない。
ユージーンもジークも、ルーナを、よく知っている。
そして、レオナルドがルーナに不快を与えず、もっと言えば、好感をいだかれる人物だと感じているのだ。
「いいのかよ」
ユージーンは、返事をしなかった。
それが、返事。
(あれが、奴を気に入って、婚姻を決めるのであれば、俺が口を差し挟むことではない。式の段取りは、俺がしてやるつもりだがな)
ユージーンは、レティシアの婚姻の際にも、式を取り仕切っている。
経験があるのだ。
白いドレスを身にまとったレティシアの姿が、ルーナに重なる。
胸が締めつけられるほど、苦しくなった。
初めて、これが起きた時には、病になったと勘違いしたのだけれども。
(あの日、ザックは号泣していたが、俺は、そのようなことにはならん)
笑って、というのは無理でも、はなむけの言葉くらいはかけられるだろう。
たった半年と経たず恋に落ちたレティシアの時ですら、大丈夫だった。
ルーナとは16年の歳月があったものの、これは恋ではないのだから、なおさら大丈夫に決まっている。
ルーナが幸せになれれば、それだけでいい。
「ジーン、やせ我慢なんて、みっともないぜ?」
言い返そうとしたが、ジークは、その前に姿を消していた。
1人、私室の中で、ユージーンはつぶやく。
「俺は、やせ我慢などしておらん。間が抜けているだけだ」




