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跡取りになれなかった公爵嫡男は、前世の夢だった“自由な旅”を選ぶ  作者: みのり
三章 湖畔の街ルグレイス

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エピローグ またいつの日か

 夢を見た。前世の夢だ。

 病室のベッドに寝転びながら、テレビに映る世界を眺めている。

 青く透き通った海。どこまでも続く草原。雪に覆われた山々。

 旅行雑誌や本に載っている美しい景色。

 それらを夢中になって眺めていた。

 自分もいつか行ってみたい。健康な身体になったら。自由に歩けるようになったら。

 そう思いながら何度も何度もページをめくった。

 だが、その願いは叶わなかった。

 気づけば景色が霞んでいく。

 病室もテレビも消えていく。

 そして――。

 知らない場所に立っていた。

 真っ白な空間。何もない世界。

 その中央に一人の男性が立っていた。

 年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 整った顔立ち。黒髪。

 そして、不思議なことにどこか俺と似ている。

 血の繋がりがあると言われれば納得してしまうほどだった。

 それ以上に―どこか懐かしい。

 初めて会うはずなのに、ずっと昔から知っているような気がした。


「……あなたは?」


 思わず問いかける。

 男性は柔らかく微笑んだ。


「君が今代のランハード家の秘宝か」


「秘宝?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 男性は頷いた。


「魔眼、空間魔法、テイム、召喚魔法。その四つの適性を持つ者を、昔からランハード家では秘宝と呼んでいたんだ」


「そんな話は初めて聞きました」


「だろうね。知っている者はほとんど残っていないから」


 男性はどこか寂しそうに笑った。


「その力を持つ者が訪れた土地は豊かになると言われている」


 そう言われて思い出す。

 俺と同じ適性を持った人物が過去にも存在したらしい。

 その人物が気に入った土地は豊かになると。

 まさか本当だったのか。


「それで……俺に何の用ですか?」


 夢とはいえ、わざわざ現れた理由があるはずだ。

 すると男性は真剣な表情になった。


「お願いがある」


「お願い?」


「《黒蛇》を助けてあげてほしい」


 思わず言葉を失った。

《黒蛇》。

 海で毒を撒き、湖でも騒動を起こした組織。

 決して善人の集まりとは言えない。


「何故です?」


 思わず問い返す。


「彼らが何をしたか知っていますよね?」


「知っている」


 男性は静かに頷く。


「それでも助けてほしい」


「理由を聞かせてください」


 そう言うと、男性は少しだけ目を伏せた。


「全ては君に気づいてもらうためだった」


「え?」


「私がそう命じたんだ」


 意味が分からなかった。

《黒蛇》に命じた?この人が?

 困惑する俺を見て、男性はゆっくり語り始める。


「彼らは居場所を失った者たちの集まりだ」


「居場所を……」


「家から捨てられた者。国から追放された者。必要ないと言われた者。私は彼らと約束したんだ」


 男性は遠くを見るような目をする。


「必ず居場所を作ると」


「……」


「だが、寿命には勝てなかった」


「俺にその続きをやれと?」


「そう」


 男性は優しく微笑んだ。


「君ならできる」


「買い被りです」


 俺は首を振る。


「俺にそんな大それたことができるとは思えません」


 誰かの居場所をつくる。人を導く。

 そんな器じゃない。

 今だって好き勝手旅をしているだけだ。

 だが男性は否定しなかった。


「怖いよね」


「……」


「私も同じだった」


 その言葉に思わず顔を上げる。


「ランハード家の秘宝は、人にも魔獣にも影響を与える」


 男性は続ける。


「幸せになってほしい。安心して暮らしてほしい。そう願った相手は、その願いに導かれる。逆も同じだ」


 男性が静かに言う。


「憎み、恨み、不幸になれと願えば、その方向へ進んでしまう」


 怖い。

 心の底からそう思った。

 俺の感情一つで誰かの人生が変わる。

 そんな力があるなんて。


「君の気持ちは分かる」


 男性は苦笑する。


「私も同じように怖かった」


「……」


「だけどね」


 真っ直ぐ俺を見る。


「持ってしまったものは変えられない」


 神の悪戯なのか。運命なのか。

 理由は分からない。だが適性は選べない。


「受け入れるしかないんだ」


 静かな声だった。押し付けるでもなく。

 諭すでもなく。

 ただ経験者として語る声。

 だからこそ胸に響いた。

 俺は少し考える。

《黒蛇》がやったことを許すつもりはない。

 だが、彼らが居場所を求めていることも事実だ。

 もし手を貸すことで未来が変わるのなら。

 この人が果たせなかった約束を繋げることができるのなら。


「……やれるだけやってみます」


 そう答えると、男性は本当に嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


 そして。


「お願いね、レオルド」


 優しい声と共に、その姿が光へ溶けていく。


「待っ――」


 呼び止める前に消えてしまった。

 目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。

 ランハード公爵家の自室だ。

 窓の外から朝日が差し込んでいる。


「夢……か」


 だが妙に現実味があった。

 今でも男性の声が耳に残っている。


「あの人は一体……」


 どこかで会ったことがあるような気がする。

 必死に記憶を探る。だが思い出せない。

 結局、その正体は分からなかった。

 それから俺は夢の真偽を確かめるため動いた。

 港町の《黒蛇》のアジトを訪ね。

 彼らと話し。事情を聞いた。

 夢で聞いた話は事実だった。

 だから決めた。

《黒蛇》のための居場所を作ろうと。

 誰にも追われず。

 誰にも捨てられず。

 安心して暮らせる場所を。

 そして数年後。

 俺は各地を巡り続けた末に、一つの場所へ辿り着いた。

 未開の地。

 どこの国にも属さない広大な森。

 そこへ新たな国を築いた。

《黒蛇》の者たちが暮らすための国を。

 建国後、当然のように初代国王になれと言われたが断った。

 俺は王様なんて向いていない。

 玉座に座るより旅をしている方が性に合っている。

 結局、国の運営は《黒蛇》のリーダーへ任せることになった。

 俺はたまに顔を出し、相談に乗る程度だ。

 その方がお互い気楽だろう。


「本当に変わらないな、お前は」


 後にそう言われたが、知らない。

 俺は窓の外へ目を向ける。

 世界は広い。

 まだ見たことのない景色がたくさんある。

 だから――。

 俺は旅を続ける。

 あの日、病室で憧れた景色を追いかけるために。

 そして、いつかまた。

 夢で会ったあの人に胸を張って言えるように。

 約束は果たした、と。



Fin

ここまで読んでいただきありがとうございます!

これで終わりとなります。

面白かったと思っていただければ嬉しいです。

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