敗北
修練場は歓声に包まれている。
交流戦の結果は、三勝一敗一分けで俺たちの勝ちだった。
Aクラスに勝ったことでどう変化するのかわからないが、間違いなく目は付けられるだろう。
「勝ったぞ」
出迎えてくれたミラに拳を見せる。
急に出された拳をミラは不思議そうに見ていた。
「・・・ほら、ミラもするんだよ」
言われるがままに小さな手を握って前に出してきた。
こつん、と拳同士をぶつけ合う。
「約束どおりだろ」
ミラが微笑んでいる俺の顔を見た。
「・・・おかえり」
彼女の声は、いつもより少し明るく感じた。
「っ!」
左腕がずきりと痛んだ。
忘れていたが、筋肉の一部を消し飛ばされたんだった。
俺が顔を顰めたのをみて、ミラが治癒魔術をかけてくれた。
治癒してくれているおかげで、徐々に痛みが和らいでいく。
「ありがとな」
ミラが渋い顔をしたまま頷いた。
そこにベルク、リーゼ、カレンの三人がやってきた。
「やるじゃねえか。魔術が一切通じてねえときは無理かと思ったぜ」
「戦える土俵は多いからな。今回は魔力量の戦いだった」
なるほどなあ、とベルクは返事をした。
「まさか本当に勝つとは思わなかったわ。でも、良くも悪くも今回は目立ちすぎたわね」
「なんだそりゃ」
「Aクラスが惨敗したなんて事実は、この学園初よ。それにその相手が第一王子。ただで済むとは思わないわ」
「別にいいじゃねえか。クラスに関係なく強い方が勝つ、それだけだろ」
「だからよ。次世代を担う貴族や王子が弱いなんて噂が広まれば、面倒なことになるわ」
リーゼは一呼吸おいて話を進めた。
「その辺のことを理解するには、あなたたちはもっと国のことを知る必要があるわ」
その時、授業終了の合図が鳴った。
「もう時間ね。私は行くわ」
リーゼはそう言って去っていった。
「なら私も帰るわね。楽しかったわよ」
カレンもそう言って入り口に消えていった。
「なんだよ、つれねーなあ。俺たちもいくかあ」
ベルクとミラも帰るようだ。
皆がぞろぞろと帰っていく中、Aクラスの人たちはまだ残っていた。
俺たちを恨みがましく睨んでいるものもいれば、まさかの敗北に放心している人もいる。
悪いことをしたとは思っていない。
が、良いことをしたわけでもない。
ただ自分たちの実力を確かめたかっただけだ。
皆に背を向け、俺は一人でアルフレッド達の元へ向かった。
声をかける前、足を止めた。
「最後の攻撃さえ当たっていれば!」
治療を終えたアルフレッドが、悔しそうに言葉を発した。
「なぜだ。俺たちが一番強いんじゃなかったのか」
「俺は勝たなければならないんだ。王子だぞ。Aクラスのリーダーだぞ」
「くそ!最後のとき、もっとうまく隠せていたら!」
喚く王子を三人は悲痛な面持ちで眺めていた。
「リーゼといい、あの男といい、気に食わん!俺に何の恨みがあるんだ!」
「いい加減にしてください!」
声が修練場に響き渡った。
「どうしてですか。何で最後、あんなことをしたんですか!」
メリアが、目に涙をためている。
「なぜって、勝つためだ!」
「どうしてそこまでして勝ちたいんですか!」
「俺は王子だ!それに、メリアたちの仇を打たねば」
「それで、あんな卑怯なことをしたんですか」
メリアの目から涙が零れた。
セレナも涙を浮かべ、ティナは責めるように王子を見ている。
「卑怯な、こと・・・」
王子の瞳が揺れた。
内心、自分でもわかっていたはずだ。
だが、信頼している仲間たちに言われてやっと真に自覚したのだろう。
「私たちは負けました。悔しいですけど、全力を出して適いませんでした」
「でも!それでも諦めなかったのは!貴方がいたから!」
メリアが声を荒げた。
「貴方に恥じないようにしたかった。貴方に恥をかかせたくなかった。だから、どんなに傷ついても頑張れた」
「ティナも絶対諦めなかった。絶望的な状況でも、精一杯足掻いていた」
ティナが顔を顰めた。
敗北がよほど許せなかったのだろう。
「セレナは補助担当なのに、貴方のために本気で戦おうとしていた」
セレナの目からも涙が溢れた。
ベルクに怯えていながらも、セレナは試合場に立っていた。
勝ちに拘るなら代役を立てる事だって可能なはずだったのに。
それは自分が王子のパーティーの一員であるという気持ちの表れだろう。
「ミズキもバルドも、みんな貴方のために戦ってくれた!」
「どうしてだと思いますか、アルフレッド様」
メリアがアルフレッドに問いかけた。
王子はメリアの目を見つめている。
しばらく無言が続いた後、メリアが再度口を開く。
「それは貴方が誇りだったから。誰よりも貴方を格好いいと思っているから。貴方に負けて欲しくなかったから」
「・・・俺だって、負けたくなかった。だから、どんな手を使ってでも」
「それが真の敗北だと、なぜ気づかないんですか!」
今度こそ、アルフレッドが完全に停止した。
「勝負に負けたっていいじゃないですか。自分の全力を出して負けたっていいじゃないですか」
「最後まで戦って負けたなら、それでいいじゃないですか。次勝てるように頑張ればいいじゃないですか」
「負けたら駄目なんですか。格好悪いんですか。王子として失格なんですか」
「最後まで理想の自分を貫いて、足掻いて、苦しんで、それで力尽きることが、そんなに悪いんですか」
メリアが大きく息を吸い込んだ。
「最後まで諦めなかった私を、格好いいって言ってくれたじゃないですか!」
はっきりと言い放たれたその言葉は、王子に深く突き刺さった。
「・・・俺が、間違っていた」
王子の頬に、一筋の涙が伝う。
「負けるのが、怖かったんだ。敗北したら、俺が俺では無くなる気がした」
アルフレッドから漏れた言葉は、彼でなければ出てこないだろう。
生まれたときから常に勝者でいた。
そして、それを義務付けられていた。
周りからのその期待が、彼を押しつぶしていたんだ。
だから敗北した時、今までの自分を失うように思えたんだな。
その告白を聞いたメリアが、表情を緩めた。
そして王子を包み込むように、そっと抱きしめた。
それはまるで聖母のようで、心の闇も、悪い過去もすべて受け入れてくれるようであった。
「貴方は貴方です。勝とうと負けようと、王子であろうとなかろうと、私たちはアルフレッド様を慕っています」
メリアの言葉に同調するように、セレナ、ティナが頷いた。
「・・・すまなかった。もう二度と、あんな真似はしないと誓う」
抱き合っている彼らを見て、俺は足を引き返した。
「いいパーティーだな」
俺は軽やかな足取りで、自室に戻った。




