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十九話 メモ


 *****


「どうしましょう…………」


 夫の愛人の名前がわかったのは良い。大きな収穫だわ。

 でも、平民なら彼女の身元を特定するのは難しい。それに、男爵との接触だって……。そもそもこの国に男爵が何人いると思っているのかしら。


 兎にも角にも、この本の作者と話してみないことにはどうにもならない。破られたページについても気になるもの。


 けれど、どうやって……。



「……サラ、あなた、何かメモは持っている? できれば、書くものも」

「え? ご、ごめんなさい、紙しかないです……」

「そう……なら、仕方ないわね」


 しょんぼりするサラから紙だけを受け取ってから、その紙で指をピッ、とわざと切った。

 それから、滴る血で真っ白な紙に『あなたはだれ?』と線をなぞっていく。


「おおおおおおくさま!? 何なさってるんです!?」

「ちょっとサラ、図書館では静かにしなさい」

「で、でも、血が……!」

「血で文字を書いているんだから、血が出て当たり前よ」

「そ、そうじゃなくてぇ……」


 サラはなぜかめそめそと泣き出してしまったけれど、このくらい緊急事態なのだから許してほしいわ。一回死ねば度胸もつくものよね、人間。


「よし、書けたわ」

「よしじゃないですよ……」


 紙を折りたたんで、本の最後のページに挟んだ。


 これを、作者が読んだら私の勝ち。他のだれかが見つけたら……私の負けね。というか、かなり驚くでしょうね。呪いの本みたいな扱いを受けそうだわ。


 悔しいけれど、今の私にできるのはこれだけ。あとはもう、祈るしかないわね。


「……じゃあ、帰りましょうか。侯爵邸へ。あぁ、それと……私が今日やったことは、誰にも言わないこと。わかったわね?」

「言えませんよ……私がペンを持っていればよかったんですから……うぅ……」

「俺も、怒られるのは勘弁ですから!」



 対照的な二人の態度に笑いながら、私たちは図書館を出たのだった。

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