十九話 メモ
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「どうしましょう…………」
夫の愛人の名前がわかったのは良い。大きな収穫だわ。
でも、平民なら彼女の身元を特定するのは難しい。それに、男爵との接触だって……。そもそもこの国に男爵が何人いると思っているのかしら。
兎にも角にも、この本の作者と話してみないことにはどうにもならない。破られたページについても気になるもの。
けれど、どうやって……。
「……サラ、あなた、何かメモは持っている? できれば、書くものも」
「え? ご、ごめんなさい、紙しかないです……」
「そう……なら、仕方ないわね」
しょんぼりするサラから紙だけを受け取ってから、その紙で指をピッ、とわざと切った。
それから、滴る血で真っ白な紙に『あなたはだれ?』と線をなぞっていく。
「おおおおおおくさま!? 何なさってるんです!?」
「ちょっとサラ、図書館では静かにしなさい」
「で、でも、血が……!」
「血で文字を書いているんだから、血が出て当たり前よ」
「そ、そうじゃなくてぇ……」
サラはなぜかめそめそと泣き出してしまったけれど、このくらい緊急事態なのだから許してほしいわ。一回死ねば度胸もつくものよね、人間。
「よし、書けたわ」
「よしじゃないですよ……」
紙を折りたたんで、本の最後のページに挟んだ。
これを、作者が読んだら私の勝ち。他のだれかが見つけたら……私の負けね。というか、かなり驚くでしょうね。呪いの本みたいな扱いを受けそうだわ。
悔しいけれど、今の私にできるのはこれだけ。あとはもう、祈るしかないわね。
「……じゃあ、帰りましょうか。侯爵邸へ。あぁ、それと……私が今日やったことは、誰にも言わないこと。わかったわね?」
「言えませんよ……私がペンを持っていればよかったんですから……うぅ……」
「俺も、怒られるのは勘弁ですから!」
対照的な二人の態度に笑いながら、私たちは図書館を出たのだった。




