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三十五話 連行

 

 ____この声は…………!


 ………………誰?


 聞き覚えのない声だったが、私を拘束していた兵士達がその方の命令によって次々捕らえられていく。


「おい、やめろ! 私に触るな! う、クソがぁっ……!!」


 メルローズ男爵が吠えながら、兵士達に連行されて部屋を出ていく。その姿を、私はぼーっと眺めることしかできなかった。


 そうしてようやく自由の身になった私だったが、手足が震えて上手く動かないことに気付いた。

 ……私、怖かったんだわ。


 一度目の人生で死んでから、何も怖いものはないと思っていた。

 けれど……今は、こんなにも死が怖い。


「大丈夫? 立てるかしら?」


 腰が抜けてぺたりと床に座り込んだまま俯いていた私に、優しい声が降ってきた。

 この声は、よく知っている。


「イザベラ……様……! なぜここに……!」

「なぜも何も、貴女が『メルローズ男爵家に乗り込みます。私の身に何かあった時は、代わりに後始末をお願いします』なんて書状を送ってきたから、夫と兵を連れて飛んできたんじゃないの!」


 ということは、先程の声は、ヴァイス公爵ということ……!? まさか公爵直々にいらっしゃるなんて……!


「それは、もし私が死んだら代わりに……という保険のつもりで、」

「現に死にかけてたでしょうが!」


 ……イザベラ様が、怒っている。

 当たり前だ。私がそんな紛らわしい書状を送ったせいで、ヴァイス公爵の手を煩わせてしまったのだものね。


「ごめんなさい、私のせいでお二人に迷惑をかけてしまって……。でも、イザベラ様までこんな危険を犯す必要なんてなかったのですよ? 私の命なんて、お二人に比べれば、」


 ____パシンっ……!


「……え?」


 頬に、衝撃が走った。

 私、今叩かれたの……?

 あの、いつでも笑っていて、優しくて太陽みたいな、イザベラ様に……!?


「イザベラさ、ま……?」

「……馬鹿! 貴女は大馬鹿者よ! 何も、何もわかっていない! 私にとって、貴女は大切な友人なの! そんな風に、自分の命が軽いみたいな言い方、二度としないでちょうだい!!」


 イザベラ様は、そう叫んでから……顔を真っ赤にして、くしゃりと歪ませてから……泣き出してしまった。


 まさかこの歳になって友人を泣かせてしまうとは思っておらず、私はただオロオロとイザベラ様の名前を呼ぶことしかできない。


 すると、ヴァイス公爵が微笑みながら私達のもとへ歩み寄ってきた。


「クラウゼン侯爵夫人、この度は情報感謝する。そして、イザベラだが……妻は本当に、君のことを心配していたんだ。どうか、その気持ちは汲んでやってほしい。……叩いたのは、いけないことだけれどね?」

「……そうね、そうよね、シャーリン様、ごめんなさい……」


 子供のように泣きじゃくっているイザベラ様に、私は呆気に取られるばかりだった。


 頬が、冷たい。目が熱い。


「シャ、シャーリン様……!? ごめんなさい、私、強く叩きすぎちゃったかしら……!? お願いだから、泣かないでぇ……!」

「え? 泣いてるのは、イザベラ様の方じゃ……」

「気付いていないみたいだけど、二人とも泣いているよ」


 ヴァイス公爵が困ったように、そう言って微笑んだ。


 私、泣いてるんだ……。


 でもこれは、痛かったからじゃない。いや、確かに少し痛かったけれど……。けれど、違う。


 ____私、嬉しかったんだわ。


 私のことを、危険を顧みずに助けてくれる人がいる、泣いて怒ってくれる人がいる。

 そのことを、初めてちゃんと実感したから。


 私はイザベラ様の顔を見た。涙で滲んでいるけれど、今日もイザベラ様は可愛らしい。


「……イザベラ様」

「なぁに……?」

「……ありがとうございます、私のために、怒ってくださって」



 私が笑いながらそう告げると、イザベラ様はとうとう、声を上げて泣き出してしまった。私はそんなイザベラ様を抱きしめながら、二度の人生で初めて出来た友人の存在に、強く感謝するのだった。

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