第4話 蒸気機関車・電気機関車・ディーゼル機関車
「そうだ。」
帰り際、年上の女子大生は言う。
「さっき話したお店のイベントで、鉄道模型のジオラマを飾りたいって話しているんだけど、興味ある?」
自分は食い付いた。
「ええ。」
「銀河鉄道の夜のような世界を走る列車っていうテーマなんだけど。」
「構いません。イベントと言うのはいつでしょうか?」
「そうねぇ、秋ぐらいかな?」
「分かりました。」
「なら、店長達にも話しておく!なんなら、ジオラマ作って欲しい。」
自分は気分が良くなった。
(そうだ。鉄道模型なら、創作の世界の銀河鉄道を作ることも出来る!科学では無いという事が分かっている世界を。)
と思いながら、家路を急ぐ。
自分の家は、この辺りではまあまあ広い家だ。
かつて、織物工場だった木造の建屋。
元々、織物業や製糸業が盛んだったこの町には、かつての工場をリノベーションした店や住宅が多く、自分の家もその一つに過ぎない。祖父の代で織物工場は閉め、その祖父母も他界し、ノコギリ屋根の建屋だけがそのまま残っているだけだ。
ノコギリ屋根の下が、自分の部屋。
だからこそ、かなりの大きさの鉄道模型のジオラマが創れそうだし、実際、この広い部屋にエンドレスでレールを敷いて、鉄道模型を走らせている。部屋の片隅には機関区を模したジオラマもあるが、大きな部屋の割に小さい。せいぜい、入換運転をする程度だ。
夕食と風呂、そして、学校の課題と勉強をこなした後、ジオラマの機関区に、今日購入したDD51‐842と895を留置する。
隣には、EF64‐1053とEF64‐1001が重連を組んでいる。機関庫の中ではEF65‐501が寝ている。
もっと大きなジオラマを作れるスペースはあるが資金は少なく、せいぜい、機関区と駅と周辺の風景だけ。走らせるにも、列車を走らせることは出来ず、機関車の入換運転程度しかできない。それでも、駅前は出来る限り、自分の住む洋館の町を再現した。
機関区には蒸気機関車時代の扇型庫がある。これは、限られた資金とスペースの中で多くの機関車を留置するための物で、決して蒸気機関車のためではない。
自分の住む洋館の町には時折、蒸気機関車が牽引する観光列車がやって来る。でも、あまり好きでは無い。
蒸気機関車が嫌いなのでは無くて、自分の、と言うより自分が好きな宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界に蒸気機関車は居ない。この町は、銀河鉄道の夜の世界のように見えるのだけど、「レトロな雰囲気や、銀河鉄道の夜と言えば蒸気機関車だ」と言う理由で、蒸気機関車の観光列車を走らせる事が気に食わない。
「銀河鉄道の夜」の列車は、燃料に石炭を使用する蒸気機関車でない事は、本編の「六、銀河ステーション」の最後のあたりでも、宮沢賢治本人が言及しているのだが、皆、見て見ぬ振りしているのか気付かないのか、書店や学校の教科書にある「銀河鉄道の夜」の表紙絵や挿絵は皆、蒸気機関車。別の作品の銀河鉄道と混同したのかもしれないが、酷い場合にはD51やC62のような炭水車を連結した大型の蒸気機関車で、炭水車にはご丁寧に石炭が山ほど積んであり、おまけにアルコールを燃料にしているにしては、派手に煙を吐いている物も。
確かに、「銀河鉄道の夜」の車窓に「石炭袋」という空洞が現れるし、「汽車」といえば蒸気機関車を示すのだが、「石炭を焚いていない汽車だ」「アルコールか電気だ」と本編にある事からも、列車は蒸気機関車ではなく電気機関車、或いはアルコールを燃料にしたディーゼル機関車が牽引している事になるだろう。ただし、カムパネルラの家にはアルコールで走る汽車があった上、実際にアルコールを燃料にしたライブスチームと言う蒸気機関車の模型もあるので、これが誤解を生み、本文にはっきりと「石炭を焚いていない」と書いてあるのに、表紙や挿絵などが蒸気機関車になってしまった可能性は否定出来ないが。
しかし、はっきりと「銀河鉄道は石炭を焚いて走る蒸気機関車の列車では無い!」と本編で書いてあるのに、読者や編集者、イラストレーターやアニメーターも先入観で、勝手に石炭を焚く蒸気機関車だと誤解し、作品をちゃんと読みもしないでイメージだけが一人歩きしているのは気に食わない。
まるで、今の自分のようだ。
自分だって、はっきりと「秩父鉄道に行っていた」と言う証拠も証明書もあるのに、「「SLやまぐち号」に乗っていた!他の人に迷惑をかけることをした!否定は肯定だ!銀河鉄道の夜が好きなら蒸気機関車に乗るはずだ!電気機関車のわけ無いだろう!」と言う根も葉もない噂だけ一人歩きしているのだ。
一体どこの誰が、「銀河鉄道の夜が好きなら蒸気機関車の列車に乗る」と決めたのだ?
国会でアホな顔して寝ているだけで、とち狂ったような給料が貰える奴等が決めたのだろうか?
ちなみに、パン屋の年上の女子大生は銀河鉄道の夜の列車は、急行型電車の列車だと思っているらしい。更に、その列車には食堂車が連結されているだろうとも言う。
銀河鉄道999と混同しているようにも見えるが、それに対して自分は「なるほど」と、納得している。
考えてみれば「アルコールか電気で走る」なら、電車や気動車の可能性もあり、また、窓が開くと思われる描写や車内の様子からクロスシートの車両と見れば、特急型や通勤型は考え難いが、今では全く見なくなった165系急行型電車やキハ58系急行型気動車のような車両ではないかとも言える。また、E231系のような近郊型電車に関してはロングシートとクロスシートを組み合わせたセミクロスシートの車両だってある。そうした車両ではないか?と言う考えを持つ人の主張を否定する権利は誰にも無い。
もちろん自分にも。
ただ、蒸気機関車に関しては、学校や周りの人の反応から、もはや押し付けのように感じてしまう。
確かにアルコールで走る蒸気機関車と言う説も否定は出来ないし、人の主張を否定する権利は無いから、蒸気機関車が走っていたとしても、文句は言えない。それがその人が捉えた、銀河鉄道の姿なのであれば。
結局のところ、この問題に正解は無いのだろう。
ただ一つ、肝心なのは、「銀河鉄道の夜の列車は蒸気機関車の牽引する列車でないといけない」と言うような、誰が決めたわけでも無い定義を、他人にまで押し付けないことだ。
押し付けられたら、こちらも押し付けなければならなくなるから。
今日のような事を幾度もされては、今に蒸気機関車自体を嫌いになってしまいそうだ。
蒸気機関車に罪は無いのに。




