観察
授業が終わるとすぐ俺はベルクを連れて修練場に来ていた。
修練場の壁には防御用の結界が張ってあるため、気にせず魔術をぶっ放せるのだ。
放課後には多くの人が来るので、いち早く場所を確保しなければならない。
俺たちが場所を確保したころには、ぞろぞろと人が入り始めていた。
しばらく待っていると、黒髪の少女が入ってくるのが見えた。
俺はおーい、と大きく手を振りながら少女を呼んだ。
「ちゃんと来てくれたな。今から来週の実地訓練のための会議をするぞ」
「ちょっと待って、やっぱり私は入らない方が・・・」
そう言って拒むミラをベルクが制した。
「まあいいじゃねーか。とりあえず一回組んでみようぜ。まだお互い何も知らないからな」
ナイスだベルク。俺は心の中で親指を立てた。
「そういうことだ。じゃあ自己紹介からはじめるか」
自己紹介はすぐ終わった。
ベルクに関してはもう知っている情報ばかりだったので適当に聞き流したが、ミラは俺たちの情報に表情を変えた。
「グレイたちは本当にEクラスなの?信じられない」
そういう彼女は相変わらず目つきが悪かった。
どうやら普段からもこの顔らしい。
俺だけを睨んでた訳じゃないんだな。
常識はずれなのは彼女も同じであった。
魔障があるだけでも十分だが、彼女が最も得意なのは治癒魔術らしい。
その他にも氷魔術と剣術もできるとのことだ。
剣術に関しても傭兵時代に師がいたようで、俺の我流魔剣術とは違う。
「自己紹介に関してはこれくらいでいいだろう。さてミラ、パーティーの作戦立案のために戦闘スタイルを俺に見せてくれないか」
待ちに待ったこの時がきた。存分に観察させてもらうとしよう。
もちろんパーティーのためだ。パーティーの。
「ベルク、ミラの相手をしてくれ。好きなように闘ってくれていいからな」
俺がノリノリでとノートを取り出しているのを見て二人とも引いている。
このノートは魔術ノートだ。名前は俺がつけた。
俺は気になったことや、自分のしてみたことをノートにまとめているのだ。
自室に今まで書いてきたノートがたくさんある。あくまでも自分のためであるが、面白そうなこともいくらかあったのでいつか本にして出版するのもいいかもしれない。
「戦闘はじめっ!」
俺はノート片手、ペン片手で二人の戦闘を観察した。
俺の合図とともにベルクが駆け出した。
さすがの速さだな。しかも俺とやりあった時より、少し速くなっている気がする。
ベルクが正面から突っ込んでいく。しかし、ミラに攻撃が当たる直前で横に飛びのいた。
ミラが抜刀したためだ。
たしか居合だったか。刀を抜くと同時に相手を切る技らしい。
その剣速は確かに速かったが、対応できないほどでは無かったようだ。
ベルクが距離を取ったため、ミラは再度納刀し次の攻撃に備えている。
今の一閃でミラの実力を認めたのだろう。
ベルクは楽しそうに笑みを浮かべた。
ベルクは再度正面から突っ込む。
ミラは先ほどと同様に抜刀するが、そこにベルクはいなかった。
ベルクは体に風をまとってミラの後ろに回り込み、ミラを力任せに殴りつけた。
ベルクが拳を叩きつけるその前にミラは前へ飛んでいたが、衝撃を吸収しきれずに地面を転がった。
相手がベルクでなければ、ほぼダメージはなかっただろうな。
刀さばきと言い、今の回避の仕方と言い、場慣れしているのは間違いない。
ミラは立ち上がると、また構えなおしてベルクを迎え撃った。
ベルクの動きが普通でないことは理解したのだろう。
ベルクを見失いはするが、先ほどのように攻撃を直接受けることはなくなった。
ベルクはベルクで刀と正面からやりあうわけにはいかず、どうにも攻めあぐねているようだ。
見ていられなくなった俺は、戦闘を中断させ二人に声をかけた。
「ちょっととめてくれ。ミラ、なぜ魔術を使わないんだ」
俺の言葉にミラは少し表情を暗くした。
「それは・・・」
しばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。
「それは、暴走するかもしれないから」
暴走。
暴走とは、魔力を過剰に込めすぎて魔術が制御不能になることである。
俺たち魔術師が暴走を起こすことはほとんどない。
魔術は込める魔力にある程度幅があっても問題なく発動するからだ。
むしろ、魔力不足による魔術の不発の方が起こる可能性は高い。
魔術は制御できたとしても危険である。
ならば、過剰な魔力によって威力が上昇した上、制御不能になった魔術の危険性は計り知れない。
街中で魔術を暴走させたというのは、実に凄惨な事件になりえるのだ。
本来は起きることはないが、魔障を抱える人にとってはそうではないらしい。
「一人なら暴走しても大丈夫だけど、ここにはグレイやベルク、他にも大勢人がいる。だから万が一のことを考えたら、怖くて使えない」
ミラの表情がさらに暗くなる。
そういうことか。確かに暴走させるのはよくないな。
危険ではあるが、悪いことしかないわけではない。
暴走はとてつもない破壊力を持っているので、魔獣の襲撃などの危機的状況から抜け脱せる救世主ともなりえるのだ。
「うーん。なら治癒魔術はどうなんだ。得意なんだろう?」
「治癒魔術なら大丈夫。暴走しても被害はでないから」
どうやら調子が戻ってきたようだ。先ほどよりはいくらか声色が明るくなった。
「わかった。誰の治癒をしてもらおうか」
誰も怪我を負っていないので、見ようにも見れないな。
どうしたものかと悩んでいると、ベルクがとんとんと俺の肩を叩いた。
「なんだ、今ちょっと考えて」
そう言いかけて気づく。
上半身裸のベルクが腰に手を当て胸を張るようなポーズをとっていた。
このポーズは覚えがある。
以前ベルクの部屋に行ったとき、ベルクの腹を殴ったのだ。
その時のポーズである。
つまり、俺の腹をパンチしてみろ、という意味である。
「もちろん魔術は無しでな」
笑顔でそういうベルクと俺を、ミラは訳が分からないという顔で見た。
つーか、なんて体してるんだよ。
ベルクの体は筋骨隆々、というかでかい。
筋肉がただ肥大しているのではなく、それぞれが引き締まっている。まさしく鋼の肉体だ。
もはや美しいといっても良いその体にミラは目を吸い込まれたようだ。
彫刻という芸術を鑑賞しているかのように、じっとベルクを眺めている。
「そろそろいくぞ」
俺は拳を構えた。
以前はベルクの体がここまで硬いとは思っていなかった。
だが、今回は違う。
俺は腕を後ろに引くと、思い切り前に突き出した。
体重移動と、腰の回転を加えて拳をベルクに突き刺す。
「うおおおお!」
バキィっと気持ちいい音が鳴った後、俺はうずくまった。




