九話 嘘だらけの初夜
「奥様、大変お美しいです。きっと侯爵様も夢中になること間違いありませんわ」
「ふふ、ありがとう。そうね……素敵な夜にするわ」
私がそう答えると、侍女達は「まぁ!」と分かりやすく浮かれ出した。
……そういえば、彼女達は旦那様の愛人について、どこまで知っているのかしらね。
一度目の人生で私を捕らえたのは、侯爵家の護衛騎士数人だった。だから、少なくとも彼らは敵。
けれど……あの場に侍女はいなかったことを考えると、彼女達はもしかして何も知らないのかしら。
……いえ、だとしても……全員がそうだとは限らない。信頼のおける古株にだけ事情を伝えておいて、他の侍女は知らない……なんてこともあるかもしれないもの。
それに、屋敷内に味方ができたとしても……その侍女から悪意なく情報が広まってしまうことも考えられる。
そう考えると、私はこの屋敷の中では……何も気付いていない振りをして、派手な動きはしないのが得策ね。
そうなると、やっぱりお茶会で味方を増やしていくしかないのかしら……。でも、貴族社会で「侯爵夫人が侯爵の身元を探っている」なんて噂が広まったら危険だわ。
…………ヴァイス公爵夫人のお茶会次第で、今後のことはよく考えないといけないわね。
「それでは、私共は失礼いたします。素敵な夜をお過ごしください」
「えぇ、あなた達もゆっくり休んでちょうだいね」
……侍女達が部屋を出ていった。
そしてそれから数分後、ノックもなしにガチャ、と扉が開く音が響く。
夫が部屋にやってきたのだ。
「やぁ、シャーリン」
「ヴィクトル様……いかがですか? 私の格好……変なところはないでしょうか」
「まさか! とても……扇情的だよ。でも、私は君に言っておかなければならないことがあるんだ」
「はい、なんでしょう……?」
「実は……私は今日、君を抱くつもりはないんだ。勘違いしないで欲しいんだが、私は君のことを愛している。だから……大切にしたいんだ」
…………一度目の初夜も、全く同じやり取りをしたわね。でも、違うのはここからよ。
「まぁ…………そんなことを仰って、ヴィクトル様ったら、実は怖気づいているだけじゃありませんこと?」
「……なんだって?」
夫の眉が、ピクリと不快そうに動いた。私は笑みを深めて、夫をベッドへと引き摺り込む。
「大丈夫ですよ、経験がないのは恥ずかしいことじゃありませんわ……。私だって同じです」
「い、いや、私は…………」
「お互い初めての結婚相手なんですもの、失敗するかもしれませんけれど……私、あなたと一緒に夜を過ごしたいのです」
「いや、だが…………」
「…………まさか、ヴィクトル様は、不能でいらっしゃいますの?」
「っ、そんなわけがないだろう!」
私が心底驚いたようにそう煽ると、夫は眉間に皺を寄せて大きな声で否定した。
私はその姿を見て、思わず笑いそうになるのを我慢する。
「私は不能ではない! その証拠に、経験だってある!」
_____きた、この瞬間を待っていたのよ!
「そ、そんな……! 他の女性を抱いて、妻の私を抱いてくださらないなんて……私には魅力がないのですか!?」
「ぐっ……! ち、違う、私は君のことが大切だから、」
「言い訳なんて要りませんわ! うぅっ……! すみません、な、涙が……。わかりました、ヴィクトル様は私を愛してはいらっしゃらないのね……ごめんなさい、今夜は一人で休んでもよろしいでしょうか……」
私の言葉に、夫がぎくりとする。
「だ、だが、それでは使用人に怪しまれるだろう?」
「怪しまれるも何もありませんわ、だって事実なのですから……! もう、今日は一人にしてくださいませ、そうでなければ、私は実家に帰らせていただきます……」
「わ、わかった! 君を不安にさせて、悪かった。だが、本当に君のことを愛しているし、大切にしたいんだ。信じてくれ」
「……」
涙を流しながら離縁を仄めかすと、夫は焦ったように言い訳を並べてから、部屋を静かに出て行った。
「……ふ、ふふ、あっははは……!!!」
私はもう、笑いが止まらなかった。
なんだ、こんなに簡単なことだったのね。一度目の私は彼に嫌われたくないあまり、下手に出過ぎてしまっていたけれど……。
普通に考えて、初夜に妻を抱かないなんて失礼極まりないもの。それに、夫が他の女性を抱いたことがあるという言葉も引き出した。
あとはこの言葉を、上手く「使う」だけ。
「さて、寝ましょうか……今日は良い夢が見られそうね。……明日朝起きたら、やっぱり全部夢でした、なんてことが、ありせんように……」
唯一それだけが心配だったけれど、きっと大丈夫。
なんとなく、そんな予感がしていた。




