エピローグ またいつの日か
夢を見た。前世の夢だ。
病室のベッドに寝転びながら、テレビに映る世界を眺めている。
青く透き通った海。どこまでも続く草原。雪に覆われた山々。
旅行雑誌や本に載っている美しい景色。
それらを夢中になって眺めていた。
自分もいつか行ってみたい。健康な身体になったら。自由に歩けるようになったら。
そう思いながら何度も何度もページをめくった。
だが、その願いは叶わなかった。
気づけば景色が霞んでいく。
病室もテレビも消えていく。
そして――。
知らない場所に立っていた。
真っ白な空間。何もない世界。
その中央に一人の男性が立っていた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
整った顔立ち。黒髪。
そして、不思議なことにどこか俺と似ている。
血の繋がりがあると言われれば納得してしまうほどだった。
それ以上に―どこか懐かしい。
初めて会うはずなのに、ずっと昔から知っているような気がした。
「……あなたは?」
思わず問いかける。
男性は柔らかく微笑んだ。
「君が今代のランハード家の秘宝か」
「秘宝?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
男性は頷いた。
「魔眼、空間魔法、テイム、召喚魔法。その四つの適性を持つ者を、昔からランハード家では秘宝と呼んでいたんだ」
「そんな話は初めて聞きました」
「だろうね。知っている者はほとんど残っていないから」
男性はどこか寂しそうに笑った。
「その力を持つ者が訪れた土地は豊かになると言われている」
そう言われて思い出す。
俺と同じ適性を持った人物が過去にも存在したらしい。
その人物が気に入った土地は豊かになると。
まさか本当だったのか。
「それで……俺に何の用ですか?」
夢とはいえ、わざわざ現れた理由があるはずだ。
すると男性は真剣な表情になった。
「お願いがある」
「お願い?」
「《黒蛇》を助けてあげてほしい」
思わず言葉を失った。
《黒蛇》。
海で毒を撒き、湖でも騒動を起こした組織。
決して善人の集まりとは言えない。
「何故です?」
思わず問い返す。
「彼らが何をしたか知っていますよね?」
「知っている」
男性は静かに頷く。
「それでも助けてほしい」
「理由を聞かせてください」
そう言うと、男性は少しだけ目を伏せた。
「全ては君に気づいてもらうためだった」
「え?」
「私がそう命じたんだ」
意味が分からなかった。
《黒蛇》に命じた?この人が?
困惑する俺を見て、男性はゆっくり語り始める。
「彼らは居場所を失った者たちの集まりだ」
「居場所を……」
「家から捨てられた者。国から追放された者。必要ないと言われた者。私は彼らと約束したんだ」
男性は遠くを見るような目をする。
「必ず居場所を作ると」
「……」
「だが、寿命には勝てなかった」
「俺にその続きをやれと?」
「そう」
男性は優しく微笑んだ。
「君ならできる」
「買い被りです」
俺は首を振る。
「俺にそんな大それたことができるとは思えません」
誰かの居場所をつくる。人を導く。
そんな器じゃない。
今だって好き勝手旅をしているだけだ。
だが男性は否定しなかった。
「怖いよね」
「……」
「私も同じだった」
その言葉に思わず顔を上げる。
「ランハード家の秘宝は、人にも魔獣にも影響を与える」
男性は続ける。
「幸せになってほしい。安心して暮らしてほしい。そう願った相手は、その願いに導かれる。逆も同じだ」
男性が静かに言う。
「憎み、恨み、不幸になれと願えば、その方向へ進んでしまう」
怖い。
心の底からそう思った。
俺の感情一つで誰かの人生が変わる。
そんな力があるなんて。
「君の気持ちは分かる」
男性は苦笑する。
「私も同じように怖かった」
「……」
「だけどね」
真っ直ぐ俺を見る。
「持ってしまったものは変えられない」
神の悪戯なのか。運命なのか。
理由は分からない。だが適性は選べない。
「受け入れるしかないんだ」
静かな声だった。押し付けるでもなく。
諭すでもなく。
ただ経験者として語る声。
だからこそ胸に響いた。
俺は少し考える。
《黒蛇》がやったことを許すつもりはない。
だが、彼らが居場所を求めていることも事実だ。
もし手を貸すことで未来が変わるのなら。
この人が果たせなかった約束を繋げることができるのなら。
「……やれるだけやってみます」
そう答えると、男性は本当に嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
そして。
「お願いね、レオルド」
優しい声と共に、その姿が光へ溶けていく。
「待っ――」
呼び止める前に消えてしまった。
目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。
ランハード公爵家の自室だ。
窓の外から朝日が差し込んでいる。
「夢……か」
だが妙に現実味があった。
今でも男性の声が耳に残っている。
「あの人は一体……」
どこかで会ったことがあるような気がする。
必死に記憶を探る。だが思い出せない。
結局、その正体は分からなかった。
それから俺は夢の真偽を確かめるため動いた。
港町の《黒蛇》のアジトを訪ね。
彼らと話し。事情を聞いた。
夢で聞いた話は事実だった。
だから決めた。
《黒蛇》のための居場所を作ろうと。
誰にも追われず。
誰にも捨てられず。
安心して暮らせる場所を。
そして数年後。
俺は各地を巡り続けた末に、一つの場所へ辿り着いた。
未開の地。
どこの国にも属さない広大な森。
そこへ新たな国を築いた。
《黒蛇》の者たちが暮らすための国を。
建国後、当然のように初代国王になれと言われたが断った。
俺は王様なんて向いていない。
玉座に座るより旅をしている方が性に合っている。
結局、国の運営は《黒蛇》のリーダーへ任せることになった。
俺はたまに顔を出し、相談に乗る程度だ。
その方がお互い気楽だろう。
「本当に変わらないな、お前は」
後にそう言われたが、知らない。
俺は窓の外へ目を向ける。
世界は広い。
まだ見たことのない景色がたくさんある。
だから――。
俺は旅を続ける。
あの日、病室で憧れた景色を追いかけるために。
そして、いつかまた。
夢で会ったあの人に胸を張って言えるように。
約束は果たした、と。
Fin
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これで終わりとなります。
面白かったと思っていただければ嬉しいです。




