第8話 仕切り直し
女子大生は車の免許を持っている。
なので、大型連休の直後の日曜日に、碓氷峠鉄道文化むらで使うはずだった費用を流用する形で、仕切り直しに、今度は車で隣の県まで行こうと言う。
自分も、せっかくの旅があんなことになってしまってがっかりしていたところだったので、断りもしなかった。
「今日はSLになっちゃうけど―。」
と言って見せたのは東武のSL大樹の切符だ。
だが、SL大樹のようでそれはSLではない列車の切符だった。
「えっと、これはDL大樹ですか?ディーゼル機関車の。」
「あっ気付いた?」
と、女子大生は運転席でニヤリと笑った。
それにしても随分と早い時間に出発したものだ。これなら、9時33分発のSLにも間に合うだろう。
「駐車場確保するのと、SLの発車、それから、下今市駅の展示館もゆっくり見られるかなって。」
と、女子大生は言う。
日光例幣使街道の蔵の街栃木を抜け、鹿沼へ向かう道すがら、時折、東武日光線の線路が見え、そこを白い新型の特急「スペーシアX」が颯爽と走っていく。
日光例幣使街道の蔵の街栃木から鹿沼の間には、石造りの蔵が残っている家が多い。
そして、景色は田園風景。
(何か、クラシックを聞きたい気分。)
と、自分は思う。
「何か聞く?クラッシック?」
考えている事がお見通しだった。
「ホルスト「ジュピター」をお願いします。ボストン交響楽団で、指揮、小澤征爾の。」
「はーい。」
洋館の町の駅前のパン屋では、クラッシック音楽を流している。そのせいで、自分はベートーヴェンやモーツァルト等、クラッシック音楽を好んで聴くようになった。
クラッシック音楽を聴きながら、女子大生の車(三菱EKワゴン)で鹿沼の町を抜けると、今度は日光杉並木街道の中を走り、下今市駅近くの駐車場に車を止めて下今市駅で切符を買う。
下今市駅はSL大樹の運行開始に合わせて外観と内装をレトロ調で統一され、改札口付近や旧跨線橋には戦前戦後のレトロなポスターを多数展示している。だが、自分好みかと言われると、そうでもない。
現に、今、機関区で入換作業をしている蒸気機関車(C11‐325)はピカピカに磨き上げられているし、それに連結される12系と14系の混結客車もピカピカに磨き上げられている。しかし、これは作られたレトロである。
鉄道車両に限らず、車や建物等は年数が経つにつれ、経年劣化や汚れがどうしても出て来るが、そうした物もまた、レトロな雰囲気を作る上で欠かせない物だ。
自分は、川越の蔵造りの街並みより、桐生の重要建造物群保存地区や足利・栃木・鹿沼の街並みの方が好きなのだが、理由として、川越は雰囲気を作り過ぎているあまり、作られた物になってしまっているのに対し、後者は自然体のままの雰囲気を味わえるからだ。
川越と同じ理由で、東武のSL大樹も正直言ってあまり好きではないのだが、今日は女子大生のお誘いもあって楽しむことにした。
浅草からの特急列車からの乗り換え客を慌ただしく受け入れた後、9時33分発のSL大樹が汽笛を鳴らして下今市駅を定刻で発車した。それと同時に、軽快な音楽が流れる。
(うるさい)と舌打ち。
12系客車の車両下部のスピーカーから、沿線からのおもてなしに感謝を伝えるため、メロディーホーンを鳴らすのだが、自分には(余計なことを)と思う。このメロディーホーンのせいで、レトロなSLもDL(ディーゼル機関車)も、雰囲気がぶち壊しだ。
「理想が高いのね。」
と、女子大生。
「求めている理想。目の前の現実。理想と現実のギャップが激しいです。」
SLを見送りながら言い、SL展示館の方を見てみる。
東武のSLを売り込む姿勢には感心させられる。
日光鬼怒川地区と連携した観光キャンペーンで観光客誘致。
複数回乗車した後に記念品プレゼントしたり、かつて夜行列車で使用していた車両を連結する等のキャンペーンを実施したりして、何かに付けて鉄道好きのリピーターを獲得する。
どこかの都会の駅を発着するSLと来れば、何かあるわけでもなく、車内は動物園状態で、あれではもう乗ろうとは思えない。
展示館のジオラマを食い入るように見、窓から見える下今市機関区の扇形車庫を見、パン屋に展示するジオラマの世界を森羅万象頭の中に構築していく。
目を瞑って開く。
下今市駅に一瞬、EF64‐1001とEF64‐1053の重連運転の貨物列車が入線してきて、ホームではDD51‐842とDD51‐895の重連ブルートレインが発車合図を待っている光景が目に浮かんだがすぐに消えた。