【後日談】友人の願い
「ねぇあなた、シャーリン様が全然お茶会に誘ってくださらないの。もしかして私って、嫌われているのかしら……」
「そんなことはないよ。きっと、クラウゼン侯爵夫人も忙しいんだ。今はまだ、気長に待っていよう。ね? イザベラ」
「そうかもしれないけど……うぅ、不安だわ……やっぱり私から誘った方が……」
____なんて相談をよく主人にしていたのが、今となっては懐かしい。
穏やかな昼下がり。
私はカップをソーサラーに置きながら、目の前の友人に話しかけた。
「それにしてもまさか、シャーリン様が王太子妃様になるなんて……出会ったばかりのころは想像もしておりませんでしたわ」
「ま、まだ婚約段階で、結婚はしておりませんってば!! ……でも実際、私が一番驚いていると思いますよ。だって、伯爵令嬢で離縁歴もある私が、王太子殿下に……す、好きになっていただけるなんて……想像もしていなかったもの」
「ふふ、そうでしょうねえ」
そう恥ずかしそうに話すシャーリン様は、まさしく恋する乙女といった表情で……本当に可愛らしい。
初めて会った時のシャーリン様も、相変わらず美しかったけれど……それでも、どこかふらりと消えてしまいそうな、そんな危うさがあった。
それこそ、自分の命なんて心底どうでもいいと思っていそうな……いつでも自分の命を簡単に投げ打ってしまうことができるような雰囲気を纏っていたのだ。
だから、メルローズ男爵邸に一人で乗り込むという連絡が来た時には、全身から血の気が引いたわ。下手したら、大切な友人を失ってしまうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だからって、主人に付き添ってもらったのよ。
まぁ、ヒートアップして平手打ちをしてしまったことだけは、ものすごく後悔しているのだけれど……。
「……待って、よく考えたら私、未来の王妃様に平手打ちしてしまったということ……!?」
「きゅ、急に何のお話ですか!?」
「いけないわ、シャーリン様!! 今すぐ私を殴ってくださいませ! さぁ、早く!!!」
「い、意味がわかりませんわ! とりあえず落ち着いてください、イザベラ様!!」
私が勢いよく立ち上がると、なぜかシャーリン様まで勢いよく立ち上がった。
そしてしばらく二人でわたわたした後、どちらからともなく、ふふっと笑いだす。
「……ふふふ、私たち、何をしているのかしら?」
「ふふっ、もう、こっちのセリフですよ!」
……出会った頃はこんなに仲良くなれるだなんて、ちっとも思っていなかった。
『氷の令嬢』という異名は知っていたし、他人には興味がないと思っていたんだもの。
でも実際は、こんなに明るくて強くて、素晴らしい友人。
……アレクシス王太子殿下に、ちょっと嫉妬してしまうくらい。
「ねぇシャーリン様、私とアレクシス王太子殿下なら、どっちの方がお好きですか?」
「え……!? いえ、その、お二人とも、私にとっては大事で……!」
「もう! 濁さないで、はっきり答えて頂戴!」
私が拗ねたようにそう急かすと、シャーリン様は顔を真っ赤に染め上げながら小さな声で「好きの種類が……違います……」と呟いた。
でも、そんな可愛らしい表情をしているってことは、誰のことを考えているのか丸わかりなわけで……。
結局私は、完全敗北というわけね。まぁ、仕方ないわ。私だって主人とシャーリン様のどちらが好きか聞かれたら、「どっちも!」と答えてしまうと思うもの。ほら、私ってよくばりだから。
そんなことを考えていると、シャーリン様は思い出したように「あ、」と声を発した。
「さっきの平手打ちで思い出しましたけど……私がまだクラウゼン侯爵と結婚していた時代、メルローズ男爵の屋敷に乗り込んで、イザベラ様に平手打ちをされたことがあったではないですか」
「…………そ、そうねぇ」
「私、あの出来事に今でも感謝しているんです」
「え?」
予想だにしていなかった言葉に、私は思わず紅茶を溢しそうになる。そんな私の様子には全く気付いていないようで、シャーリン様は楽しそうに言葉を続けた。
「私、今まで友人が一人もいなかったんです。そんな中、イザベラ様が私に優しくしてくださって……すごく嬉しかった。でも、あの時イザベラ様に平手打ちをされて、気付いたんです。自分のために本気で怒ってくださる方が、どれほど貴重かというのを……」
「……シャーリン様……」
「だから、イザベラ様は私にとっての『特別』なんですよ。……ふふっ、アレク様には内緒にしていてくださいね」
「……う、うぅっ……」
「えっ!? ど、どうして泣くのですか!? イザベラ様、私何か気に障ることを言ってしまったのでしょうか……!?」
そう言って、あわあわするシャーリン様は本当にお可愛らしい。
私、この方と友人になれて、本当に良かった。
「……シャーリン様、私たちこれからも……一生仲良しの友人でいましょうね……」
私が泣きながらそう告げると、シャーリン様は一瞬ぽかんとした表情を浮かべてから、花が綻ぶような笑みを浮かべたのだった。
「もちろん、イザベラ様は私にとって一番大好きな友人ですもの」




