厄災の渦7
ふと目が覚めた。
何かが近付いている。
惨殺死体があるホテルで一人就寝していた九重が、何かに気付く。
風音達と別れた後、何かあった際にホテルから離脱しやすい部屋を捜した末、二階にある一室で泊まる事にした。
そして一応部屋番号(だと思われる各部屋のドアに書いてある文字)を紙に書いて、ホテルの入り口に貼っておいた。
沢山ある部屋のどこで寝るかを風音達に伝えていなかったので、何か用があったらそれを見て来るだろう。
そしてリリィが帰ってきたら、同様に九重の部屋に来てくれるかもしれない。
九重が人の気配に敏感だと言っても、それは相手が九重を意識していたり敵意を持っていたり、あるいは視線を送っていたりした場合に気付くというだけだ。
もしリリィが仕事柄気配を消したままここに帰ってきて、そのまま九重に気付かずに用件を済まして出て行ってしまえば、おそらく九重はリリィが帰ってきた事に気付かない。
それではわざわざ惨殺死体があるホテルに泊まった意味が無くなる。
ロビーでいきなり地面に大穴が開いているので、リリィが異変に気付かないって事は無いだろうが・・・・
これまでの行動を鑑みるに、彼女は明らかに異常者だ。考え方そのものが常人とは違う。異変に気付いた上で、原因を探そうとしない可能性もある。
わざわざ貼紙を貼ったのはその為の保険だ。
その貼紙を見たのかどうかは知らないが、今明らかに誰かがこの部屋に近付いている。耳を澄ませてもまだ足音は聞こえないが、確実にホテル入り口からこちらに近付いてきている筈だ。
風音かリリィか・・・・
などと考えながら、服を着たまま寝ていたのでそのまま起き上がりベッドから足を降ろしーーー
ガチャッ
っと部屋の扉が開く音が鳴る。
その音に内心驚いて、敢えて立ち上がらずに扉の方を見る。
まさかそんなに近付かれていたとは・・・
普段ならもっと遠くに居る段階で気付くのだが・・・やはり寝ていると精度が落ちるのか、あるいは相手が異常なのか。
まだ部屋が暗くて見えにくいが、夜目が効いているので扉を開いた相手のシルエットはハッキリと見える。
長い髪の女性、そして肩に担がれている人の大きさほどもある刃物。
間違いなくリリィだ。
先程ホテルを探索した時に三階の一室で荷物があった事から、病気から解放されたらホテルに帰ってくる可能性は高いと思っていたが、やはり帰ってきた。
リリィ「お前は誰だ? 何をしている?」
低い声。
九重「・・・意外に・・・・いきなり襲ってくるほど獣でもないんだな。灯り点けていいか?」
そう言って相手の返答も待たずにリモコンで部屋の灯りを点ける。
リリィは廊下の電気すら点けずにこの部屋に来たようだが・・・もうその時点で少しおかしい。
普通自分の住処で明らかに異変があった時に、暗いままで探索するか? 彼女には襲われるという概念が無い?
あるいはもっと単純に。
彼女は何が起こっても自分が狩る側だと思っているのだろうか。
部屋が明るくなって、お互い姿が見えるようになる。
地球で言う革製品の様な素材で出来た半袖と、短い半ズボン。日焼けなのか元からなのか、所々ピンクがかって見えるが綺麗な白い肌をした、黒髪で瞳の青い女性。
そういえば九重の肌にはまだ継ぐ者に感染した時の痣が残っているが、彼女には無い。あれを克服すると、痣まで綺麗に無くなるのか。 と彼女の肌を見て思う。
そして女性にしては大柄な体躯。187ある九重より少し低い程度の身長に、線は細いがはっきりと筋肉の筋が見える腕と脚。
そして女性らしく出るところは出ている。この星で一緒に組んで仕事をしていた奴は胸部が貧困だったので、目の保養にはなるか。
・・・が、何故だろう。九重の目にはリリィが女っぽく見えない。
顔を見れば誰がどう見ても少女にしか見えない。生き様のせいか幼な顔のくせに大人の風格を感じさせてはいるものの。
そしてモデル顔負けの体型も、地球なら仕事を選べばその恵まれた体型だけで一生食べていけそうだ。
実際の性別も女性なのは間違いない。この仕事をする時に、最初に健康診断をさせられたからだ。それで女だと聞いているので、実は男という事は無いだろう。
それでもなお、九重の目には男みたいな奴だと映る。
宇宙人はどうか知らないが、地球人は戦いに明け暮れる生き方をしていると男性ホルモンが大量に分泌されるとか。もちろんそれが女性でも。
そういうのをリリィを見た時に本能的に感じてしまうのだろうか?
部屋が明るくなり、お互いの視線が合ったところで九重が口を開く。
九重「覚えてるかどうかは知らんが、第四地区担当の九重双健だ。貼紙見て来たんだろ? じゃあ敵意が無い事は分かってほしい。ここに居たのはーーー」
喋っている最中に突然リリィが九重に向かって跳びかかり、刃物を胴に向かって横薙ぎに斬りつけてきた。
半ば予想していたので九重が同時に後ろに跳んで躱す。
ほんの一瞬前まで九重が座っていた場所に大剣が凄まじい勢いで通り過ぎた。空振りした剣の空を切る音が耳に大きく響く。
跳び退き様、反射的に九重が壁に向かって銃を撃つ。弾丸は予め壁に仕込んでおいた小さな鉄板に当たり、甲高い音を立てて跳ね返りリリィの脚へ向かう。
だがリリィは器用に大剣を操り弾丸を弾き返す。
そしてそれが計算なのか偶然なのか、剣に弾かれた弾丸は九重の額へと向かう。
九重(・・・やっぱり通じねぇか)
特製のゴム弾とは違って鉛の弾なので、何度も跳弾させるのが難しい。
跳ね返りが一度だけの跳弾は軌道が単純だから、宇宙人相手には通じないか。などと考えながら頭を少し横に動かして自分に向かってくる弾丸を躱す。
跳弾の軌道を読む正確さに関しては九重の方が上だ。リリィの大剣に弾かれたのを見た瞬間、それが自分の額に向かってくるのは分かった。躱すのは造作もない。
リリィがギロリと九重を睨む。
九重「・・・まだお前の質問に答えてる最中じゃねぇか。てめぇの質問の答えくらいおとなしく聞け」
リリィ「他の地域には干渉しない事が仕事の条件だったはずだ。規則を破る者の話など聞く価値も無い」
九重「規則なんざ非常事態の時は無視していんだよ。それとも何か? てめえが会社員だったら、会社が隕石で粉々になっても瓦礫の中で定時まで働くのか?」
からかうように言う。
リリィ「・・・黙れ。聞く価値も無いと言った」
再び大剣を構える。
九重「奇遇だな、俺もだ。お前みたいな類の人種とは、話す事に何の価値も見い出せん」
ポケットから煙草を取り出し火を点ける。
リリィが飛び道具を警戒しているのか、ただ単に様子を見ているのか分からないが動く気配がないので話を続ける。
九重「お前と戦う理由は無いからとっとと俺の用件だけ済ませる。お前は星の子・・・リベルカってのを聞いた事があるか? 俺はさっき知ったが、現存する神とか呼ばれてる生物だそうだ。人類がどうこう出来る代物じゃないんだと。それがこの星に向かってるらしい。明日の正午には飛来するらしいから、それまでにこの星から逃げろ。 雇用会社や政府側から何か要請があっても無視でいい。 以上だ」
そう言って脱出する為に窓を開ける。
その横からリリィが話しかけてくる。
リリィ「・・・お前は・・・・・何なんだ?」
九重に疑問をぶつけてくるが、何なんだと聞かれてもどう答えていいのか。
振り返ってリリィの方を見ると・・・凄まじい違和感がある。
リリィの手に握られている大剣の、真ん中辺りから先端までが無くなっている。
九重(何だ・・・?)
咄嗟に九重が周囲を警戒する。地球には無いタイプの、何か特殊な武器なのかもしれない。あの消えた大剣の先が、何らかの方法で自分に向かってくる可能性が考えられる。
リリィ「何なんだと聞いている。私の剣に何をした?」
リリィが鋭い眼光で九重を睨みつける。
九重(・・・・・・? どういう事だ? あの剣の状態はリリィが意図したものじゃない? まるで俺がやったかのような言い草・・・)
リリィの視線が九重の胴体に向いている。
ふと九重も自分の腹の辺りを見る。
九重(な・・・・・・んだ・・・? これは・・・?)
今まで気づかなかったが、九重の服の右側胴付近が刃物で切られたように綺麗に切れている。
その下の皮膚は傷付いていないようだが。
九重(この場所は最初の一撃で切られそうになった場所・・・確かに躱した筈だが・・・・)
躱した筈どころか、相手の行動を先読みして避けていたのでむしろ余裕を持って躱していた。
九重(・・・・・・)
唐突に、九重が握っていた銃の銃口を自分の肩に当て、引き金を引く。
破裂音と共に弾丸が発射されたが、服に穴が開いただけで九重の体は傷付く事無く、体に被弾した瞬間ほんの少しの衝撃と共に弾丸は霧散した。
この九重の意味不明な行動に、リリィが警戒しながら様子を見ている。
九重(そうか、そういう事か)
風音が言っていた、刃物を武器に戦う相手に負けるとは考えにくいと言っていた意味。
それが今ようやく分かった。
今九重の体の中には風音の毒が全身に行き渡っている。ウイルスを駆除する為だから、それこそ細胞レベルで隅々まで。
その毒が体に侵入して来ようとする無機物を、自動的に侵食して霧散させているらしい。
ウイルスよりも無機物の方が圧倒的に腐敗させやすいと言っていたのを思い出す。
どうやったのかは分からないが、リリィは最初の一撃を九重に当てていた。しかし、逆に毒で大剣の方が蝕まれて半分消えてしまったという事だ。
つまり。
九重(毒が無ければ俺はあの時点で死んでたのか・・・)
やはり宇宙人相手と戦闘するなら先手を打つくらいでないと駄目だな、と改めて思う。
斬られたのは先手を譲れと言った風音のせいでもある。だが助かったのは風音のおかげ。というところか。
九重「しかし本当に厄介だな・・・宇宙人ってやつは」
そう呟いて煙草の煙を吐き出し、リリィの問いは無視して窓から飛び降りる。
飛び降りながら念の為銃を構える。
背後から追ってくる気配は無いが、一応仕掛けておいた罠を発動させる準備だけはしておく。
もしリリィが九重が開けた窓から飛び降りようとすれば、九重が放った銃弾があらゆる角度から一斉に向かうようになっている。
と言っても角度的に鉛の弾では難しい為、特注のゴム弾になるので威力は下がる。ただそれだけに遠慮が要らない。
戦闘が得意な宇宙人ならゴム弾程度全身に喰らっても死なないだろう。
殺すなと言われているが、遠慮なくハチの巣にするくらいの勢いで大量に打ち込める。
さっきの部屋とは違い、暗闇の中どこかから跳ね返ってくる大量の弾丸を見切る事は不可能なはずだ。・・・多分。
これまでの経験からそうとも言い切れないのが宇宙人だが、もし無傷で着地しても少なくとも警戒はする。すぐには追って来れないだろう。
この場は逃げ切れさえすればいいと分かっているのは九重だけ。
リリィ側から見れば下手に追えば闇に乗じて反撃してくる可能性も考えるだろうし、まして武器が通じない謎の相手。
いや、武器が通じないだけならまだいい。もし九重が触れた部分を消し飛ばしてしまえる能力を持っているとすれば、拳を打ち込めば腕が消し飛ぶかもしれないのだ。
風音の毒の特性など知らないリリィには、九重の体の謎がそういう風に見えていてもおかしくない。
事実、彼女はいつでも二撃目を放てただろうに、躊躇していたのかこちらの様子を窺っていた。
深追いすれば自分が危ないと考えるのが妥当だろう。少なくとも九重が逆の立場なら余程の理由が無い限り追わない。
九重(他に用意してた罠は不発に終わりそうだな。音羽の毒のおかげか)
ホテルから出てしばらく走ったが追ってくる気配はないので、逃走用の時間稼ぎに用意した罠は使わずに済みそうだ。
この状況で躊躇なく追撃してくるような、頭のネジが飛んでいるタイプの異常者でなくて良かった。
九重(さて、これからどうするか。 音羽達と同じホテルに泊まるのは・・・方角的にリリィのホテルも近いし止めとくか。もう少し離れた場所で適当に侵入してお世話になるかな)
携帯を取り出し、風音にリリィとの接触と別宿で寝る旨をメールに書いて送る。
これで朝になって仕事の報告さえ終われば、九重のこの星での仕事は全て終わりだ。
ようやく肩の力を抜いたところで、上空で何かが光ったような気がした。ふと空を見上げる。
・・・・・・・・・
特に何もないようだ。かなり上空だったので流れ星か何かが目の端に映ったのだろうか。
気のせいだったのかもしれない。
上空を見上げるのは止めて、宿を探しに走り出した。
サルト「そこまでして皆殺しにしてぇか!!」
サルトが机を叩きつけて怒る。
あれから数時間経ち、特に他の星が動き出したという情報も無く悶々(もんもん)とした時間を過ごしていたが、ここにきて各星にメリオエレナから近況報告が入った。
もうすぐ風音達に近況報告をしようかと思っていたくらいの時間だったので、吉報ならちょうどいいタイミングだったのだが・・・。
どうやらメリオエレナの救助船がケイロンに接近した時にケイロンの宇宙戦艦から警告を受けたようだ。
今ケイロンでは継ぐ者が猛威を振るっているので着陸する事は許可しない、と。
ケイロンの主張など信じていない救助船側が「もう解決している筈だ。もし感染した場合はどんな指示にも従うので通してくれ」と主張して無理矢理ケイロンに接近したところ、威嚇射撃をしてきたらしい。
それがもう数時間前の話。ちょうど九重が空を見上げた頃だ。
現在も交渉中だそうだが、おそらくケイロン側は折れないだろう。
もし感染した者が他の星に出て行ってしまえばケイロンの管理責任になるとか主張しているようだ。無理にケイロンに入ろうとするなら破壊する、とまで言っている。
その報告を聞いてから、サルトのイライラが収まらない。
まるで他の星を気遣っている様な口ぶりで主張しているのが余計鼻につく。
サルト「そんな戦艦ぶっ壊しちまえよ!!」
ノウン「まぁ落ち着いてください。・・・とも言ってられない状況ですが、メリオエレナの技術力じゃケイロンの戦艦には勝てないでしょう。数も一隻や二隻ではないでしょうし」
メリオエレナの科学技術も決して低い水準ではないのだが、相手が悪い。
ノウン「・・・かと言って、この状況でメリオエレナ側に加勢してくれる星は無さそうですしね・・・手詰まり・・・ですかね」
サルト「くそっ!!!」
再び机を叩く。
そろそろ報告の時間だ。残念だが、この状況を伝えるしかない。
サルトが風音の携帯に電話を掛ける。
と、一瞬で風音が出た。
風音「あ~サルトさん。おはようございます。ちょうど今起きてメール見てたら掛かってきたよ」
まだ少し眠そうな声で話す。
サルト「メール? 誰からだ?」
風音「ああ、こっちの話だよ。こっちで会った人から。寝る前の電話で言ってた人探しの件は無事に終わったみたい」
継ぐ者「事実か? 現在活動を完全に停止させている故、情報が入らない」
横から継ぐ者が割って入る。余程気になるようだ。
風音「嘘つくような人じゃないから大丈夫だと思うけど。ただ、リリィさんって人は人の話を全く聞かない子だったみたい。だから伝えたけど伝わってるかどうかは分からない、だそうだよ」
継ぐ者『・・・本当に・・・・・・大丈夫なのか?』
不安そうに尋ねてくるが。
風音「分からない、だそうです」
としか言いようがない。そう書いてあるから。
継ぐ者『・・・・・・・・・・』
諦めたのか継ぐ者が黙る。
サルト「もういいか? 要はそっちの仕事は終わったって事だよな? じゃあ良い報告と悪い報告、どっちから聞きたい?」
風音「良い報告いってみようか」
サルト「帰ってきたらおやついっぱい食えるぞ」
風音「わ~~~~お、ラッキー。で、悪い報告は?」
サルト「ケイロン政府からの妨害が入った。一切の救助船が向かえない状況だ」
風音「わ~~・・・ぉ。良い報告との落差が凄いな・・・・・・」
サルト「ああ。俺も正直こんな冗談でも言ってないとイライラが収まらん」
風音「まだギリギリ冗談言える余裕はあるんだね」
はははっ、と渇いた笑いを漏らす。
サルト「まぁ、・・・腹は立つけど、まだどっか他人事だと思ってる所があるのかもな。お前達みたいに現地にいる訳じゃないし。何より今のケイロンの状況って見ようによっては自滅だしな」
風音「確かにそだね。・・・で、妨害の内容とか経緯を分かる範囲で詳しく聞かせて?」
サルトが六時間前に電話を切ってからこれまでの経緯を、事細かに風音に伝える。
全てを聞いた後、風音がしばらく黙り込む。
サルト「どうしたもんかね、艦長?」
沈黙を破ってサルトが話しかける。
風音「サルトさんに艦長って言われると背筋が寒くなるなぁ。って言うか前にも一回頼んだけど、サルトさんが艦長やってよ」
サルト「やだよ、面倒くせぇ。大体お前の艦だろこれ。カノンってお前の名前付いてるじゃねぇか」
風音の文字は「かのん」とも読めるから、そう名付けた宇宙艦だ。
風音「名前なんか飾りだよ。炎火なんて貰った時に適当に考えた名前だし」
サルト「あ、そうだったのか? ほのかってお前の初恋の人の名前とかじゃないのか? 片方がお前の名前由来だから、もう片方もてっきりそういうのかと思ってたんだが」
他愛もない雑談だが、サルトが結構真剣に驚く。あれだけ欲しいと言っていた宇宙船が手に入って、まさか名前を適当に決めていたとは。
風音「初恋の人・・・それだと優希になるね。僕の初恋の人に関しては、今となっては黒歴史だよ。小さい頃は母さんの事を近所のお姉さんだと思っててさ」
風音が左手で頭を抱える。
母親である藤御優希が、幼少の頃の風音の初恋の相手だ。
ただ血が繋がっていないのは事実なので、近所のお姉さんという解釈もあながち間違いではない。
風音「・・・だって基本住んでる所が違うし名前も違うしさぁ・・・そもそも年齢詐称疑惑があるくらい見た目が若いんだよ。・・・まぁ今そんな事どうでもいいか」
サルト「いや、ちょっと興味あるな」
宇宙共通、他人の黒歴史をほじくり返すのは蜜の味だ。
風音「いやいいよこの話は。それよりどうしよっか。手詰まりっぽいよ、どう考えても」
救助船がやってこれないとなると、もうこの星の人達は助からない事が決定したようなものだ。
サルト「残念だが、言葉通り手詰まりだろ。さっさとお前らが帰ってきて終了ってだけの話じゃないか?」
風音「いや、でも・・・・・・・・・」
風音が反論しようとしたが、言葉に詰まる。
ここで「ケイロンの人達を見捨てろっていうのか!」などと叫ぶほど子供でもない。
サルトの気持ちも分かる。別にケイロンの人達を見捨てもいいと思ってるわけじゃない。
文字通り、手詰まりなだけだ。
だからせめて離脱できる者は早目に離脱した方がいいと言ってくれている。・・・言い方はアレだが。
打つ手が無い事柄に食い下がり続けた結果、無駄死にする事だけは避けて欲しいのだ。
風音「・・・まぁ、そうなんだけど・・・・・・」
サルト「けど、なんだ?」
風音「・・・僕がそれで引き下がる性格だと思う?」
サルト「思わん。だから俺もさっきから手を考えてる。・・・なんも浮かばねぇけどな」
こういう所だ。風音はサルトのこういう所を尊敬している。やはりこの人が艦長になったらいいのにと思う。
・・・と、ここでふと風音に疑問が浮かぶ。
風音「・・・ちょっと思ったんだけど」
サルト「なんだ? いい手があるのか?」
風音「メリオエレナの人って、ケイロン政府軍とどんな交渉してんのかな? もしかして継ぐ者の情報が嘘か本当かで言い争ってるような状態かな?」
サルト「さぁ、どうなんだろうな? 聞いた感じではそんなんだったな」
風音「だったら方法は無くもないのかな・・・・・」
サルト「どんな案だ?」
風音「いや、上手くいくか分からないし、図々しい上に他力本願なんだけど」
サルト「いいから言ってみろ。誰かに何か頼むのか? 出来る限り交渉はする」
風音「はい・・・頼みたいのはサルトさんになんですけど」
急に敬語になる。
サルト「俺? 出来る事なら・・・まぁ何でもするけどよ・・・・・」
急に畏まった態度を取ってくる風音に少し警戒気味に答える。
風音「サルトさんってお金持ちだったじゃないですか?」
サルト「ああ、そうかもな」
風音「星とか買えます?」
いきなりスケールのでかい事を言う。
サルト「あのな、ケイロンを丸ごと買うとかは無理だぞ? 俺ら全員で協力すりゃ金銭的には買えるかもしれんが、組織的に統治されてる星を買っても意味が無いし。 まず住民が簡単には納得しないだろ。そういう不可能に近い壁を乗り越えて契約するだけで何年掛かるんだって話で」
普通に「金銭的には買えるかもしれんが」というセリフを言えるだけでも頼もしい。
風音「そうじゃなくて、もっと単純な話。人とか動物が住んでないけど、人が住める環境の星って無かったかな。たまに大富豪がそういう星を丸ごと買って、別荘を作ったり他人を呼んで自慢したり・・・って話を聞いた事があるんだけど」
サルト「・・・ああ、なるほどな。そこに誘導すんのか」
大体の事は伝わったようだ。
ケイロン政府が言う、現在継ぐ者が猛威を振るっているという嘘の情報。これを嘘だと言って立ち向かっても、平行線で時間を浪費するだけで意味が無い。
証明する方法が無いので、本当だと主張されてケイロン側が折れないだけだ。
だからもう、その主張を事実として受け入れた上で交渉する。
他の星に継ぐ者を感染させたくないから救助しに来るなと言うなら、風音の言う様な星を用意して、ケイロンの人間全員と救助に関わった人間すべてをそこに運ぶと言う。
継ぐ者は発症条件さえ満たさなければ発症しないウイルスであり、本体である継ぐ者を駆除すれば患者は助かるウイルスだ。
そして、継ぐ者はケイロンのどこかに居るとケイロン政府自身が各星に声明を出している。
ならば、他の星に迷惑の掛からない所に全員移動させて、そこで継ぐ者が発症出来ない環境を作る。そして約半日待てばいい。
そうすれば、星の子が継ぐ者をケイロンごと破壊してくれる。
継ぐ者に感染していた者も、その時点で治る。
・・・という案を受け入れるよう、ケイロン政府に交渉する。
どうせ放っておけば星が滅びるのだ。これを断って放置する理由は無いだろう。
サルト「・・・言われてみりゃ簡単な事だな」
本当に簡単な理屈だが・・・
これだけたくさんの星が関わったのだから、こんな単純な案くらい誰かが既に提案していてもおかしくない。
それが表に出てこなかったのは、じゃあそれを誰がやるんだという根本的な問題が原因だろう。
もちろん莫大なお金もかかる。
星を用意するお金だけじゃなくそこに何十億という人を運ぶ事と、その生活維持費が。
当初は受け入れ先が決まるには時間が掛かるから、一旦いくつかの星に分けて運び、そこで次の受け入れ先が決まるまで生活してもらう予定だった。
実はこれだけでも相当な費用が掛かるはずだった。
そこに追加で、一度予定にない星に何十億という人間を全員を運ぶという作業費用が加わる。
その状態から当初の予定通り事を運ぶのに一体何日かかるか・・・。その間の全員の生活維持費も必要になる。
ただこういったケースの場合、義援金もたくさん集まるので、意外と金銭面はどうにかなる可能性もある。
義援金での生活は必要最低限での暮らしになるので、裕福に過ごしてきたケイロン星民にとっては地獄のような日々になるかもしれないが・・・それは仕方ないとして。
やはり裏側の宇宙に住む者にとって継ぐ者の脅威は絶大で、こういった解決案が出ても行動に移そうとする者がいないのだろう。
何十億という人を助けるとなると、助ける側も大量の人員が居る。
その全てがもれなく宇宙一凶悪なウイルスに感染するのだ。しかも発症しない環境を作って本体が討たれるまで待つと言っても、本当に発症しない保証などどこにもない。
継ぐ者自身が身の危険を感じた時は、状況など関係無く発症させた前例もある。
そして発症すれば数時間で死ぬのだ。
はっきり言って死にに行くようなものだ。誰がやるというのか。
こんな解決策など、提案した奴が割を食う事になる。
そしてその脅威を無視出来る者・・・・唯一救助をしに行ったメリオエレナの者達はケイロン政府の言い分を最初から信じていなかったので、そういった案を考慮せずに正面から口論している。
サルトがしばらく沈黙。
サルト「なんて言うか・・・アホみたいな状況だな。状況に呑まれてそんな案すら出なかった俺も含めて」
溜め息吐きながらそう結論を出した。
サルト「よし、ちょっとメリオエレナの救助船に連絡とってみるわ。とっととケイロンの連中と交渉して貰わねぇとな」
風音「あ、待って? もし出来るなら、その交渉を他の星の人達にも見せるようにしておいてほしい。そうした方がケイロン側が否定的な態度を取りにくいと思うし。 それと・・・今更だけどほんとに大丈夫? ・・・・・その、金銭的に」
もし星を買うのが無理なら、既に持っている人と交渉して借りてもいいと思う。
大富豪は自分のステータスに拘る。
何億という人間の命を助ける為だと言えば、貸してくれる人はいると思う。
もしかすると手柄と引き換えに無料で済むかもしれない。
サルト「いや、それは大丈夫だ。お前が思っているほどそういう星は高くない。ピンキリだがせいぜい日本円にして百兆円~千二百兆円くらいだろう。そのくらいだったらノウンに頼らなくても、俺だけでどうにかなるわ」
風音が一瞬呆ける。
風音(・・・この人達どんだけ稼いでるんだろう?)
確かに全宇宙には亜人種も含め何兆何千億という人類がいる。
翻訳機はほとんどの場所で飛ぶ様に売れたらしいし、短期間での小型化が著しいので細かくバージョンアップを重ねる毎に売れている。しかも一台のお値段が日本円で二~三万とそれなりに高い。
でもだからと言って、そんなに稼げるものなのだろうか? と風音が疑問に思う。
風音(・・・例えば八千億人の・・・バージョンアップ回数が5~6回で・・・同じ人は何回も買い替えないだろうから・・・仮に×2として、そこから×30000円で・・・プラス今後新機能が付くとかで予約段階でアホほど売れてるとかで・・・えっ・・・・と。・・・とにかくいっぱいだな)
この人達だけは敵に回したくないなと思う。本当に。
風音「そんなにお金持ってたら人格とか変わらない?」
サルト「はぁ? 何だいきなり。札束でほっぺた殴ったりしてほしいのか?」
また随分とレトロな事を言い出す。
風音「一度殴った札束が私の物になるなら、何発でも耐えられますぜダンナ」
サルト「なるほど・・・人格が壊れるのは金を持っている方じゃなく、その隣人という事か。・・・金ってのは罪深いな」
風音「そうだね・・・。だからそんなのゴミ箱に捨てちゃおうよ。あ、昨日から僕の部屋がゴミ箱になってるから、好きなだけ捨ててね」
サルト「ああ。じゃあさっき鼻かんだティッシュペーパーぶち込んどくわ」
そう言って鼻で笑った後、サルトが電話を切った。
風音(ま・・・あっちは何とかしてくれるかな。後はこっちだな)
携帯をポケットにしまってため息を吐く。
救助開始が予想より遥かに遅い。その上助けに来てくれる星が一つだけとなると、わずか数時間で何十億という人間を救助するのはほぼ不可能だ。
救助を妨害してくるほどの本気度なら、今話していた流れで説得したとしても時間稼ぎくらいはしようとするだろう。
救助が本格的に始まるのは何時間後か・・・。
しかも、星の子が飛来する前後は救助の手を止めないといけない事も考えると・・・。
風音(今この星の時計で12時過ぎだったよな・・・で、17時頃星の子が来る、と。)
絶対無理だ。
おそらく救助開始は星の子が飛来した後、散々人を食い散らかしてから星の中心部に潜っていく時になるだろう。
そしてその約九時間後にケイロンは崩壊する。この九時間というのもあくまで星の子による星の崩壊の平均時間であって、崩壊の予兆が見えないとするならその前には救助活動を断念しなければならない。
救助に割ける時間はせいぜい五~六時間くらいになるだろう。
風音(どのくらい食べるんだろう? 居なくなるまでかな? 一ヶ所に集まってるんだから、時間をかけて全部食われたりとかするのか?)
そしたらもう救助する必要はなくなるな・・・とか、質の悪いブラックジョークが頭に浮かぶ。
風音(出来るだけ人を食わさないように時間稼ぎか・・・。ブラウニーの協力を得られればいいけど、無理なら諦めないとだしな・・・・)
ブラウニー「うわっ! 何これっ! 何これぇっ!」
ちょうどブラウニーの事を考えていると、同室で寝ていたブラウニーが目覚めたようだ。
神楽の希望でブラウニーがベッドで、神楽がソファを組み合わせたものの上に布団を敷いた場所で寝ている。ついでに風音はリビングの椅子で腕と足を組んで、毛布を肩に掛けて座りながら寝ていた。
ベッドの上ですぐ隣に寝ていた神楽を見て、ブラウニーが更に狼狽している。
ブラウニー「うっわコレやっばいやつ! 私だけじゃなくて、王女の体にもなんか黒い斑点がいっぱいあるっすよ音羽ちゃん! 外交問題になるんじゃないっすかコレ!?」
あまりにうるさいので、神楽が眠たそうな顔で起き上がる。
神楽「ふぁ・・・ぁ。・・・おはよう・・・ございます。風音様」
風音「うん、おはよう。日が変わっても風音様って呼ぶんだ。昨日だけかと思ってたよ」
神楽「風音様は・・・風音様・・・・・です・・・わ・・・・・」
ガクッと首が下に折れる。
まだ半分寝ているようだ。疲れが残っているのだろうが無理も無い。昨日はかなり肉体的に無理をしていたはずだ。
ブラウニー「なんでそんな落ち着いてんすか音羽ちゃん! この斑点が見えないんすか!? これ絶対ヤバい病気っすよ、私の勘がそう言ってるから間違いないっす!」
いちいち叫ぶので、横の神楽が目を瞑りながらうるさそうな表情をしている。
風音「確かにね。宇宙で一番ヤバいやつだよ。・・・もうその話題は昨日終わったけど。 ほら、そこの部屋の隅見て」
風音が部屋の隅を指さす。
ブラウニーが差された方に視線を移すと、見た事も無い物が置いてある。
ブラウニー「アレなんすか? 水晶? ・・・に、ふっとい針金でも刺したみたいな感じっすね。売るんなら余計なオプション付けない方がいいっすよ」
風音の方を向き直って言う。
風音「もしかしてブラウニーは継ぐ者を知らなかったりする? だったら昨日の僕と同じなんだけど」
だとしたら説明が必要だ。
ブラウニー「馬鹿にしないでよ音羽ちゃん。星を股にかけて仕事してる人達なら、継ぐ者を知らない人なんて居る訳・・・ない・・・・・・・し・・・」
ふと水晶の方を見て、風音に目を戻す。そしてもう一度高速で水晶に目をやる。
よく見ると針金部分(脚)が動いている。
ブラウニー「ぇ・・・うそ・・・・・・」
風音(お手本のような二度見・・・)
と、ブラウニーを見て関係ない事を考える。
ブラウニー「え・・・・これ感染して・・・・・・・」
ブラウニーの表情が青くなる。
思っていたよりも遥かに厄介な病気だと気付いたようだ。
風音「先に言っとくよ。その斑点は継ぐ者による病気の症状だけど、もう治ってるから。斑点は時間経過で消えていくらしいから心配無く」
ブラウニー「えっ? それは無いっしょ。なんで本体が生きてるのに治ってるんすか?」
風音「僕が治療・・・・って言うか、なんか継ぐ者と会話が出来たから、今は活動を停止してもらってるよ。その代わり人探しの依頼を受けたんだけど、そっちももう終わったし」
この説明に嘘はないが、ブラウニーの症状に関しては風音の毒で治っている。説明するのが面倒なのと、寝ている間に勝手に人工呼吸した事は別に言わなくていいやと思ったからその辺は省いた。
その話の流れで継ぐ者が話に入ってくる。
継ぐ者『言っておくが、貴様の治療法は欠陥がある。今後は控えた方が良い。本来なら貴様に治療を受けた三人は今頃危険な状態にあった筈だ』
ブラウニー「えっ? これあいつが喋ってるんすか?」
驚いているブラウニーは置いといて。
風音「どういう事?」
多分風音の毒による治療の事を言っているのだろう。
継ぐ者『貴様の出す毒の性質だ。何かを破壊する毎に強さを増す。それは貴様の体を離れた毒も同じだ。貴様が治療した三人は、体内の毒が我を駆除した事により、己が身体を破壊するほどの濃度になっていた』
風音「えっ、ほんとに!? じゃあすぐに毒を抜かないと!」
予想外の指摘に驚く。
やはり自分の技の特性を自分でも理解出来ていなかったようだ
体に毒を入れた時と同じ方法で毒は吸い出せるが、この話が事実だとすると今この場に居ない九重が危ない。
継ぐ者『愚か者。本来なら、と言ったのを聞いていなかったのか』
焦る風音を継ぐ者が止める。
継ぐ者『我を乗り越えるという事は、我の因子となるという事。ならば過酷な環境でも生き延びてくれなくては困る。我は発症した者に大きな試練を与えるが、乗り越えた者には死を遠ざける身体性能と不老を付与する』
風音「はぁ・・・、そうなんだ。ウイルス進化説みたいなもんかな?」
ウイルス進化説。ある種のウイルスは、乗り越えた者を進化させる。あるいは生き延びる為の新たな力を授けるというもの。
因子云々は面倒なので突っ込まない事にして、不老・・・も言葉通りだから理解出来るとして。
風音「死を遠ざける・・・とは?」
継ぐ者『環境や病気への耐性と怪我の治癒の促進だ。貴様が使う治癒技術ほどの高性能ではないが、それに近いほどの治癒能力が身に付く』
風音「へぇ・・・」
だとするなら、リリィは風音並みの治癒促進と不老が手に入った事になる。本人がそれを望んでいるかどうかは知らないが。
継ぐ者『そして、毒という外法ではあるが三人は我を発症し乗り越えた。外法ゆえ不老は付与せぬが、死を遠ざける体にはなっている。それ故貴様の毒に体が破壊されると同時に治癒している』
風音「あ、そうだったんですか。それは助かりました。ありがとうございます」
風音が継ぐ者に頭を下げる。昨日は口喧嘩していた間柄だが、仲間の命の恩人となると丁寧な態度にもなろうというものだ。
ブラウニ―「・・・??」
ブラウニーはこの一連の会話を全く理解していない。
風音「ん? 三人って事は僕は含まれてないのかな」
継ぐ者『貴様は発症していない。我を最初から拒絶したではないか』
風音「ああ・・・まぁそうなるかな、拒絶って言うか無意識なんだけど。 技を使わなくても治癒が出来るって便利だから欲しかったなぁ。知ってれば一旦わざと発症してから治したのに・・・。あ、そうだ。今からでもいいから僕にウイルス仕込んでくれない? 意識して毒を体から消しておくから」
継ぐ者『そういった不正行為には何も与えぬ』
風音「不正・・・かなぁ。同じだと思うけど」
少し残念だが、本人が認めてくれないなら素直に諦める事にする。
ブラウニー「・・・ちょっといいっすか?」
話が一段落したのを見計らってブラウニーが風音に尋ねる。
風音「ん? なんでもどうぞ」
ブラウニー「何の話してるんすか? 全っ然分からないんすけど。 結局病気は治ったの?」
ブラウニーが自分の腕を目の高さまで上げて見る。まだ所々黒ずんだ肌を気にしている。
風音「さっきも言ったけどそれはもう昨日の内に治ってるよ。今の話で分かったのは、僕以外の三人が怪我しても治りやすくなったって事らしいんだけど」
ブラウニー「そうなの? なんで?」
風音「継ぐ者がくれた力だってさ。試しにちょっとどこか傷付けて見せてくれない?」
言うが早いか、風音がブラウニーの腕を掴む。
ブラウニー「ちょっ! 音羽ちゃん! 何するつもりっすか!」
抗議しながら、必死で掴まれた腕を引いて抵抗する。
風音「ちょっとだけ手の平切ってみよっか」
もちろん風音は冗談で言っているのだが、どうやらブラウニーは真に受けているようだ。
ブラウニー「何言ってるんすか音羽ちゃん! やめなさい! お姉さんの言う事が聞けないの!?」
風音「ははっ、冗談に決まって・・・・・」
掴んでいた腕を離してそう言いかけたところで、風音の頬に何か液体の様なものがかかる。
風音(・・・ん?)
液体を拭ってみると、それが血である事が判明する。
神楽「・・・これでよろしいですか? 風音様」
いつの間にか起きていた神楽の方に目をやると、こちらに向けられた神楽の手の平からは結構な量の血が流れている。
ただ、神楽が座っている場所から風音まで血が飛ぶとは思えない。ちょっとした悪戯心というか、意図的に指で弾いて飛ばしたのだろう。
どうやら手の平を何らかの方法で切り裂いたようだ。見た目は派手に怪我しているように映るが、それとは対照的に神楽の表情は穏やかなものだ。
風音「ちょっ! 神楽さん、大丈夫それ!?」
神楽「ええ、平気ですわ」
一見すると常人なら結構痛がるくらいの怪我に見える。
だが元々少しくらいの怪我など大して意に介さない神楽の性格に加え、確かに継ぐ者の言う通り切った傍から傷口が塞がっていくのが見える。
風音との会話が終わる頃には、流れた血だけを残して傷が完全に塞がった。
風音「うわ、凄い・・・」
普段自分もやっている事だが、それはあくまでそういう技を使っているからであって、勝手に治るのはまた別次元の凄さに映る。
風音の場合気絶している時などは勝手に治療が進む事は無いが、こっちは本人がどんな状態でも勝手に治るという事だ。
治療の性能自体は風音の方が上だと継ぐ者は言っていたが、むしろ勝手に治る方が上位互換な気がする。
神楽「・・・ご満足いただけました?」
上目遣いで尋ねてくる。
風音「え、・・・うん。びっくりした。でもわざと怪我するのは止めてほしいかな」
そう言いながら鞄から濡れティッシュを取り出し、神楽に投げてよこす。
神楽「ええ。分かりましたわ」
濡れティッシュを受け取り、返事と共ににっこりと微笑む。
ブラウニー「私にはやろうとしたくせに・・・・」
文句を言いながらジト目で風音を睨む。
風音「だからあれは冗談だって」
手をぶんぶんと横に振って釈明する。
ブラウニー「いーえ、あれは本気でした。お姉さんは謝罪を要求します」
風音「本気な訳ないって。ブラウニーを傷付けたって、僕の手がきったない血で汚れるだけで何の得も無いし」
ブラウニー「まずその発言を謝りなさい」
そして、ブラウニーが腕を上げて風音に見せる。
ブラウニー「それとさっきから腕見てて思ったんすけど、なんか体中に縄で縛られた跡があるんすよ。これ継ぐ者と関係無いっすよね?」
風音「ああ、それは寝てる間に僕がブラウニーをバイクに縛り付けたやつだよ」
ブラウニー「はぁっ!? 何をさらっと・・・!? 人が寝てる間に勝手に緊縛って・・・何やってるんすか音羽ちゃん! 変態さんか!」
ボンボンと両手で布団を叩きながら怒る。
風音「だって全員で移動しなけりゃならなくなったのに起きないんだもん。僕が背負って走っても良かったんだけど、バイク好きそうだったから縛り付けられても本望だろうと思ったまでだよ」
むしろ無理矢理起こそうとした神楽が、ブラウニーのほっぺたが腫れ上がるまで叩き続けていたのを止めてあげた事を感謝してほしいくらいだ。
あの時点で止めてあげなかったら、今頃ブラウニーの顔はパンパンになっていただろう。
ブラウニー「はあ~~~~~っ!!? どこの世界にバイクが好きだからって縛り付けられて幸せを感じる奴が居るんすか!!」
風音「え、知らないの? バイクが好きだからって、バイク事故で死んでも本望とかぬかす変人が存在するんだよこの世には」
言い合っている二人の横で神楽がうっすらと笑みを浮かべている。
神楽(本当にルミナよりもこっちをくっつけた方が早いかもしれませんわね。彼女はなにか少し気に入らないですが)
今現在も横でじゃれ合っている二人を見ていると、小躍りしそうなほど嬉しい反面どこかイライラする自分もいる。
風音が全然反省していない態度で謝罪をしてブラウニーの眉が吊り上がった辺りで、神楽がポンッと両手を叩いて二人の会話を止める。
神楽「そろそろよろしいかしら? 詳しい状況は知りませんが、今後の方針を決めなくてはいけないのでは?」
風音「そう!!」
ビシッと神楽を指差して叫ぶ。ブラウニーがその声にちょっとビクッとした後プルッと震える。
風音「まずブラウニーは状況分かんないと思うから、かいつまんで説明するよ」
ケイロンに星の子が向かっている事を伝えると、ブラウニーの中で時が止まったかのように、体や表情そして呼吸に至るまでピタリと静止する。
ついでに星の子の情報が載っているページを端末で見せようとしたが、ブラウニーの表情を見てその必要が無い事に気付く。
ブラウニー「マジっすか・・・星の子・・・」
険しい顔に変わり考え込む。
風音「詳しい状況は後で説明するよ。とにかく最悪なんだよ。多分星の子が星の核に向かう行動をとるまで救助が一切来ないと思う」
神楽が怪訝な表情になる。
ブラウニー「ん~~? それって星の子がひとしきり食事を終えた後って事じゃないっすか?」
風音「うん、そうなるね」
ブラウニー「・・・・・ああ、それで・・・」
ブラウニーの中で何かに納得がいったようだ。
風音「何か気付いた?」
ブラウニー「いや、音羽ちゃんの態度がね。こんな非常事態なのにさっきから妙に雑談してばっかりで落ち着いてるから、何でかな~と思ったんすけど。もう出来ることが無いから諦めて離脱する気満々って事っすね。私もそれに賛成っす」
ブラウニーがうんうんと頷く。
風音「ああ、そういう話?」
ちょっとガッカリする。
星の子に関して何か気付いた事でもあったのかと思ったら全然違った。
風音「いや違うけど。単に起きてすぐ動くのがしんどいから、一時間くらいは相談とか食事とかに時間を割いて、体を起こしてから行動を開始しようとしてただけで。その為に予定より一時間早く起こしてもらった訳だし」
ブラウニー「緊急事態に一時間早く起きたら、その分早く動き出そうっていう発想は無いんすか・・・」
風音「無くもないけど時と場合によるよ。今回の件は・・・僕等に出来る事が少なすぎるから、急いでもあんまり変わらないかな」
神楽「逆に、この状況で何か出来る事があるのでしょうか?」
神楽が首をひねる。対して、風音が少し自信無さそうな表情で肯定する。
風音「うん、上手くいくかは分からないけどね。 まずブラウニーの協力が得られたらなんだけど、星の子を中心都市から別の場所に移動させられないかなって。同時に僕もそこに移動する。その場所で継ぐ者と協力・・・というか継ぐ者にウイルスを大量に出してもらって、それを力に換えて逃げ回って時間を稼いでみるって感じかな。 継ぐ者の力を存分に使えるなら何時間動いても疲れないし、超人的な動きをずっと維持出来るだろうから」
風音の毒にとって継ぐ者のウイルスは、その一匹一匹がエネルギーの塊のようなものだ。
やった事が無いので構想段階だが、継ぐ者をロープか何かで背中に括りつけておけば、無尽蔵なエネルギー源を搭載した超人の完成となるだろう。
ブラウニー「私が協力っすか。・・・それはいいっすけど、無理だけはしないようにね?」
風音「・・・・・・・・・」
風音が一瞬何も言えなくなる。
ブラウニー「?」
ちょっと間を空けてから、風音が答える。
風音「あ、ありがと。 まさかそんな簡単に引き受けてくれるなんて・・・」
この件が危険極まりない事は重々承知の上だ。
協力を渋るならそれも仕方ないと思っていたが、まさかそんなにすんなり受け入れてくれるとは思っていなかったので、一瞬固まってしまった。
ブラウニー「あははっ! 私にそんな風にお礼を言うなんて、音羽ちゃんも可愛いとこあるっすね」
可愛いと言われてほんの少し顔が紅潮する。
神楽「・・・・・・・・・・・・・・・」
そして照れ隠しの様に風音が咳払いを一つしてから、話を元に戻して続ける。
風音「ただ今回のポイントは、さっきブラウニーが言ったように離脱を最優先する事かな」
ブラウニー「ん? どういう事っすか? 言ってる事が真逆な感じがするんすけど。だったら今すぐ離脱すればいいじゃないっすか」
率直な意見に風音が少し笑いながら答える。
風音「いやそういう事じゃなく。作戦は実行するけど、成功に固執しないって事だよ」
ブラウニー「はぁ・・・」
風音「だって正直穴だらけでしょ、この作戦。まずブラウニーのあの瞬間移動みたいな力が星の子に通じるかどうか分かんない」
ブラウニー「・・・そうっすねぇ。全ての攻撃が無駄に終わったとかいう情報もあったし」
ブラウ二ーの星ではサイコキネシスの様な力を使える者が、ごく稀に生まれる。
そんな一握りの才能持ちの中でも、特にブラウニーは桁外れの才能があった事から神童と呼ばれていた。
・・・のは事実だが、人類における神童など本物の神(?)の前では雑魚扱いだろう。
ブラウニーの技が効く保証など全く無い。
風音「それに、星の子は明らかに超遠距離から人類・・・自分にとっての食糧が大量に存在する場所を把握してる。一体どんな能力を使ってどんな計算をしてるのか不明だけど、中心都市ど真ん中に降り立つって事はそういう事だと思う。・・・って事は、もし作戦が成功して都市から無人街に移動させる事が出来たとしても、わざと標的になって時間稼ぎをしようとしてる僕を無視して一直線に都市に戻る可能性も高い」
神楽「そりゃ・・・そうですわねぇ。もし食料の位置を把握出来るなら逃げ回るたった一匹の食糧より、口を開けて移動しているだけで大量に食べられる環境の方に戻ろうとするのは当然ですわねぇ」
風音「更に言うなら星の子は人類が居ない星も食べてるらしいから、周りに食料が無いとなると人類を食うのは諦めて、すぐ星の核に向かう行動をとるかもしれない。そうなると時間稼ぎは出来ない」
神楽「それはそれで、人的被害を出さずに星の核に向かわせたという事になるので、及第点・・・いえ、大成功と言ってもいいと思いますが」
ブラウニー「・・・・・・」
ふむ、とブラウニーが無言で頷く。
風音「そうかもね。・・・あと、ついでに言うなら僕が失敗してあっという間に食べられる可能性もーーー」
神楽「ほんの少しでもその可能性があるのなら、今すぐ風音様を気絶させてでも地球に帰還しますが」
ゆらりと神楽の右腕が動く。
風音「冗談です冗談です、絶対危ない橋は渡りませんて。危なそうなら時間稼ぎも諦めて逃げるに徹するから」
慌てて両手を振って弁明する。
風音「・・・とにかく今言ったような手の施しようがないイレギュラーが起こった場合、その場で作戦を変更してどうにかしようとか、そういう余計な事は考えずに離脱を優先しようと思う。・・・皆それぞれ待ってる人が居るから必要以上の無茶は出来ないし」
神楽「大賛成です。むしろ風音様は優しすぎますわ」
神楽にとっては継ぐ者の蔓延を阻止する努力をし、継ぐ者を発見しただけでも充分この星の為に働いたと思っている。
このうえ神と言われている怪物の面倒までは見れない、というのが本音だ。風音が時間稼ぎをすると言い出したから付き合っているが、自分一人ならもう離脱している。
ブラウニー「私も賛成っすね。って言っても私は待ってる人なんて居ないっすけどね」
そう言ってブラウニーは笑うが、周りは笑えないというか反応に困る。
風音「少なくともカノンの皆は待ってるよ。ブラウニーと九重さんはもう大事なカノンの一員だからね」
と、無難に返しておく。
ブラウニー「そっか。・・・。うん、そうかも」
ブラウニーが嬉しそうに風音に向かってニコッと笑う。
風音「・・・・・・・・・」
しばらくその笑顔を見た後、なんとなく。
なんとなく風音がブラウニーから目を逸らす。目を逸らした後、何故か昨日ブラウニーに人工呼吸をした時の事が頭をよぎる。
風音(・・・やっぱりまだ自分の中に罪悪感とかあるのかな・・・・)
また顔が熱くなる。
神楽「・・・・・・・・・」
ドスッ! っと風音の腹に衝撃が走る。
風音「ガフッ! ・・・な、何? 神楽さん。なんか失言したっけ?」
さっきの会話で振り上げた神楽の右腕が付き出されている。遠当てで腹パンされたようだ。
神楽「いえ別に?」
そう言って右腕を下ろす。
じゃあなんで殴ったんだ? という思いと同時に、もしかしたら強制帰還させようとしているのかもと勘ぐる。
風音「そ、そう」
もうこれ以上ダラダラと今後の方針について語るのはまずそうだと判断する。失言一つで即帰還は御免だ。
風音「じゃあそろそろ行動しようか。食事は携帯食料があるから各自好きなのを持って行って。結局かなり余ったなコレ・・・」
風音が鞄から袋入りの棒状の携帯食料とチョコレート系の食糧を多数取り出す。
風音「あと水と」
ボトル入りの水も数本取り出して机の上に並べる。
風音「水に溶かして飲む粉もあったっけ。ジュースみたいになるから美味しいし、栄養価が高いから飲む点滴とか言われてるみたい」
粉末が入った袋を大量に机の上に広げる。
風音「あ、これ面白いよ。圧縮された缶入りのパン。開けたらでっかくなるん」
鞄から取り出した缶詰を高く積み上げる。
風音「あとそれに付けるジャムとか」
小袋入りの調味料を多数取り出して机の上に置く。
ブラウニー「・・・・・・」
ブラウニーがもうそろそろ突っ込もうかと思ったが、まだ風音が鞄に手を入れているので我慢する。
風音「あとこれちょっと楽しみにしてやつだ。復刻版の昔の缶詰携行食。今のとは形式も味も違うんだけど、こういうのって昔から美味しかったんだって」
先程のパンの缶詰の横に積み上げる。
風音「そんで最後は今回期待の一品。僕も使った事無いんだけど」
大きめの目覚まし時計二個分くらいの大きさの謎の機械を取り出す。
ブラウニー(ついにメカが出た・・・)
風音「これは水さえあればその辺の草とかと一緒に虫を入れて、あとはレバーを回して発電しているだけで勝手に調理してくれて、五分位で虫クッキーになって食べられるんだってさ。草よりも小麦粉を入れた方が美味しいらしいから、小麦粉も持って来た」
機械と小麦粉入りの袋を机の上に置く。
これはだいぶ前に食糧危機を脱する為に作られたものらしい。
食糧危機になると短期間で大量に増えて栄養価も高いとされる虫を食べる事が勧められている。これに抵抗がある人達の為に作られたのだが、結局活躍の機会は少なかったようだ。
風音は説明を省いたが、水が無い時の為にハンドルを三十分ほど回して数時間放置しておくと空気中の水分を集めて飲料水に変える機能と、汚い水の濾過機能もある。
本当にこれ一台で結構サバイバルが可能となる逸品だ。でも在庫だだ余りで二千円くらいで売ってた。
ブラウニー(この人達はどこで遭難するつもりだったんだろう・・・)
機械を見ながら疑問に思う。
ブラウ二ー「終わったみたいだからそろそろ言うっすね。どんだけ物入れてるんすか」
呆れた様子で言う。
風音「言われると思ったよ。他にも服とか色々入ってるけど・・・場合によっては何週間か滞在するつもりだったからさ、そりゃこんくらいは最低要るかなって。食事が体に合わなかった時の為にも」
それがまさか二日で帰る事になるなんて。
ブラウニー「いやそんな事より、昨日それ担いでバイク追っかけてたんすか? どんな体力してんすか音羽ちゃん」
風音「いや僕はドーピングしながら走ってたし。所々コンクリートを毒で溶かしながら走ってたから、地面がボコボコになっちゃった代わりに僕自身の疲れはそんなに。・・・むしろ自分の力だけでずっと走ってた神楽さんの方がかなりしんどかったと思う」
全ての荷物を風音が持っていたのはそういう理由からだ。
ただでさえ彼女は服だけでも重いのに、あんなに走れるのは人間離れしていると風音が見ても思う。
それを聞いていた神楽が首を横に振って応える。
神楽「私も技に頼ってましたから。半分以上は衣服に走らせてましたわ。ただ、そのせいで精神的に披露して眠気が酷かったですが」
まだ少し眠いのか目をこする。普段そこまで疲れるような事も無く寝起きは良いタイプなので、二度寝しようとする神楽や完全に起きた後もまだ眠そうにしている神楽の様子は結構レアな光景だ。
風音「そっか。まぁ今日は神楽さんの仕事は楽だから安心して。二人分の食料を持って九重さんのホテルに行ってもらって、あとは二人で小型船を置いてある空港で先に待機してくれてるだけでいいから」
この状況なので、もう小型船が三人乗りだとか言ってられない。詰めて乗れば四人くらい乗れるだろう。
ついでに九重も乗せて帰る事に決定した。
今後の方針を聞いて、神楽の表情が凍りつく。
神楽「お心遣い感謝しますわ。ただ、またあの男と同行ですか・・・」
眠気も相まってうんざりした表情になる。
風音「そんな嫌がるほど? 結構冗談も言うし面白い人だけどなぁ」
風音(会話してた感じだと仲が良さそうに見えたんだけど・・・)
部分的に意気投合していたように見えたので、そんな嫌がるほど仲が悪そうにも見えなかったが。
初見でぶつかっているので色々思う所もあるのだろう。いっそこれを機に仲良くなってほしいものだと思う。
風音「僕は中心都市に行ってサルトさんから正確な出現位置を聞いて、待機しとくよ。で、一番面倒な仕事になるのはブラウニーなんだけど」
ブラウニー「ん? 私は音羽ちゃんと同行じゃないんすか? 効くかどうかは分かんないけど、星の子を移動させるんでしょ?」
風音「その移動先を出来るだけ中心都市から離したい。ここじゃまだ近い。時間いっぱいまでバイクで中心都市とは逆方向にいって、着いた場所に瞬間移動先を設定してきてほしいんだけど、出来る?」
ブラウニーが考え込む。
ブラウニー「ん~~~? それ大丈夫かな? まず移動してから・・・私が迎えに行く形・・・か?」
何かプランを練っているようだ。
ブラウニー「出来る出来ないで言えば出来るんすけど、ちょっと面倒っすね。要はーーー」
ブラウニーが説明を始める。
要はそのブラウニーが使う技に対応した本を二冊しか持っていないので、移動先は今二ヶ所しか設定できないようだ。
しかもブラウニー以外はブラウニーの視界に居る範囲に居ないと動かせないらしい。
つまり、作戦開始時にはブラウニーは中心都市に居て星の子を視界に収めないといけない。
風音「それは別に、僕が中心都市に行く際にブラウニーのバイクに乗って行けばいいだけじゃないの? 今はあのバイクに設定されてるみたいだし」
ブラウニー「音羽ちゃん、今中心都市に入るのにかなり厳重な検査がされるの知らないんすか? ばれないように潜り込むつもりなら、目立ち過ぎてバイクじゃ無理っすよ」
言われてみれば、最初に神楽と二人でそんな事を言っていたような気がする。なんか丸一日身体検査されるとかなんとか。
確かにそんな事をしている時間は無いので、中心都市にはこっそり潜り込む形になる。
ブラウニー「だから、一旦私も中心都市に行ってどこかに設定してから、全力でバイクをとばすか・・・もしくはある程度遠い場所で見切りをつけ・・・」
風音「僕自身を移動先には設定できない?」
途中で割って入る。
ブラウニー「音羽ちゃん自身を? ・・・人に設定した経験は無いんすけど、ちょっとやってみましょっか」
懐から黒い本を一冊取り出し、風音に向かって開ける。風音を見ながらただ黙ってしばらくそうしたあと、本に挟んでいた栞を取り出して胸ポケットに入れる。
そしてそっと本を閉じる。
風音「うおっ・・・・っと。びっくりした」
ピッタリと真正面から風音にくっついた状態でブラウニーが出現する。背丈が近いのでお互い目の前に顔がある。
ブラウニー「うわぁ、近いっすね。正面に設定したから、やっぱりこうなるんっすね。ん?」
ブラウニーが腕を風音の背中に回してポンポンと背中を叩く。
ブラウニー「おお、音羽ちゃんやっぱりなんだかんだで体が鍛え上げられてるっすねぇ。見た目とは裏腹に、男の子っ! って感じっす」
風音「そりゃどうも。・・・そろそろ離れてもらえる?」
ヘラヘラしながら言うブラウニーを見て、顔を赤くしながら答える。
ブラウニー「おっと、失礼」
パッと風音から離れる。
風音「いやいいけどさ」
ブラウニーも言動が女性らしくない割に、触れたところ全部フワフワだったなぁと感じたが、こっちがそれを言うとセクハラになるんだろうなと思う。男女平等って何なんだろうか。
ドスッ! っと再び風音の腹に衝撃が走る。
風音「カハッ! ・・・な・・・何故・・・・・・・」
腹をおさえて神楽の方を見る。
また正拳が付き出されていた。
神楽「いえ別に。強いて言うなら緊張感が足りないですわ」
氷のように冷えた眼で風音を見て言う。
風音「そう・・・かな?」
そんなに怒るほど本題から脱線してはいなかったと思うし、仮にそれが理由なら怒られるのはブラウニーの方だと思うのだが。
でも特に反論はしない。反論したところで損はあっても得は無い事くらい分かる。
気を取り直して話を続ける。
風音「何にせよ、これでブラウニーは僕の居る場所に一瞬で移動出来るようになったって事でいいかな。じゃあ予定通り出来るだけ離れた場所まで行ってもらって、その場所から僕の所に来てもらう事にしよう。事前にこっちから連絡入れるから」
お腹をさすりながら指示を出す。
ブラウニー「うっす」
風音「ああそれと、基本バイクで高速移動してるから大丈夫だとは思うけど、無人街には犯罪者が多いから危険を感じたらすぐ僕の方に移動して。距離を稼ぐ事よりも安全優先で」
ブラウニー「んふっ、心配性っすねぇ。ま、了解っす」
ポンポンっと風音の肩を叩いて返事する。
神楽「本当に大丈夫なのかしら? 貴方が一人で犯罪者と渡り合えるイメージが湧かないというか・・・」
嫌味ではなく本心で心配している。
ブラウニー「大丈夫! 逃げるのは得意中の得意っすよ」
胸を張って答える。
風音(確かに人質になってた時も一人なら逃げる事が出来たっぽいしな・・・)
心配はいらないかな、と思っていると。
神楽「では今ここで私から攻撃されずに逃げる事は可能ですか?」
ソファに座ったまま上半身だけ正拳突きの構えをとる。
ブラウニー「う~~~ん・・・ちょっとあんた達二人は常人離れしてるしなぁ・・・」
ブラウニーが少し下を向いて考えた後、素早く顔を上げる。
ブラウニー「でも、位置にもよるんすけどその位置はまずいっす。神楽さんの方が圧倒的に不利っすよ」
ニヤリとしてそう言って、急いで懐から本を取り出し閉じる。
再びすぐ隣に居た風音に張り付くようにブラウニーが出現した。
風音(うおっ・・・と。これ心臓に悪いな・・・・・・。突然やられると驚いた拍子に頭突きしそう)
また結構びっくりした。
目の前にいきなり人が現れるのは多分何度経験しても慣れない。
そのまま神楽の方に目を移す。
風音(それよりなんで神楽さん、ブラウニーが懐に手を入れてから動かなかったんだろう? 懐から本を出すまでの間に神楽さんなら五発は打ち込めただろうに)
ブラウニーの動作も決して遅くは無かったが、神楽なら余裕で止められたはずだ。
ブラウニー「はい私の勝ち。バイクまで飛んで帰って来るのが面倒だったから音羽ちゃんの方に移動したんすけど、やろうと思えば同じ動作でバイクに移動出来たから、逃走成功っすね」
風音から離れ神楽の方を向いて、笑顔でそう言うが神楽からの反応が無い。
正拳突きの構えの格好のまま動かない。
風音「・・・? もしかして神楽さん動けない?」
ブラウニーに聞く。
ブラウニー「一種の金縛りみたいなもんっすよ。この髪の毛を縛ってあるゴムの飾りあるっしょ?」
顔の横に三つ編みでおさげにしている部分を縛っているゴムを見せる。
四角い小さな木枠の様な飾りが付いてある。
ブラウニー「この枠の中を私が覗くと目に映ったものが全て停止するんすよ。枠内が一枚の絵になるように」
風音「ああ・・・最初のあの不自然な動きはその為か。凄いね、あの神楽さんでも止められるんだ」
ブラウニー「いや、今も止まってるのはあの人本気じゃないからっすよ。さっきも言ったけど、金縛りみたいなもんなんすよあれ。体全体を動かそうとしても動かないけど、体のどこか一ヶ所に集中して全力で動かそうとすると動けるし、そうやってほんのちょっとでも動かせたら金縛りが解けるように全身動けるようになるんすけど」
神楽「あら本当」
少し嬉しそうな面持ちで、神楽が正拳突きの構えを止めて手を下ろす。
ブラウニー「でも神楽さんレベルなら、本気を出せばそんな事しなくても全身を力ずくで動かす事も出来るはずっすよ。ま、それでも多分零点数秒は解くまでに時間がかかるだろうから、その間に逃げる事は出来ますけどね」
胸を張って自慢げに言う。
神楽「ええ、素晴らしいですわ。試す前は厳しく採点して赤点を付けてやろうかとも思ってましたが、十分に及第点です」
にっこりを微笑んでそう告げる。
ブラウニー「及第点って・・・成功したんだから満点合格でいいじゃないっすか」
風音「いや、ちょっとこの辺りをよく見て」
神楽に反論しかけたブラウニーの肩を指でちょんちょんと叩いて、そのままブラウニーが着ているつなぎの服の肩の部分を指で差す。
ブラウニーが肩を見ると、一部綺麗に抉り取られたように欠損している部分がある。
ブラウニー「えっ? これもしかして」
風音「うん。ブラウニーが最初、技を発動させるために下を向いた時に一発入れられてた。本来ならあれで終わってたよ」
ブラウニー「ま、まじっすか・・・。じゃあおもいっきり赤点じゃないすか・・・・」
神楽「いえ? 敵が目の前にいるのに視線を完全に切るのは減点ですが」
これは九重との戦いで不覚を取った自分への戒めの言葉でもある。
神楽「赤点と断ずるほど悪い動きではなかったですわ。減点を補って余りある良い動作でした。・・・おそらく都市から大きく離れた無人街で出会う犯罪者など、たかが火事場泥棒程度の矮小な輩。であれば十分合格でしょう。安心して送り出せますわ」
と太鼓判を押してくれたが、ブラウニーが凹む。
ブラウニー「いやぁ・・・そうっすかぁ? 自信無くすなぁ・・・」
風音「まぁ相手が悪かったって事で」
ポンポンと肩を叩いて慰める。
ブラウニー「・・・そっすね。こんな簡単な仕事くらいパッとこなさないと」
むんっ、と胸の前で両拳を握って気合を入れ直す。
その様子を見て思わず風音がブラウニーの頭に手を伸ばして頭を撫でようとしたが、寸前で止まる。
風音(あっぶな、またやるとこだった。年上相手は失礼だっての)
どこか頼りない感じというかブラウニーの持つ空気感が妹に近いのもあって、思わず癖が出そうになる。
まして挫折を乗り越えて奮起するなど、妹なら髪型が崩壊するほど頭を撫でている事案だ。
妹の方も妹の方で、何かあると自分から頭を差し出してきて撫でるのを催促する子だった。風音に撫でられて髪の毛がボッサボサになって、それでも喜んで風音を見上げる妹の姿が思い出される。
急いで手を引っ込めたが、同時に腹にズムッ! と衝撃が走る。
風音「ふぐっ! ・・・な、なんなの神楽さん・・・・」
神楽の方を見ると、やはり正拳突きの格好。
神楽「何故途中でやめてしまうのですか? そういうのはもっとグイグイ行くべきですわ。私が気に入らないのは私にも見せない表情をする時であって、基本的には二人にもっと仲良くなってもらわないと困るのです」
風音「な、・・・何を言ってんの・・・・・?」
腹をさすって疑問を浮かべる風音を見て、同じく状況を理解出来ていないブラウニーが間に入る。
ブラウニー「・・・? よく分からないけど、同じ艦で過ごす事になるから私も音羽ちゃんともっと仲良くなれって事じゃない? 十分仲いいっすよ、ねぇ? 音羽ちゃん」
ブラウニーが隣にいる風音の腕を自分に引き寄せて腕を組む。
いきなり引っ付かれてまた風音の顔が赤くなる。
風音「えっ、まぁ・・・うん。 まるで竹馬のとぶっ・・・!」
が、そこでまた一発腹に入る。
神楽「話を聞いてらしたのかしら?」
ブラウニー「し、白々しかったっすかぁ? ごめんね~音羽ちゃん。でも神楽さん、別に嘘でもないんすけどぉ」
自分の白々しい仲良しアピールのせいで風音が殴られたと理解したブラウニーが、風音に謝る。
風音「あの・・・喋ってる最中に・・・・・殴らないで・・・。それと・・・僕が相手だからって・・・手加減無さすぎ・・・・・・・」
呼吸が整わない。ブラウニーのバイクを吹っ飛ばした時くらいの、回復が必要な程の威力で打たれている。
神楽「風音様への信頼の証ですわ」
風音「その信頼は・・・いらないかな・・・・。じゃあ・・・そろそろ行動に移そっか」
各自自分の仕事内容の確認を終え、神楽はメールを見て九重が居るホテルへ。
ブラウニーはバイクで中心都市とは逆方向に。
そして風音が中心都市潜入に向けて気合を入れ、それぞれホテルを発った。




