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十二話 笑わせない

 次に運ばれてくるメニューは、オムレツとソーセージ。なんてことのない普通の朝食。

 ……けれど、私は一度目の人生で、このソーセージを食べようとして大恥をかいた。


 あの時の私は、とにかく浮かれていたし緊張もしていて、ソーセージを切るために握っていたナイフを、つい落としてしまったの。それだけならまだよかったのだけれど、問題はここから。

 給仕やメイドがすぐに拾って新しいナイフを持ってきてくれるものだと思ったのに、誰も動いてくれなかったのよ。だから、クラウゼン侯爵家では自分で拾わなければならないの?と、緊張して頭が真っ白だった私は急いで机の下に潜り込んだ。


 そんな私のことを見て、執事もメイドも給仕も、そして夫も……くすりと、笑ったの。


「はは、シャーリンは面白いな。ナイフは拾ってくれるんだから、そんな恰好で拾わなくていいんだぞ」


 そう、あの時夫はそう言った。

 私はとにかく恥ずかしくて、「すみません」と小さな声で謝ることしかできなかったし、それが夫なりの優しさなのだと思っていた。


 でも、違っていたんだわ。あれは、私を「夫より立場が下の、世間知らずな夫人」という上下関係を最初に植え付けるためのものだったんだと、今ならわかる。



 だから、今度はそうはさせない、絶対に。


 ……けれど、綺麗に食事をしたって、何も変わったりしないでしょう?

 だから私は____ソーセージを切ろうとして、一年前と同じように、ナイフをわざと落とした。


 カラン!とナイフが床にたたきつけられる音が響く。

 一度目の人生と同じく、誰も動こうとしなかった。間違いない、やっぱりここにいる人間は……全員、夫の手先のような人間だ。私を殺した人たちの、一部。


 けれど、今度は前と違って私も動かない。その代わり、私は目を見開いて、わざとらしく口を開けた。


「あら、申し訳ありません。緊張してしまって、ナイフを落としてしまいました。お恥ずかしいですわ」

「はは、シャーリンは案外そそっかしいところがあるんだな。でもい大丈夫だ、人間誰だって……」

「でもおかしいですわね、伯爵邸ではこういう時、必ず近くの使用人がすぐにナイフを拾って、新しいものを持ってきてくださったのですけれど……。もしかして、皆様はそのようなマナーをご存知ないのですか……?」


 私は不思議そうに、決して煽っているようには聞こえないような声色で、困惑したように問いかけた。

 夫の眉がピクリ、と動く。


「あ、あぁ、そうだよな、すまない。そこの者、今すぐシャーリンに新しいカトラリーを持ってくるように!」

「か、かしこまりました」


 場が静まり返る。私はハッとした表情を浮かべながら、申し訳なさそうにつぶやいた。


「ごめんなさい、私ったら……まさか侯爵家に仕えているような優秀な皆様が、そんな初歩的なことをご存知ないわけないですわよね。なんだかお恥ずかしいですわ」

「いや……いいんだ、むしろ、不快な思いをさせてすまなかった」


 ____夫は、余程私の言動に驚いているらしかった。

 それもそのはずよね。気弱でオドオドしているはずの女が、急に勝気な女に変わったんですもの。私なら、別人と入れ替わったのかしら?と疑ってしまうかもしれないわ。


 まぁ、あたらずと雖も遠からず、といったところなのだけれど。

 なんせあなたに殺されたおかげで、私はこの屋敷の人間を信頼出来なくなってしまったのだから。前はもっと純粋で、素直で、人を疑わないような性格だったはずなのにね……。


 でも、もうこれで、誰にも私を笑わせたりなんかしない。

 笑い者になったりなんかしない。


 私は、一人の貴族女性として気高く生き抜いてみせると決めたのだから。


「大変おいしゅうございましたわ。では、私はこれで」

「あ、あぁ。また、夕食のときに会おう」


 私はその言葉にニコリとだけ笑って、足早にダイニングルームを去ったのだった。


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