何かが違ってる 1
「ルーナ、お前は、レオナルド・ルノーヴァを知っているか?」
言われて、ルーナは首をひねった。
すぐには思い出せないが、頭の端っこに引っかかってはいる。
今夜は、次の候補者を選ぶため、ユージーンの私室を訪れていた。
夕食も、さっき、ここで食べたところだ。
用件以外、さほど生活は変わっていない。
そのせいで、この先も、こういう生活が続くような錯覚に陥りそうだった。
(でも、それだと、なにしに来てるんだって話だよね……)
思いつつ、頭の中を探る。
ちらっと、何かが見えた。
「ん~……レニーって、呼ばれてた子かなぁ。茶色い髪の……」
「おそらく、そいつだ」
ルーナの記憶は、判然としていない。
会った、というより、見たといったほうが正しいような状態だったからだ。
しかも、6歳の頃の記憶なので、はっきりとは思い出せずにいる。
「トリシーやウィン、それにコートとも一緒にいた気はするけど……あんまり印象に残ってないの。彼は、いつも離れて立っていたから」
うむ、とユージーンがうなずいた。
ルーナは、この鷹揚な仕草も好きなのだ。
ほかの者が見れば、横柄ともとれるが、ルーナにとっては違った。
なにかユージーンの中では納得しているのだろうと、微笑ましい気分になる。
年上の男性に「微笑ましい」と感じるなんて、変なのかもしれないけれど。
「奴は、ほかの者とは相性が悪かったのであろうな」
「なんで、そう思うの? ていうか、彼がどうかしたの?」
「奴に会った」
「え……? 会ったの? レニーに?」
「そうだ」
そういえば、と思う。
舞踏会の際、ルーナを襲ったのはウォーレンとコンラッドだ。
そこにレオナルドの姿はなかった。
関わってもいない相手を、ユージーンが呼び出すとは思えない。
そもそも、ルーナは、あの件を、すでに終わったこととしている。
「奴が謁見を申し入れてきた」
「どうして? なんの用? 舞踏会のことじゃないでしょ? だって、あの時、彼はいなかったんだし」
「お前に会いたいらしくてな。俺に許しを得に来たのだ」
「は? 私? どういうこと? 意味わかんない」
レオナルドとは、ほとんど面識がないのだ。
向こうの用件にも、まったく思い当たる節がない。
もちろん、ルーナには、彼に用なんてないし。
「用向きは、会って話したいそうだが」
「うーん……でも、彼の上位貴族って、キャラック公爵家よね? 何か嫌なことをされたりしないかなぁ」
「今のところ、それはない」
ルーナは、目を、ぱちんとさせる。
ちょっぴり驚いていた。
ユージーンなら、ルーナの心配していることなど、とっくに考えていたはずだ。
そのユージーンが、否定をしている。
ということは「ひとまず安全」との判断があるからに違いない。
「ジーンが言うなら、会ってもかまわないけど。なんの話か気になるし」
「俺は、同席できぬのだぞ?」
「うん……まぁ、大丈夫」
ユージーンが近くにいてくれないのは不安だった。
さりとて、今後は、そうしたことにも慣れる必要がある。
いずれ、ユージーン以外の男性の元に嫁ぐことになるのだから。
「……ならば、手配をしておく。直接、屋敷に行かせることになろう」
「あ、そっか。ウチで会うんだ」
てっきり王宮のどこかで会うものだと、思い違いをしていた。
会うのはルーナなのだから、ウィリュアートンの屋敷に来るのは、あたり前だ。
ユージーンが同席しないのに、王宮を使うわけがない。
(今まで知らない人と会う時は、ジーンが一緒だったから、つい、ここで会うって思っちゃってた)
ひとつずつ。
いろんなことが変わっていくのだろう。
毎日、訪れていた執務室や私室からも遠ざかる日が来るのだ。
ルーナは、室内に視線を巡らせる。
どこも、ルーナのためのもので、あふれていた。
見えないクローゼットの中も、ルーナの服のほうが多いと知っている。
(う……なんか泣きそう……ヤバい……)
諦めると決めていても、どこかで縋っているのも感じていた。
ユージーンが「男子を成す」ことより、自分を選んでくれるのではないか、そのための手立てを考えてくれるのではないか、と。
やっぱりユージーンの傍にいない自分を、想像できずにいる。
が、ユージーンからの言葉は、未だ何もなかった。
このまま婚姻まで突き進んでしまうに違いない。
(そうなったら……それがジーンの決断ってこと……私は婚姻して、ジーンを本気で諦める……しかない……)
ユージーンは、1度、決断したら覆したりはしないのだ。
長く一緒にいたからこそ、わかる。
どんなにつらくても、受け入れざるを得ない。
ルーナには「必ず男の子を産む」とは言ってあげられないので。
「ルーナ? どうした? 気が進まんのか?」
「そりゃあ、そうだよ。なにもしなかったって言っても、ウィルやコートの友人に会うんだもん」
「嫌なら……」
「嫌ってほどでもない。それに、さっきも言ったけど、なんの話かは気になってるから、会うのは会うよ。ウチなら人も大勢いて安心だしね」
乗り気でないのは確かだが、ユージーンに謁見を申し入れるほどのことだ。
聞くだけは聞いておいたほうがいい、と思った。
それに、自分のことで、そうそう迷惑をかけてもいられない。
断って、またユージーンのところに行かれでもしたら、困る。
「それより、次の候補の人を選ぼうと思って、来たんだけど」
胸の痛みを抑え、ルーナは笑顔を浮かべた。
婚姻に前向きな姿を見せて、ユージーンを安心させたい。
ささやかながら残っていた期待も、捨てるべきなのだ。
「そのことなのだがな。まだ修正ができておらんのだ」
「え~! せっかく来たのに~」
「もう、しばし待て。その間に、ルノーヴァと会っておけばよかろう?」
「わかった。しかたないから、そうする」
文句を言いつつも、少しだけホッとしている。
ユージーンとの別れを先伸ばしにできることが、嬉しかった。
(でも、めずらしいなぁ。ジーンなら、ぱぱって見直すと思ってたんだけど)
ユージーンは、わからないことをわからないままにはしておかないし、できないことをできないままにもしておかない。
睡眠時間を削ってでも、やりきると知っていた。
それだけ真剣に、自分の婚姻候補の「洗い直し」をしてくれているのだろう。
思うと、嬉しいような、複雑な心境になる。




